三話 王都ハルモニア観光

「わあーっ! ここが王都ハルモニアなのね……」


「すげぇ、ドリアスの比じゃないな」


 俺たちはようやくグランフィリア王国の中心、王都ハルモニアへ到着していた。城下街に入ると、行き交う人々で溢れかえった商店街を通る。


『ほらほら見てって! 入荷したばっかの最新型撮影機だよ!』


『王都名物嘔吐くん人形、嘔吐くん饅頭、買わなきゃ損だよ!』


『嘔吐くん風船と割引券をどうぞー!』


 嘔吐くん人形とは……。

 お日さまのような明るい笑顔に王冠を被った丸い人形だ。チャームポイントは口からはキラキラした何かが出ているところ。

 そんな物珍しいものばかりで、さすがの俺でさえ興奮してしまう。ルーシアもまるで子供のようにはしゃぎ、辺りをキョロキョロと見渡している。


「ルーシア、恥ずかしいから落ち着けって」


「あっ、ごめんね! ……つい」


 舌を出して照れ笑いをしながら恥ずかしそうに振り返るルーシア。


「……って、えぇっ!?」


 が、しかし、突然目を丸くして驚愕の表情に変わった。


「ミストの方がはしゃぎすぎでしょ!!」


 「あぁ? 何を言ってるん……」


 ……ハッ! い、いつの間に。

 クールで通っているはずの俺とした事が。

 頭には嘔吐くん帽子。

 左手には嘔吐くん風船。

 右手には嘔吐くんドッグ。

 更に右腕にはお土産の嘔吐くん饅頭を三箱もぶら提げてしまっているなんて。


 「くっ! さすがは王都の敏腕商人たちだ。やるじゃねえか、この商売上手」


「ミストが流されやすいだけでしょ!?」


『わはははは! 押し売りは彼等の得意技だからね! 気をつけなさい!』


「あの……私も、これ買っちゃった。なんだか断れなくて」


 恥ずかしそうにローレライが両手を掲げると、ちゃっかり饅頭と風船を持っていた。

 お前も買ってたのか……同士よ。


 商店街を抜けて裏路地を更に歩いていくと依頼の目的地、行商人のおっさんが使っている倉庫に到着した。


『いやいや! 三人とも本当にありがとう! 実に頼りになった! 何よりも賑やかでとても楽しい旅になったよ! また依頼を出したら引き受けてもらえるかな?』


「あぁ、もちろんだ。おっさん、またな」


「ありがとうございました! ぜひぜひ! またお会いしましょう!」


「とても親切にしていただいて、ありがとうございました」


 報酬を受け取った後、行商人のおっさんは姿が見えなくなるまで手を振ってくれた。手を振り返し、小さくお辞儀をして別れる。

 そして俺たちはいよいよ本題である次の予定を話し合う為、手頃な飲食店に入る事にした。


『いらっしゃいませー!』


 三人で席に座ると、店内の至るところから視線を感じる。その理由は大体想像つく。

 俺はさりげなく帽子を脱ぎ、お土産をテーブルの下にそっと隠した。明らかに浮かれすぎていたようだ。


「すいませーん。キッシュランチを三つください」


『キッシュランチが三つですね。少々お待ちくださーい!』


 その時、注文を取り終えたウェイトレスが踵を返すと、スカートからはフサフサの尻尾が生えているのに気が付いた。特注なのか、スカートに尻尾を通す穴でも空いているんだろう。


「ちょっと……何店員さんのお尻ガン見してんのよ」


「ち、ちげえよ! 尻尾が気になってたんだって!」


「ミスト、お尻好きなの? 旅の時も、ずっとルーシアのお尻見てたよね」


「はっはっは! いやいやいや。ローレライさん、いきなり何を言い出すんです……かっっ!!」


 とんでもない事をローレライに暴露され、一瞬にして食卓が凍りつく。これ以上余計な事を言わせないよう、必死に渾身の眼力で訴えかける。


「えっ、でも……風でスカート捲れてた時とか、前のめりになって覗いてたよ?」


「 ……。」


 全然ローレライには通じていなかった。

 この軟禁娘……世の中の事をもっと教えてやらねば。天然過ぎて、全く空気を読めてねえ。


「そうなの!? ……店の中で良かったわね。外に出たら覚悟しなさい」


「外でも騒ぎになるからやめてくれ」


 とりあえず死刑宣告を先延ばしにし、話を戻す事にした。この店のホールで働くウェイトレスを見ると、全員に尻尾があるみたいだが。


「あの耳と尻尾って狼の獣人ライカンスロープだよな? 西じゃ、獣人はあんまり見かけないよな」


「そうね。たまにドリアスの街で見かけた事あるけど、王都では珍しくないみたいね」


 そう話す俺とルーシアが不思議そうに獣人を眺めていると、向かいに座っていたローレライが口を開いた。


「元々獣人はね。ずっと南の大陸を治めている帝国領に住んでいたみたいだよ。でも、何百年も昔に、王都中央と南方に移り住んだ獣人が沢山いたの。だからこの辺りでは、獣人がいても珍しくないんだ」


