第4話

僕、涼ノ原宏和は勇者…だった。


いや元の世界の僕は、何の変哲もないただの男子高校生だった。

それが通い慣れた道を歩いてだけなのに、ふと気が付けばこの世界に居て、そこに待ち構えていた人にいきなり偉そうな人の前に引っ張って行かれた。

そしてその偉そうな人に、この世界の害悪である魔王を倒してくれと懇願された。

一高校生の、何の取柄もない僕に、いきなりそんな事を言っても無理ですよ。

最初ははそう言って断っていた話も、魔王がいかに悪者かをつらつらと説明され、それを倒せるのは異世界から召喚した僕しかいないのだと言われた。

結局、最後は泣き落され、引き受けざるおえなかった。


皆に忌み嫌われるほどの悪い魔王を、一体どうすれば僕が倒せるのかは分からない。

だって僕にはごく平均な頭脳と体力しか持っておらず、秀でた能力も特技も無いのに…。

しかしその役割を引き受けた途端、何故か勇者と言う称号を与えられ、僕はすごい能力を得た。


なぜだ?


まあ能力を授かったのは事実だし、ほんの少し心配事は減ったな。

でも魔王がどれほど力を持っているのかもわからない以上、僕と魔王の戦いで、どちらに勝利を得るか分からないけど、でも約束をした以上全力で挑まなければならない。

一応ある程度の資金や武器は貰っていたけど、その価値や使い方、こちらの世界の常識のレクチャーは何も無かったので、旅では僕の中の常識を駆使するしかなかった。

おおよそ夜は野宿で、途中で襲ってきた魔物の肉やその辺に生えていた植物を、本能で見分け、食べれそうな物だけ料理した。

今思えば、よくやったなと自分を褒めてやりたい。.

もちろん街に出くわせば、貰ったお金を適当に取ってもらい、役に立ちそうな物の買い物もしたけれど。

襲ってきた魔物から出たドロップ品?は価値が有りそうだったから取っておく。

そして道端に生えていた珍しい草なんかも摘んでおいた。

風呂なんて無いから、途中で冷たい川で水を浴びるた。

そんなこんなで数か月後には、ようやく魔王城に到着した。

いや~苦労したよ。

何たってここには自転車もないし車も無い。

移動手段は馬か、それにひかせた馬車。

それが扱えなければ徒歩しかないんだから、ずいぶんと時間が掛かっちゃった。



そして僕は魔王を…倒した。


魔王討伐の際、戦いの準備のためたくさんの魔力を注がれた。

しかしいくら魔力を注がれても僕は魔法を使えないまま、身体能力だけがだだ上がりだった。

でも僕にとっては、それだけで十分だ。

元々魔法は使えなかったんだし、逆に僕には魔法はあまり効か無いようだ。

つまり、魔法を得意とする魔王軍は、僕との戦いに苦戦する可能性が有り、事実そうだった。

それに疲れたり傷を負ったりしても、凄い薬もあった。

回復したい時には飲む、ケガにはそれを振り掛ければいい、何でもアリの万能薬をたくさん貰ったから、僕には魔法など必要なかったんだ。

なぜ魔法が使えないのだと周りの人達は首をかしげたが、多分僕が魔法の存在しない世界から来た異世界人だからじゃないかな?


そして僕は新しく授かった、異常ともいえる身体能力を駆使し、魔物を倒し、魔王城に着いた後も、魔法で応戦しようとする魔族を力でねじ伏せ、最終的には魔王すら倒したのだった。



それから僕は、仲間になったベルを連れ、出発地の王都に戻った。

戦いが終わった後は、それなりのご褒美が貰えるのかなと、少なからず期待をしていたけれど、でも現実は違った。

帰った僕にはこの世界で福利厚生を約束されていたわけでもなく、アフターケアも無かった。

今思えば、この世界の人間は、僕が勝利するとは思ってなかったんじゃないかな。

でも僕は魔王を倒し、この地に平和をもたらしたはずなんだよ?


魔王討伐成功は瞬く間に国、いや世界中に広まり、王都に帰り着いた僕は熱烈な歓迎を受けた。

それからはバカバカしい日々が待っていた。

大々的なパレード、大規模なパーティーがあちこちで執り行われた。

しかしそれは全て、魔王が死んだ事を広く知らしめるためのイベントのように感じた。

そして僕の予感は現実となり、その一連のお祭り騒ぎが終わった後は、魔王を倒した喜びやお祭り騒ぎもいずれ冷めていく。

その後はどうなるかだって?

興味を失った者は、やがて飽きられ、その記憶から薄れていく。

そして残ったのは、必要のない残りカスのような僕。


でもそんなのには慣れている。


元の世界での僕はカスだったから。



元居た世界では、僕は常に嫌われる存在だった。

小さい頃から男子のいじめられ、女みたいな変な顔だとか、気持ち悪いとか言われた。

だから前髪を伸ばし、顔を見られまいとずっと俯くようになり、それでも目立たないように口もろくにきかず、常に教室の後ろの隅の方に身を隠すようにしていた。

当然僕は、女子からも誰からも相手にされなくなっていった。

まあこの世界に来て、勇者として立った時、身の回りはそれなりに整えてもらったけれど、見栄えが少し変わっただけでそれ以外は何も変わっていない、はずだ。



「これから僕は何をすればいいのでしょうか」


ある日僕は、思い切って聞いて見た。

王に、王子に、王女に、兵士に、メイドに、コックに、庭師に。

元の世界に帰れないなら、少しでも僕を必要としてくれるように何でもしよう。

そう思い、僕は僕に出来る事を探そうとした。


「お好きになさっていて下さい」


帰ってくる言葉は、どれも似通った答えばかりだった。

城に居れば食事に困る事も無いし、欲しいと言ったものは何でも用意してもらえる。

でもそれは、魔王を倒した僕に対する恐怖からだったのだろう。

だって僕は、誰も倒せないと言われ続けた魔王を、この世界が恐怖した存在を倒してしまったから。

つまり僕は、魔王以上に恐れられる存在になってしまったのだろう。


しかしそれは僕にとって、お前はもういらないと言われているのと同じ事だった。


「ねぇベル、僕は一体どうすればいいんだろうね」


僕は肩に留まったカラスに似た鳥に話しかける。

彼は僕の相棒ベルガモーゼだ。


魔王との戦いが終わった後、やはり魔法が有ると便利だと学習した僕は、勝手に付いてきたこのベルを相棒にした。


こいつは見かけの割に、魔法に長けているのだ。


「もう皆は僕なんて必要としていないみたいだし、僕なんてここに居ない方が良いんじゃないかな?ねえ、こんな事しているだけなら、皆の迷惑にならないように、ここを出て行ってもいいよね?」

『まあヒロがそう思うなら出て行ってもいいんじゃないか?元々みんな、ヒロの好きな事をしろとか言って、放置しているんだし』

「それもそうか」


と言う事で、僕は城を出る事にしたんだ。

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