十六話 南の森の……魔女?
「あー、やっと帰れるぜ。今日もまた濃厚な一日だったな」
「だよね! 明日は筋肉痛になりそう……」
「うぅっ……私が原因だよね。度々ごめんなさい」
ドリアスの街を出た俺たちは、更に一時間ほど馬を走らせてアルヘム村に辿り着いた。
空はすっかり夜になり、衛兵のマディガン以外は誰の姿も見当たらない。
「おう、ミストにルーシア。それに嬢ちゃんも。しっかしえらく遅かったなぁ。さっきまでマリーさんが村の外までお前等を捜しに行こうとしててなぁ。大変だったんだぞ」
「あははは。マリーさんらしいわね」
「マジか……。おっさん、手間かけさせて悪かったな」
「いいって事よ。これが俺の仕事だからな。ほら、早く帰ってやれ」
家に入ると、早々に泣き喚く母さんをみんなで頭を撫でながらあやしつけた。なんとか落ち着かせる事ができたみたいだ。
「うぅ……良かったわ。ミストちゃんが非行に走っちゃったのかと思って、ママ……心配したわ」
「マリーおばさん、私とローレライがいるのでそこのところは安心して下さい。ミストを悪の道になんか歩ませませんから!」
「あぁ。第一、
「「「 あー、確かに 」」」
俺がそう言った途端、みんなが納得するように頷いた。……それはそれで腹が立つ。
「ところでルーシアちゃん。ローレライってもしかしてローラちゃんの事かい?」
父さんはローレライという名前が気になっていたらしい。
それはそうだよな。昨日はローラって紹介したのに、いきなり呼び方が変わってたら不思議に思うか。
とりあえず父さんと母さんには簡潔に経緯を説明をして、ローレライが本名だと教えてあげた。
「まぁ、そういう訳なんだ。だから他所の人の前ではローラって呼んであげてくれないか?」
「おう! 分かった! 要は
「そうね! その方が何だか仲良しな感じがするわ!」
「 ……。」
おそらく……いや、確実に父さんと母さんはちゃんと理解していないのだろう。まぁ、問題は無さそうだしそのままにしておくか。
「「「 ごちそうさまでしたー! 」」」
その日は、夕飯を終えた後すぐにみんなは解散した。さすがの俺たちも疲労が残っていたんだろう。父さんと母さんだって、わざわざ捜し回ってくれていたみたいだしな。
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「……んん、朝か。……痛てて。やばい、身体が怠すぎる」
翌朝、自然と目を覚ました。久々に運動をしたせいか、身体が怠い。
「よぉ、もう起きてたんだな」
リビングに入ると、すでにルーシアとローレライの姿があった。昨日の事が嘘のように元気な二人。
「ミスト、おはよう!」
「おはよう」
ソファーに座っていた二人と軽い挨拶を交わす。空いているソファーに腰を下ろし、深くもたれ掛かった。
「今日って確か学校休みじゃなかったか? 早起きする必要なんて無いだろ」
「まあね。でもローレライがヴァンおじさんに用があるって言うから、早めに来たのよ」
「うん。そうなの」
そう言いながらローレライが微笑む。
「おおっ! 寝坊すけ息子の登場だなぁ! 仕方のない奴だぁ!」
「おっはよぉ! ミストちゃーん!」
なぜなのか、いつも以上に上機嫌な父さんと母さん。二人の手には、ほのかに湯気が立ち上るできたての朝食が用意されていた。
「なあ、これ見ろよ! ローラちゃんが武器の代金に銀貨をくれたんだよー! 早速、額縁に飾らないとな!」
父さんの手のひらには銀貨が二枚、ちょこんと乗っていた。なるほど、そういう事だったのか。
「本当はね、昨日のお金を全部渡したんだけど。ヴァンさんとマリーさんが、御守りにするから二枚でいいって、言ってくれたんだ」
「そ、そうなのか」
父さん、母さん、その銀貨になんの御利益があると思っているんだ。
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「「「 いただきまーす! 」」」
そう言いながら手を合わせ、食卓を囲む。
「そういや今日はエリクシールを貰いに行く予定なんだろ?」
みんなで朝食を食べている中、自然と今日の予定を話し合う事になった。
「うん、そうだよ」
「俺とルーシアも行くからな。当然、拒否権は無しだ」
「フフフ。拒否なんてしないって。私からお願いするつもりだったから」
「あらまあ。ローラちゃん、お出かけするの?」
「はい、南の森の魔女さまに会いに行くんです」
ガシャン!
