第二章 中央地域 南の街ギリアス
一話 新たな旅立ち
「なぁ、いい加減機嫌直せよ」
「……ふんっ!」
昨夜の温泉でのできごと以来、ずっとルーシアは不貞腐れている。そんな彼女に責任を感じたローレライは、申し訳なさそうに口を開いた。
「ごめんね。友だち同士、みんな一緒に温泉に入りたくて。企画したの……私なんだよ」
「友だち同士でも男女で入ったら駄目なの!」
ルーシアに説教をされると、より一層ローレライがしょんぼりとして縮こまってしまう。その後も延々と説教を受けている姿は、まるで粗相をした仔犬のようだった。
まあ、俺も一緒に正座させられてるけど。
「ローレライ、平気か? やっぱ今日のお前なんか変だぞ」
「えっ? そうなのかな……」
まだ温泉でのぼせたままなのか、ローレライの顔は少し赤らめていた。正座しながらも、左右にふらふらと揺れている。
「二人とも! 今日のところはこの辺で勘弁してあげる! さっさと寝て忘れるわよ!」
「「 はーい 」」
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翌朝、ベッドに何か違和感を感じた。ふと目を覚まし、布団をめくる。
「うん? 腕に……なんか絡まってる?」
寝起きで意識がはっきりしない中、自分の右腕を調べた。夜明け前の微かな明かりを頼りに、よく目を凝らすと。
「ロ、ローレライ!? なんでここに……」
なんとローレライが俺のベッドに潜り込み、腕に抱き付いていた。すやすやと気持ち良さそうに眠っているが……。
対して俺は一瞬にして目が冴え、眠気も吹き飛ぶ。いつの間に忍び込んだんだよ。大体、昨日からローレライの様子が変だ。
「なぁ! ローレライ! 起きろ!」
「ん……んん」
何度もローレライの肩を揺する。次第にうっすらと目を開いたが、まだ頭が働いていないらしく穏やかな笑顔を浮かべていた。
今の状況に全く気がついていないのだろう。
「ミスト、おはよう」
「おぉ、起きたか。ところで、なんでここで寝てんだ?」
「……んん。えっ? ミスト? どうしてここにいるの?」
ローレライは少しばかり驚いた後、ゆっくりと起き上がった。ひたすら辺りを見渡し始める。
「ここ……俺の部屋だぞ?」
「あっ、そういえば。夜中、ルーシアの部屋の窓から飛び移った気がする」
「飛び移ったって……俺んちの窓閉まって……」
二人同時に窓へ視線を送ると、窓ガラスは無惨にも粉々に割れていた。もはや窓枠すら残っていない。
まさかとは思うが、昨夜のうちに窓を突き破ってきたって事か。
「ごめんなさい」
「まぁ……別に直せるからいいけど。っつーか昨日から様子が変だぞ? 本当に心当たりないのか?」
「うん、実は……」
ローレライが何かを話そうとした瞬間、隣の家からルーシアの声が聞こえた。
「ミストー! いつの間にかローレライがいなくなってるんだけど。どこ行ったか知らない?」
まずい。 折角、昨日の誤解を解いたのに。
このままではまた正座させられてしまう。なんとか誤魔化して、奴を外へ
そう考えた俺は必死に三文芝居を打った。
「あぁー、どこだろうなぁー。散歩……してるんじゃないかなぁー」
「……なによ、その棒読み」
「ほ、ほら……もしかしたら迷子になってるかもしれないしさ。捜しに行ってやれよ」
「ルーシア、おはよう」
その時、ローレライは平然とした表情でひょっこり顔を覗かせてしまった。俺の緻密で綿密な作戦が台無しじゃないか。終わった……。
となると今日は、何が飛んでくるんだろうか。
「ローレライっっ!? どうしてそこにいるの!? ……やっぱり昨日からなんか変よ?」
……あれっ? 助かったみたいだ。
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「って事は原因はゲイちゃんだったか」
「半日効果あるって……どんだけ強力な薬なのよ」
「ううっ……なんだか、まだ頭がくらくらする」
一階のリビングに集まった俺たちはローレライから事の顛末を聞いた。
誰が言った訳でもないのに自ら正座して反省しているローレライ。どうやらエリクシールとは別に変な錠剤を貰っていたみたいだ。帰り道にそれをこっそり飲んでしまったらしいんだが。
