五話 いつまでも一緒に

 私たちは二頭の馬を駆り、ひたすらに南の方角へと走っていた。西方地域とは打って変わり、起伏のない平野を進む。


「あーあ……やっぱり、おやつくらい買っておけば良かったかなぁ」


「またその話かよ」


「ねえ、ミストが買ったお土産……」


「いやいや、これはやらねえからな!」


 王都を出てから二時間。ルーシアがしきりにおやつを食べたがる。お昼頃にはギリアスの街に到着する予定だったから、特に食糧などの買い足しはしていなかったんだ。


「ルーシア、私も買ったのがあるよ。少し休憩す……」


「する!!」


「……即答かよ。お前も甘やかすな」


 王都を繋ぐ街道には、等間隔に設置された道の駅がある。とりあえず私たちは、そこで休憩をとる事にした。


「おっ! 地下水を汲み上げてんのか? こりゃ助かるな」


「どれどれー? あっ、本当……冷たくて美味しいわね!」


 乗り合い馬車などの停留所にも使われている為、地下を流れる天然水を汲み上げた水呑場まで用意してくれている。浄水機能でしっかりろ過してあるので、そのまま飲めるみたい。

 それに木の板を重ねた屋根にたくさんの椅子、テーブルもあった。

 早速三人でテーブルを囲み、王都で買ったお土産の封を開ける。よほど我慢ができないのか、ルーシアの顔が近すぎて少し開けずらいけれど。

 包装紙を剥がし、ルーシアの顔に当てないようにして蓋をずらすと……。


「う、うわぁ。……見た目は……あれね」


「……だな」


「この口から出てる部分は、何味なのかな」


 私が買ったのは、嘔吐くんクッキー。丸い形で、嘔吐くんを描いた焼き色つき。でも、口の部分からは虹色のぷよぷよしたものが付いていた。


「まあ、いいや! いただきまーす!」


「フフフ。いただきます」


「じゃあ、俺ももらうか」


 三人同時に手を出して口に運ぶ。


「あっ、これ美味しい! この柔らかいサクサク感……ラングドシャだ!」


「虹色のぷよぷよしたのってジャムなんだね。フルーツ味で美味しい」


「あぁ……こりゃ美味いな。俺も買えば良かった」


 見た目との隔たりも相まって、より一層美味しく感じてしまう。ついもう一箱も開けてしまいそうになったけれど、アルヘム村に帰るまでは我慢しなきゃ。


「これでギリアスの街までは持ちそうだよ! ありがとう、ローレライ!」


「ううん、一つは三人で食べるつもりだったから、平気だよ」


「ゆっくりできたし、そろそろ行くか」


 十分に羽を休めた私たちは、改めてギリアスの街を目指す事にした。


 ━━━━━━━━━━━━━━


 その後も馬を走らせ続けていると、何度か魔物との戦闘になる。王都から離れるに連れて、魔物の数も増えていた。

 もちろん、私たちの敵ではないよね。


「ミスト!」


「あぁ、なんか様子が変だな」


「異種族の群れなんて……初めて見た」


 突如、前方から迫り来る大規模の魔物の群れに遭遇した。でも、いつもの群れとは少し様子が違っている。

 それよりも、ここはまだ王都周辺のはず。王国中央騎士団の警備隊が巡回しているのに……。

 この数はおかしい。何より、違う系統の魔物が群れるだなんて。


「ミスト! ローレライ! 戦闘準備!」


「あぁ!」


「うん。行くよ」



 現れたのは三種族の魔物たちだ。

 魔獣レッサーデーモンが八体。骸骨兵士スケルトンが二〇体。魔羽虫リーパーが一八体。

 中でもレッサーデーモンはとても脅威な魔物。討伐依頼クエストでもランクⅤに相当する。


「結構多いな。ルーシア! 上級魔法いけるか? 詠唱中は俺とローレライで援護してやる」


「わかったわ! 二人とも気をつけてね!」


 後衛で立ち止まったルーシアは大きく息を吐き、瞳を閉じる。意識を両手に集中し、全身の魔力を溜め始めた。

 みるみるうちに両手を通して魔力の杖が輝き出す。


「ローレライ! 俺は突っ込んでくるから取りこぼし頼むな」


「えっ? 突っ込むって……」


 ミストは前衛に立ち、片手剣ルーンソードを後ろに引いた。その瞬間、とてつもない速さで駆け抜け、スケルトンを次々と斬り伏せていく。


「おらおらぁ! 次はどいつだぁ!」