突然、唖然とした表情で硬直した母さんがフォークを落とした。
「ブフォォーッ!」
「うわっ! 汚ねぇっ!」
更に、俺の顔面めがけてミルクを全部吹き出す父さん。
「と、父さん、どうしたんだよ」
顔をタオルで拭いていると、恐るおそる父さんが口を開いた。
「南の森の魔女とな。いかん、いかんぞ。あやつにだけは関わってはならぬ……」
「……いや、誰?」
思い出すだけでも恐ろしい。そんな事を言いたげな強ばった顔つきになる父さん。頭を抱えて恐怖に震え出す。一体、この人の身に何が起きたのだろうか。
「なぁ、ローレライ。前にも会った事があるんだろ? どんな人だった?」
「えっ……特には。……私の話を泣きながら聴いてくれて、優しい人だったよ」
小首を傾げながらローレライが言う。
「そこの若き乙女よ! 騙されてはならぬ! 魔女ゲイボルグなる者は末恐ろしき闇の住人なのだ!」
「……いや、だから誰?」
父さんが
っつーか名前が厳つくない?魔女って普通、性別女だよね?
「そうよね。あなた、あの時は本当に苦労していたものね。ママも心配で……夜しか眠れなかったわ」
あの楽観的な父さんでさえ怯えているその姿。それを目の当たりにルーシアはゴクリと息を飲んでいた。俺まで臆病風に吹かれ、異様な悪寒と震えが止められない。
「良いか、お主等よ! 決して奴の姿を直視してはならぬ! 瞳に映したら最後、身体と精神を切り離されてしまうであろう!」
「……いや、何その生物。新型のバジリスク?」
こうして一抹の不安を抱えたまま、俺たちはアルヘム村を後にした。
どうやらアルヘム村とドリアスの中間地点から更に南に一時間ほど進んだ森、そこに『南の森の魔女』が住み着いているらしいんだが。
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森の中は馬車が通れるくらいの小道ができていた。尚も奥へ進むと、木造で建築された小さな一軒家が姿を見せる。
「二人とも、このお家だよ。でも魔女さま、お留守なのかな……」
外観は至って普通の家だ。所々にはファンシーな装飾の手斧や花を結って作り上げたブランコなんかもあるが。
コンコンコン。
扉を叩くローレライ。
「魔女さま、いらっしゃいますか? 依頼の白トリカブトを持ってきました」
「はぁーい。今開けるからぁ、ちょぉっと待っててねぇ」
扉の奥から野太くも艶やかな声がする。
今の声に少し違和感が。いや、少しどころではない。完全におかしいだろ。
ガチャ……ガチャガチャ……。
メキメキ! ガシャァン!
その時、目の前の扉が砕いたビスケットの如く粉々に崩れ落ちた。
「あらやだぁ。またやっちゃったわぁ。この扉……立て付け悪いのよねぇ」
そこには長い足に黒の網タイツ、黒い牛革のミニスカートを身に付けた人物が立っていた。
ピンクのタンクトップからは引き締められたウエストを覗かせ、服の上からでも分かるほどの逞しく分厚い胸板。割れた顎にダンディな口髭。凛々しい眉毛を引き立てるワイルドなパンチパーマが映し出された。
「んんまぁ! いらっしゃぁい! きゃわゆぃ坊やねぇ。ご馳走だわぁ!」
「ぎゃぁぁぁ!! 化け物ぉーっ!」
思わず絶叫した俺は、勢いよく尻餅をついた。腰が抜けて這いずりながら逃げ出す。
「ルーシア、逃げるぞ! でないと身体と精神を切り離されちまう! ……ルー……シア?」
慌てて振り返り、ルーシアを見た。
「……駄目だ! 逝くな! ルーシアー!!」
両手を胸に添えたまま、安らかな顔で眠りについていたルーシア。一枚の花弁が、彼女の胸元にひらりと舞い落ちる。そして彼女は、空へと昇天していった。
「あれ? 二人とも、どうかしたの?」
不思議そうな表情で小首を傾げるローレライ。ルーシアの頭を膝に乗せて、脈を調べる。
「うん。生きてるね」
……そうか。ローレライは軟禁生活が長すぎたせいで普通の感覚を持ち合わせていないんだ。
「あらやだぁ。初対面の子はぁ、大体こうなっちゃうのよねぇ。ローラちゃん、この子を運ぶの手伝ってぇ。あたしぃ……か・よ・わ・い・の」
そう言いながら魔女(?)は片手で軽々とルーシアをつまみ、家の中へと消えていった。
「はぁい、遠慮しないで寛いでねぇ。この子もぉ、とりあえず座らせておくわぁ」
ドスン!!