『ローラちゃんっ! これはねぇ素直になれる勇気のお薬なのよぉ! 帰り道にこれを飲んでぇ、思いを伝えなさい!』
━━あの時、耳打ちしながら渡されてたのはこれだったか。
「ミストとルーシアに何かお礼がしたくて。……でも、どうしたら喜んでもらえるのか分からなかったんだ。それで……ゲイちゃんに相談したの」
「そういう事だったのね。昨日いきなり『添い寝して寝かしつけてあげる』って言いながらベッドに入ってきたから、本当にびっくりしたわよ」
どうやらルーシアにも添い寝していたらしい。っていうか、ローレライが考えついたお礼が混浴と添い寝って……。
そりゃ薬にでも頼らなきゃ実行に移す勇気は出ないよな。
「まぁ、悪い事した訳じゃないんだし、これで解決……でいいだろ」
「うーん、そうね! ローレライ、変な薬なんかいらないわ! 添い寝ならいつでも歓迎するからね!」
「うん。二人とも、ありがとう」
ローレライは安心したように笑顔になった。
「ところで今日も学校は休みだよな。どうするよ?」
「そうよね。ローレライ、オフィーリアさんに薬を届けに行く?」
ルーシアがそんな提案をすると、ローレライは少し俯きながら答えた。
「うん。……でもアルヘム村からだと、二日はかかる距離だから……」
「遠いんだな。居場所はどこなんだ?」
「中央地域の王都グランフィリアから、少し南に行った辺りだよ。ギリアスっていう街にいるの。別れ際にね、そこに知り合いがいるって言ってたんだ」
おいおい、ドラゴンの知り合いって何者だよ。っつーか街にドラゴンいたらヤバイだろ。
……まぁ、行けばわかる事か。
「今日中にはアルヘム村に戻れないから、明日にでも私一人で行ってくるね」
必死に笑顔を作りながらローレライは寂しげに微笑む。
「大丈夫だよ、ローレライ。私に考えがあるから!」
「えっ? 考え?」
「おっ! おもしろい事考えてる顔だな。期待してるぞ」
「ふふん! もちろん、ご期待に添えましょう!」
ルーシアは待ってましたと言わんばかりに立ち上がる。そして腰に手を当てて、誇らしげな顔をしていた。
「さあ! そうと決まれば、早速行くわよ!」
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ルーシアに連れられるがまま、俺たちはドリアスの冒険者ギルドを訪れた。官舎に入るなり
「あった! これにしよう!」
ルーシアが依頼書を剥がすと足早に受付所へ向かった。
「ミーナさん、こんにちは! この
「あら! みなさん、こんにちは。では依頼書を確認しますね」
【ドリアス~王都グランフィリア間の荷馬車の護衛。適正ランクⅡ。報酬銀貨一五枚+護衛中の食事】
「パーティーは三人ですね。……はい、受理しました」
受付嬢のミーナがぽんっと受理印を押すと、依頼書をルーシアに手渡す。
「なぁ、ルーシア。学校はどうするんだ?」
「学校の事は気にしなくていいわ! ミストもミーナさんに学生証を渡してね!」
「学生証? あぁ、わかった」
きょとんとしていた俺は、ローレライと顔を見合わせた。訳もわからず学生証を提示すると、ミーナが何やら用紙にサインをしている。
「はい、どうぞ。これが依頼受注期間の休学証明書になります」
そういう事か。
王立学園の生徒は引き受けた
しかし、あくまで出席日数の免除だけなので、後で自主勉強しないと留年コースになるのだが。
「さあ! 私とミストのおうちに手紙を置いてきたから、もう準備万端だね!」
「いつの間に?」
「ローレライが一人で行くって言い出すのは予想してたからね」
そう言うルーシアは人指し指をぐるぐる回しながら自慢気な顔をしている。
「ありがとう。一緒に来てくれるんだね」
ローレライはパッと花が咲いたように笑顔になった。
なんだかんだで独り旅は寂しかったのだろう。
「さあ! 早速、依頼主さんのところにいきましょ!」
「あぁ、面白くなってきたな」
「フフフ。私も、なんだか楽しくなってきちゃった」
こうして唐突な旅立ちをする事になった。
見知らぬ土地で待ち受けるものを、俺たちはまだ知る由もない。
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