 更に背中に提げた短槍コルセスカを抜き、旋風させる。背後から襲いかかるリーパーの斬撃を軽々と弾き返す。


「フフフ。ミスト、生き生きしてるね。私も負けないよ」


 ミストに触発された私も、長弓エルフィンボウを背中の留め具から外す。


「魔力を込めた矢は、いろんな特性を持たせられるはず……なら!」


 右手で矢を創り出し、更に魔力を解き放つ。次第に矢の色が変化していき、煌々と燃える赤い矢に変わった。


「いくよ! 十六夜いざよい!」


 魔力を乗せた赤い矢を力強く頭上に撃ち出す。空から迫り来るリーパーは空を昇る矢に目もくれず、一直線に翔てくる。


 バアァァァン!


 突然激しい爆発音が轟き、宙を舞う赤い矢が爆散した。大きな音に驚きとまどったリーパーたちが空を見上げたその時。

 一六発もの燃えさかる矢が降り注ぐ。次々とリーパーを貫き、炎に包む。

 全身を焼かれたリーパーたちは、地面に落下する前に灰と化して消えていった。


「すごい……こんな事もできるんだ」


 今の一撃で四体は仕留めたはず。でも……まだあんなにいるなんて。魔物の数が異常すぎる。


「ローレライ! 後ろから来てるわよ!」


 ズバァッ!


「うぅっ……!」


 急降下してきたリーパーに距離を詰められ、鎌状の鋭利な腕で肩を斬られてしまった。すぐに細剣エストックを右手に構え、接近したリーパーに飛び込む。


「これくらい……平気だよ!」


 激しい剣撃音を響かせ、リーパーと打ち合う。一瞬の隙をつき、真っ二つに両断した。


「二人とも! 後退して!」


 後衛のルーシアが叫ぶ。魔法の詠唱が終わって発動準備ができたんだ。

 私はすぐさま後ろに下がると、前衛で戦っていたミストに視線をやった。

 しかし、ミストはレッサーデーモンとスケルトンに囲まれて思うように後退できずにいる。このままだと、ルーシアは魔法を放てない。

 私がなんとかして、ミストを援護しないと。


「待ってて。……もう一度エルフィンボウで……うぅっ!」


 左肩に激痛が走り、肩が上がらない。先ほどの攻撃を受けたせいだ。


「ルーシア! 俺は何とかするから気にせず撃て!」


「わかってる! 上手く防いでね!」


 杖を掲げ、焔の魔力派を辺りに撒き散らす。


「火の主神バハムート、神罰を下せ! ミスト、頼んだわよ!」


「ルーシア待って! まだミストが!」


「くらえぇぇぇぇ! 烈火咆哮魔ブレイジングフレア法!!!」


 発動と共にルーシアの両手から巨大な炎が顕現された。次第に竜の姿を象っていく。

 大気を焼く炎が、まるで火竜の咆哮の如く響き渡る。


 ゴオォォォーッ!!!


 轟音を轟かせた火竜の炎が魔物たちに襲いかかった。瞬く間に炎の渦で灰に変え、魔物たちが消滅していく。


「これが……上級魔法の力なんだ」


 炎が魔力の欠片に変わり霧のように消えていくと、大量の魔石がキラキラと空から舞い散っていた。


「いやぁ、相変わらずルーシアの魔法はすげえよな。王立学園じゃ、魔術科ウィザードの首席になれんじゃないか?」


 その時、何体か生き残ったレッサーデーモンの山が勢いよく崩れると、ミストが平然と出てきていた。何事もなかったように起き上がり、虫の息になったレッサーデーモンに止めを刺していくミスト。

 あの一瞬で魔物を盾にしたなんて。二人とも……すごい。私なんかよりも……ずっと。


「ミストなら絶対大丈夫だってわかってたからね!全力で撃っちゃったわ!」


「少しは加減しろよな。火で服が焼けたら大変だろ?」


「えーっ……だったら、次からは真っ裸で戦ったら?」


「……それ、社会的に死ぬだろ」


 ルーシアもまるで不安が無かったようにミストに微笑んでいた。二人の絆は、私なんかよりもずっとずっと深いんだ。お互いが信じ合って、お互いを理解し合っているんだね。

 いいなぁ。私も……二人に追いつきたいな。


 いつまでも一緒に。

 二人の隣を歩けたら……。

 ううん。

 考えるのはやめよう。

 そんな願いは……叶わないんだから。

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