可愛い勇者とイケメン魔王は平和をお望みです
はねうさぎ
第1話
「確か今日の食事当番は俺だったよな」
「確かにそうだったけれど、でも…今日はちょっとね……」
だって今日はベルにとって特別な日なんだもの。
そんな日はスペシャル料理でサプライズー、何てやってみたいじゃないか。
尤も料理の腕はベルの方が上だけど、僕だって昨夜から仕込んだ料理を、失敗しないように仕上げたんだ。
いつもよりずっと美味しいと思うんだ。
「仕方ねえな。明日と明後日は俺がやるから」
「え~、明日は僕の当番だから僕が作るよ」
「おかしいだろ」
「そんな事無い。ベルの方がおかしい」
そんなじゃれ合いみたいな言い合いは日常茶飯事。
ベルは優しすぎるんだ。
「そりゃぁベルの作った料理の方がおいしいけどさ、二人とも働いているのは同じだもの。今日は僕が休みだった。だから作って当然なんだよ」
明日は二人とも仕事が有って、だから当番である僕が作るべきだろ?
「今日は忙しかった?」
僕は食事しながら、テーブル越しに聞いてみた。
ベルは町の魔道具屋で働いている。
魔法を使える人がは数少ないから、魔力のあるベルはとても重宝がられている。
魔道具を作ったり修理したり。
たまには内緒で病人の治療もしているようだ。
「だって放って置けないだろう?」
そうだね、ベルは優しいから。
そして僕は日雇いの何でも屋。
頼まれれば何でもやる。
畑の手伝いから井戸掘り。
石の採掘や、たまには狩人からも声がかかる。
皆はそう裕福な人ばかりじゃないから、報酬は野菜や麦、時には肉などをもらってくる。
そしてお金はベルが稼いでくる。
そんな毎日が、今の僕たちの生活だ。
僕は結構気に入っているけれど、ベルはどう思っているんだろう。
「旨いなこれ」
そう言いながら、ベルはカモのローストを頬張る。
良かった。
その肉は、以前狩人の手伝いをした時に貰って来たものを、ベルが作ってくれた保存箱に大切にしまっておいたものだ。
それを昨夜から、塩とハーブで下味をつけておいたんだ。
ちょっと自信が無かったけれど、ベルが気に入ってくれて嬉しい。
「そしてデザートです」
僕は小麦を引いた粉に、バターと砂糖と卵と牛乳と、山で採れたナッツを混ぜて焼いたケーキを運んでいく。
「すごいな…今日は何かの記念日か?お前そう言うの好きだよな」
大当たりです。
今日はベルの誕生日。
でも無頓着なベルは気が付かないんだろうな。
以前ベルから聞いた話を逆算して、今日10月1日がベルの誕生日としました。
因みに今日で187歳ですね。
本人は自覚してないみたいだけれど。
「うん!旨い!ヒロ、お前は俺の方が料理が上手いと言うけど、絶対にお前の方が上だぞ」
「そんな事無いよ、ベルが作る料理の方がおいしいもの」
「そうかなぁ、俺にはお前の作る飯の方が旨いんだけどな……」
「それはケーキを食べたからだよ」
ベルは甘いものに目が無いから、だからそんな事を思ったんだよ。
食事も済んで、二人並んで洗い物も済ませたし、後はまったりとお茶を啜る。
外は強く吹く風が木々を揺らす音と、遠くの川の唸るような音が聞こえるだけ。
戦いの叫ぶ声も、剣を打ち鳴らす音も無い。
ここは平和な村だ。
でもそろそろ冬に備えなくちゃな……。
何となくそんな事を考えていた。
長い冬のために薪ももう少し集めて、保存食も作らなくちゃ。
「腹もいっぱいだし、そろそろ眠くなたってきたな。ヒロはどうする?まだ起きているか?」
「いや、僕ももう寝るよ」
そう言って席を立つ。
そして二人で一つのベッドに潜り込んだ。
僕たちの住む小屋は決して広くなく、最低限の家具しかない。
それに寒い季節は、暖かい土地で生まれた僕には少しきつい。
ベルの魔法で部屋を温めてもらえれば簡単なんだけれど、僕にとってはベルの温もりの方が心地いいんだ。
「今度の休みは少し遠出をしないか?」
「何か用でもあるの?」
僕たちは10日に一度、同じ日に休みを取るようにしている。
今日は特別な日だったから休みをもらったけれど、明後日は二人一緒の休みの日となる。
そんな日はなるべく二人一緒に行動するようにしているんだ。
「そろそろ魚が食いたくなった」
「海?川?」
「海だな、あそこには食いでのある魚がいるから」
「分かった、海ならそれなりに準備をしておくよ」
「おうっ」
魚釣りならお弁当はいらないだろう。
釣り竿と投網、飲み水とおやつを持って、他に必要な物は……。
明後日か、晴れるといいな。
なんていろいろな事を考えながら、僕はベルの暖かい懐にゴソゴソと潜り込み、まあるくなって、やがて眠りについた。
「さて出掛けようか」
そう言い扉を開ける。
天気は期待通りの晴天。
僕はリュックを背負ってから外に出た。
「そんなもの必要無いだろう?」
「気分だよ気分。それに手ぶらで遠出すると、他の人に怪しまれちゃうだろ?」
僕は木に留まっている鴉に話しかける。
実はこの子はベルなんだ。
ベルの魔力はかなり大きい。
だから適正も何も無視して、何でも出来ちゃうんだ。
そして僕は力持ち。
力と言うか、身体能力がかなり発達しているようだ。
おまけに魔力に耐性が有り、魔法もあまり効かない体質。
だからお互い持ちつ持たれつ。
お互いを補うように暮らしている。
「本当に海まで走っていくのか?俺がヒロを運んで行ったっていいんだぞ?」
「たまには運動しないと、体がなまっちゃうからね」
そう言うと僕は走り出した。
海までは約25㎞。
ちょっと物足りないけれど、途中の森の木を避けながら走ったり、大きな谷を飛び越えたりしながら一直線に進まなければならないから、瞬発力を鍛えるにはちょうどいい。
鴉の姿で空を飛ぶベルに追い付くには、一直線で森を突き抜けて行かなきゃならないからね。
「あっ」
走っている最中に見つけたのは、朽ちた太い丸太。
ちょうどいいからこれも運んで行こう。
僕はそれをひょいと肩に担ぎ、また走り出した。
「そんな物どうする気なんだ?」
丸太に気が付いたベルが下りてきて、僕に並走しながら飛んでいる。
「海に着いたら船にしようと思って。それに持って帰れば薪にもできそうだから」
「そんなもの、俺がいくらでも用意してやるのに」
「まぁまぁ、世の中便利な事ばかりじゃ体がなまるよ?目立たないためにも普通の生活をしなくちゃね」
沖で魚を捕るなら船を使う。
寒い時に暖を取るなら薪を燃やす。
それが普通の人間の姿。
「大きな丸太を担いで、ぴょんぴょん走り回るお前の姿は、十分普通とかけ離れていると思うがな」
そうかなぁ、カラスに変身して空を飛んだり、簡単に魔石を作っちゃう事に比べたら、全然普通だと思うんだけどな。
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