四話 翔べない鳥

「昨日は馬車の荷台で眠ったから、なんだかうちのベッドが恋しいわー」


「フフフ。ルーシアのベッド、ふかふかだもんね」


 王都に到着した私たちは、明日の進路予定まで決まっていた。疲労回復の為に今日は宿泊先を探す事に。


「なぁ、できるだけ安い宿を探さないか?」


「えっ? どうして?」


「いや、俺あんまりお金ないし……」


 そう言うと、ミストは気まずそうに苦笑いを浮かべていた。言われてみれば……私も持ち合わせが少ない。


「私も、安い方がいいかな」


「うーん……そうね! できるだけ節約しよっか! 金貨一枚くらいのとこ探しましょう!」


「高すぎだろ!」

「それは高いかな」


 あまりにもルーシアの金銭感覚の違いに、思わずミストと意見が合う。その後、商店街を行き交う旅人やお店の人に、できるだけ安い宿を尋ねてまわった。


「すみませーん! この街で安くて人気の宿屋ありませんかー?」


『……あるよ』


 露店で聴き込みをしていると、寡黙だけど優しそうな店員さんがおすすめの宿を紹介してくれた。そこは一泊夕食付きで一人につき銀貨五枚の宿。ルーシアが言うには、ドリアスの一般的な宿と比べると少し高いみたい。

 ミストは『さすが王都だ』と、腕を組みながら感心しているけれど。きっと予想以上の値段の高さで動揺しているんだね。


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「わおっ! 外観は意外と綺麗だね! てっきりボロボロなのかと思ってたわ!」


「へえ、悪くないな」


「うん。お部屋空いてるといいね」


 教えもらった宿に入ると、ロビーにはたくさんの旅人の姿があった。みんな宿泊手続きの順番待ちをしているのかな。安いだけあって、予約がとれるか不安を抱き始めてしまう。


「一晩泊まりたいんですけど、二部屋空いてますかー?」


 私たちの順番が回り、早速ルーシアが尋ねた。


『本日予約が殺到しておりまして、一部屋だけでしたらご用意できすが』


「「 一部屋…… 」」


 なんとか一部屋だけ確保できたので、今日は三人とも同じ部屋で眠る事になった。ルーシアはミストと同じ部屋で戸惑っていたけれど、私は二人と一緒で嬉しい。でも、また寝顔をミストに見られちゃったら少し恥ずかしいかな。


「おぉ、なかなか悪くない部屋じゃん」


「うん。思ってたより広いね」


「ホントだ! 家具もお洒落でかわいい!」


 お部屋に入ってみると、革製の二人掛けソファーとガラステーブル、窓際にはふかふかのベッドが二つ並んであった。大きなクローゼットの中にはバスローブもたくさん置いてある。

 中でも一番嬉しかったのはこれ。

 数分でお湯を沸かせる給湯器ポット。魔石から放出されている動力エネルギーを利用して熱に変換させているんだって。紅茶の茶葉もあるから、後でいただこうかな。


「ミスト! 絶対にお風呂覗かないでよ!」


「へいへーい」


「ルーシア、一緒に入ろ」


「いいよ!行こっ!」


 昨日は荷馬車の中で身体を拭く事しかできなかったから、早速ルーシアと一緒にお風呂に入る事にした。


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 脱衣室で服を脱ぎ始めると、ルーシアがまじまじと見つめてくる。けど……視線が少しだけ下を向いていた。