昇天したルーシアを勢いよく椅子に下ろす化物。大きなぬいぐるみのようにルーシアはぐったりともたれ掛かっていた。
恐怖の中しばらく椅子に座って待っていると、変態が紅茶とクッキーをもてなしてくれる。
「ありがとうございます。魔女さま」
「じゃ、じゃあ……いただきます」
恐るおそる甘い香りのするハーブティーを口に含む。鎮静効果があるのか、少し落ち着いてきた気がするな。
「安心してねぇ。卑猥な粉とかぁ、入れたりしてないからぁ」
「ごほぉっ!」
「ひわいな……こな?」
思わず紅茶を器官に詰まらせてしまう俺。
心配して駆け付けてきた
「んんもぉ、大丈夫ぅ? もしかしてぇ、変な事想像しちゃったのかしらぁ?」
耳元でそう囁く
「うぅっ……ここは ……どこ? 私は……だあれ?」
「ルーシア、目が覚めたんだね。良かった」
ようやく還ってきたルーシアも差し出されたハーブティーを少しずつ飲み始めた。未だ戦慄しているのか、びくびくと背中を丸めながら横目で魔女の動向を探っている。
「くんくん……なんだか良い香りがするわ」
そう言うルーシアはバスケットに山ほど入ったクッキーの存在に気が付いた。満面の笑みを浮かべ、躊躇いもなく口の中へ運ぶ。
「あっ……これ、美味しい!」
「あらぁ、嬉しいわぁ! そのクッキーもぉ、あたしの手作りなのぉ。ここら辺で採れちゃうバーベナレッドっていうお花をぉ、練り込んであるのよぉ。いつかお嬢ちゃんにもぉ、作り方を教えてあげるわねぇ!」
「えっ!? 本当ですか! 是非お願いします!」
「フフフ。私も、教えて欲しいです」
いつの間にか、ルーシアは魔女と打ち解けていた。あのクッキーに何かが含まれていたのだろうか。
「なぁ、ローレライ。魔女さまって男だったのか?」
「そうだよ。でも、魔女さまが『あたしは魔女よ』って、言ってたから」
「性別が男な時点で魔女じゃねえだろ」
「そうなの?」
「 ……。」
さすがはローレライ。軟禁生活が長いと、ここまで世の中の常識に疎くなるんだな。
「ところで魔女さま。白トリカブトを持ってきました。これをどうぞ」
白トリカブトの入った革袋を魔女に差し出すローレライ。
「あらぁ、ローラちゃぁん! そぉそぉ! それよぉ! それそれぇっ! ありがとぉねぇ! ご褒美よぉ! ……ぶちゅっ!」
「うおっ!」
なぜか頬に接吻される俺。
「実はねぇ、これが無いとエリクシールが作れなかったのよぉ。お店で買おうにもぉ、とぉっても高くてねぇ。じゃあ、今から作っちゃうからぁ、少ぉしだけ……待っててねぇ」
「ありがとうございます。魔女さま」
「あらやだぁ。あたしの事はぁ、『ゲイちゃん』って呼んでぇ。君たちの事ぉ、気に入っちゃったわぁ」
「はい。ゲイちゃん」
そう言うと、ゲイちゃんは着ていたタンクトップを力任せに破り捨てた。そしてハートの刺繍が施されたエプロンを身に付ける。
そのまま鼻唄まじりに部屋の奥へと去っていった。
「はぁ……最近サービスシーンとか少なかったから欲しかったけどさぁ。あれのサービスシーンは誰も望んでないよなぁ……」
異様な光景を目の当たりにした俺は、つい独り言を呟いてしまう。
「えっ? ミスト、何か言った?」
小さく微笑みながら訊き返してくるルーシア。
「サービスシーンが欲しいとか……」
「いや! エリクシールって、どのくらいで完成すんのかなぁって、言ったんだ!」
余計な事を口走ろうとしたローレライを遮り、必死に誤魔化す。バレたら最後、マッスルーシアが降臨するからな。
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「はぁーい、お待たせぇ。はい、ローラちゃん」
しばらくして戻ってきたゲイちゃんが逞しい手を差し出した。
その手のひらには、小さな透明のガラス瓶が一本。中には透き通った薄い緑色の液体が入っている。
「……これで、オフィーリアを治せるんだ」
瓶を受け取ると、ローレライは大切そうに両手で抱えた。立ち上がり、深々とお辞儀をする。
「ゲイちゃん、本当にありがとうございました」
「最初は怖がって悪かったな。あんた、なかなか優しい人だよ」
「美味しいおやつごちそうさまでした! 今度遊びに来た時は私の村の茶葉を持ってきますね!」
気が付けば、俺たちはゲイちゃんと仲良くなっていた。
「いつでも遊びに来てねぇ。それとぉ、ヴァンちゃんによろしく言っておいてねぇ。またぁ、添い寝してあげるわってぇ」
そう言った後、内股でローレライに駆け寄るゲイちゃん。小さく耳打ちをして、何かを手渡していた。次第に顔を火照らすローレライ。
「ゲイちゃん、バイバーイ!」
「またなー」
「ゲイちゃん、いろいろありがとう」
「帰り道ぃ、変質者に気を付けてねぇ! ここら辺、出るらしいからぁ! バイバァーイ!」
馬に跨がり、ゲイちゃんに手を振って別れる俺たち。
世の中見た目だけで判断してはいけない。
そう実感した一日だったな。
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