「そうなのか。ローレライは城下街の事詳しいのか?」


「ちょっと! ミスト!」


 そうだった。

 ローレライはほとんど屋敷の中で軟禁状態だったって、そう言ってたんだ。話を聞いた感じではなかなか裕福な家系なのだろうが。犯罪に巻き込まれない為に、しきたりや制限などがあったのかもしれないな。


「あぁ、悪い。うっかりしてた」


「ううん、大丈夫だよ。気を遣わせてごめんね」


 少しばかり気まずい空気になる中、タイミング良くウェイトレスが料理を運んできた。


『お待たせしましたー!』


 大きなお皿の上にはほどよくスライスされた豚肉のコンフィ、それと色とりどりのサラダが乗っている。更にハーブが浮いたコーンスープにパイ生地に様々な野菜とキノコが飾られたキッシュが運ばれてきた。西方地域の料理であるピザに似た感じで、なかなか美味そうだ。

 これで一人分の料金が銅貨六枚と硬貨五枚は安いな。


「「「 いただきまーす! 」」」


 食事を終えると、早速今後について話し合う事になった。


「なぁ、ローレライ。そのオフィーリアって飛竜なんだよな?」


「うん。優しくて、とても強い飛竜だよ」


「うーん……でもさあ。飛竜が街にいたら騒ぎになるんじゃないかしら」


 ルーシアも同じ疑問を抱いていた。実際のドラゴンなんて見た事なんてない。しかし、小さい個体でも三メートル以上はある大型の種族だとアルヘム村の学舎で教わった事がある。

 そして、ローレライは少し俯きながら口を開いた。


「でもね……私を逃がす時に言ってたの。ギリアスの街の武器屋に知り合いがいるから、そこで休ませてもらうって」


「それで家を抜け出した後に会いに行ったのか?」


 その問いにローレライはコクリと頷く。


「うん。別れてから二ヶ月くらい待ってたんだけどね。オフィーリアは姿を現さなかったの。だからおうちを抜け出して、ギリアスの街まで会いに行ったんだ」


「よく抜け出せたな。バレなかったのか?」


「窓の鍵はオフィーリアが壊してくれてたから。夜中にこっそり抜け出せたんだ」


「ローレライ、意外と大胆なのね」


「でも……やっと見つけたオフィーリアのお友達に、会わせてもらえるようにお願いしたんだけど。……断られちゃって」


「オフィーリアさんにかけられた呪いのせいね」


 ルーシアが腕を組みながら尋ねると、ローレライは淋しげに小さく頷く。


「知人の店主さんが言うには『隷属の呪いにかかってる』って。看病しようとしたお弟子さんが、幻覚を見ているオフィーリアに襲われて、更に呪いの障気も浴びちゃったみたいなの」


「ええっ!? その人……無事だったの?」


「うん。数日間は意識を失っていたらしいんだけどね」


 なるほどな。普通なら飛竜に襲われたら一撃でお陀仏だ。生きてるだけでも不幸中の幸いだろう。


「でも! 今のローレライにはエリクシールがあるわよね!」


「うん。やっとオフィーリアを救えるんだ」


 立ち込めていた暗い雰囲気から、一気に光が差し込んだような気がした。

 そうだ。こいつはこの時の為に半年間もがんばってきたんだから。


「じゃあ、さっさとギリアスに行くか。もしもその飛竜が暴れたら俺とルーシアで大人しくさせてやるよ」


「ちょっとミスト! 相手は飛竜よ! 気をつけてよね!」


「フフフ。ここからギリアスまでは馬でも半日はかかるから。今日は宿に泊まろ?」


 そして俺たちは早めに宿を取り、明日に備える事に決めた。


「もうすぐだよ。オフィーリア」


 ローレライはエリクシールの瓶を眺めながら、そう小さく呟いていた。

 その顔は柔らかな笑顔で……。

 なぜだか、悲しそうだった。

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