「どうかしたの?」


「うーん……ローレライのそれ・・、何食べたらそんなに大きくなったのかなーって」


「えっ……と……でも、あまり食べてないかな」


 突然の質問に動揺するも、とりあえず言葉を返す。私の何が大きいのかな。身長はルーシアの方が大きいはずなんだけど。


「そんな馬鹿な。絶対何かあるわよ! 何か心当たりないの!?」


「えっ、心当たり? えっと……いっぱい眠る事……とか?」


「なるほど! 寝る子は育つのね!」


「うん。きっとそうだよ」


「ありがとっ! 今までは一日八時間くらいしか寝てなかったけど、これからは一〇時間の睡眠をとる事にするわね!」


「……うん。それがいいね」


 ルーシア……いつもそんなに寝てたんだ。いいなぁ。

 咄嗟に眠る事と言ったけれど、おうちにいた頃の私はあまり眠れていなかったんだ。だって窓から見える景色をずっと眺めていないと、淋しかったから。


「あっ、なかなか悪くない狭さのお風呂だわ!」


「うん、ちょうどいいね」


 部屋に備え付けてあった浴室を見に行くと、一人用のちょっぴり狭い浴槽があった。でもルーシアと向かい合って足を曲げれば、なんとか二人で湯船に浸かれるかな。

 しばらく二人でお湯に浸かっていると、ルーシアが口元に手を当ててクスクスと微笑みだした。


「ルーシア、どうしたの?」


「ううん、ローレライに会ってからまだ数日なのに色々あったなぁって、そう思ってたの。まさか王都にまで来る事になるなんて想像もしなかったわ」


「ごめんね、付き合わせちゃって」


「そういう時は、ごめんじゃないでしょ?」


「うん。ありがとう」


 ガラガラガラ。


 その時、浴室のガラス戸がゆっくりと開いた。


「 ……。」


「 ……。」


「ミスト、どうかしたの?」


 振り返ると、呆けた顔をしたミストが立ち尽くしていた。次第に汗を垂らし始め、だんだんと滝のように吹き出すミスト。

 突然の事で、私も少しだけ驚いたけど。


「お……おぉ、悪い悪い。トイレと間違えちゃった。……いや、本当に……失礼しました!」


 ガラガラガラ! パタン。


「……ローレライ! 私、先に上がるわね!」


「えっ、うん」


 その直後、すぐに浴室を出ていく笑顔のルーシア。その背中からメラメラと魔力が垂れ流されているけれど。

 そんな違和感を抱きつつ、少し遅れて私もお風呂を出た。


 ガシャーン! ピシャーン!!


 ゴッッツーン!!!


「あれ? 何の音かな?」


 脱衣所で寝間着に着がえていると、お部屋の方から大きな物音と悲鳴が聞こえてきた。きっと早くお風呂を出たルーシアとミストが遊んでいるんだね。フフフ。友だち三人でお泊まりなんて、楽しいに決まってるもんね。


「二人とも元気で羨ましいかな。私も元気を出さないと」


 温まった私の身体からはホカホカと湯気が立ち上る。体温が冷めないうちにお部屋に戻り、扉を開いた。


「あっ、おかえり! ローレライ!」


「お待たせ。お風呂、気持ち良かったね」


 なぜだか、ミストはうつ伏せになって床で寝ていた。

 よほど疲れちゃったんだろうな。あれ? でも……なんだか所々凍っているような。


「ローレライ、ベッドが二つしかないから私たちで使いましょう! ……ミストは床で寝るそうよ」


「そうなんだ。気を使わせちゃったね」


「いいえ、こいつの事は気にしなくていいわ! 今日はもう寝ましょ! ……大きくなる為に」


「うん、そうだね。おやすみなさい」


 ルーシアは清々しい笑顔でミストの頭を踏んづけていた。そっとミストに毛布をかけて、今日は早めに眠る事にする私たち。


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「二人とも起きてー! 朝だぞー!」


「くっそー。床で寝させられたせいで身体中がいてぇ……」


「おはよう」


 翌朝、すっかり疲れのとれたルーシアが私たちを起こしてくれた。あまり眠れなかった私は、ぼーっとしながらも旅支度を始める。

 なぜなら、今日の為に半年間がんばってきたから。ようやくオフィーリアを救えると思うと、何だか寝つけなかったんだ。


「なぁ、旅に必要なもんは平気か? 食糧とか」


「そうね……地図で見た感じだと、ギリアスの街までは四、五時間ってとこね。なら準備はいらないんじゃないかしら?」


「うん、たぶん平気だよ。お昼頃には着くと思う」


「そうか。じゃあ、さっさと飛竜さんとご対面といくか」


 朝早くに宿を出た私たちは、まっすぐ王都の正門前に向かった。牧舎に預けていた二頭の馬を引き取り、先にミストとルーシアが跨がる。

 私はルーシアの後ろに乗り、早速南の街ギリアスを目指す事にした。


「さあ、二人とも! ギリアスの街に行くわよ!」


「うん。行こう」


「あぁ。……腰がいてぇ」


 しばらく街道を走り続けていると、様々な鳥たちが空を自由に飛んでいた。

 見渡す限りに広がる草原の海。

 雲ひとつない水色の空。


 多くの人たちが思った事があるかもしれない。

 自分も、あの鳥のようになりたいって。

 私は、ずっと鳥籠の中にいた。

 出る事のできない籠から、どうして籠の中に入り続けなければいけないのかもわからないまま。

 ただずっと、外の世界を自由に飛び回る人びとを、眺めているしかなかった。

 今の私は自由になれたんだ。

 でも、いつまでもこのままではいけない。

 また、鳥籠に戻らなければいけない。

 そんな事はわかっている。

 それが私の……。


 運命さだめだから。

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