十四話 静かなる怒り

「おい、鳥! 死ぬ覚悟はできてんだろうなぁ!」


 間一髪でローラを救出する事ができた俺たち。だが、ローラを傷付けたガルーダあいつを許す訳にはいかない。空高く舞い上がるガルーダに向けて、怒りを露にするように片手剣ルーンソードを突き付けた。

 それにしてもあの大きさは不自然だ。普通のガルーダなら、せいぜい二メートルで成体のはずなんだ。ここで仕留めておかないと、近くの街や村、旅人にまで危害を加えるかもしれない。


 〈グワアァァァ!!!〉


「おっ! やっとやる気が出たみたいだな。いいぜ……来いよ」


 宝かに雄叫びをあげるガルーダ。同時に疾風の如く迫りくる。脚を突き出し、極大の爪で斬りかかってきた。

 大きく振り回された爪に引き裂かれようとした寸前、さらりと右に避ける。その瞬間、至近距離でガルーダと眼が合う。


「残念、惜しかったな」


 ルーンソードを逆手に持ち、ゆっくりと腰を捻る。身体を勢いよく回転させながら思いきり飛び上がった。一瞬にして逃げるガルーダの胴を何度も斬り裂く。


 〈グギャァァァ!!!〉


 激痛の中、再び上空に逃げたガルーダ。瞳が血走り、再び大きな雄叫びをあげた。


「……うるせえな。いちいち騒ぐんじゃねえ!」


 その時、大きく開かれたガルーダのくちばしから、燃えさかる火炎が溢れだした。大きく息を吸い込んだその刹那。辺り一帯を焼き尽くすほどの業火を吹き出した。


「熱っ! 熱っ! ……やっぱ、魔術科ウィザードで氷魔法を覚えるべきだな。夏の為にも……」


 そう独りで呟きながら軽々と飛び退き、炎を避けていく。軌道を変えて追尾されるも、高速で岩肌を走り抜け、射線をすり抜けた。


「行くぜ! 氷結剣魔法アイスブランド!」


 僅かな隙を突き、魔力を解放した。ルーンソードに氷の魔力を纏わせ、迫り来る炎めがけて思いきり飛び上がる。


「俺は普通の奴等よりも魔力が少ないんだ。悪いが、これで終わらせてもらうからな!」


 炎に飲まれる寸前、ルーンソードを横薙ぎに一閃。炎を真っ二つに両断した。

 消滅していく炎の先には、放たれた斬撃で顔を斬られたガルーダの姿が映し出される。悶え苦しみ、悲痛に叫ぶ無様な姿が。

 そして俺とガルーダの間に遮るものなど何も無い。後はもう決着の時だけだ。


「……覚悟はいいか?」


 ゆっくりと迫り来る俺に恐怖におののくガルーダ。ルーンソードを構えた瞬間ガルーダは真横に飛び退き、逃げ去ろうとした。


「お前を放っておけば、必ずまた誰かを襲うだろ? 悪いが逃がさねえ!」


 すかさず背中に携えた短槍コルセスカを構え、全力で投げつけた。


 グサァァッ!!!


 〈グギャャャーッ!!!〉


 巨大な翼を串刺しにされ、羽ばたく事ができなくなったガルーダは次第に高度が落ちていった。舞い落ちる木の葉のように、緩やかに墜落していく。


「おい、鳥。勝手に空を飛んでるだけなら構わないけどなぁ。ローラを傷つけた事だけは許さない。終わりだ」


 地面を全力で蹴り、砲弾の如く勢いよく飛び上がる。落下してくるガルーダと空中ですれ違った瞬間。


 ズバババァァァッ!!!


 ガルーダの両翼、片脚を斬り裂き、四肢を全てを切断した。すぐに岩壁を蹴り、速度を上乗せした身体に回転をかける。瞬く間にガルーダの胴体を次々と斬り裂いた。


「さすがにもう鳴き声は出せないみたいだな」


 斬り刻まれた身体の切り口がパキパキと音を立て、凍りついていく。地面に激突したガルーダの欠片は粉々に弾け飛んでいった。

 消滅した後には、一際大きな魔石が寂しげに転がっていた。


「へぇ、ずいぶんでかい魔石だな。並の魔物の四倍はあるぞ」


 拾った魔石を眺めながらルーンソードとコルセスカを仕舞う。


「ミストー! お疲れさまー!」


 岩影の前からは笑顔で手を振るルーシアの姿が見えた。どうやらあそこで炎から身を隠してローラを守ってくれていたらしい。


「あー、疲れた疲れた。良い運動になったぜ」


 二人の元までゆっくりと歩いていく。


「フフフ。ミストって、とっても強いんだね」


 岩影にもたれかかっていたローラが柔らかに微笑む。


「まあな。アルヘム村じゃ、剣の鍛練以外にやる事無かったしな」


「でもさぁ、みじん切りは無いんじゃないかしら? 倒し方エグすぎだわ」


「挽き肉にしなかっただけマシだろ?」


「むしろそっちの方がマシね。落ちてくる内臓とか、グロ過ぎだったわ」


「はぁ? どうせ消えんだから構わないだろ?」


「いや、残ってるから。あそこ」


 そんな言い合いを繰り広げながら俺とルーシアはローラの隣に腰かけた。


「しかし疲れた。久々の山登りは結構堪えるな」


「ミスト、引きこもりだもんね。って言っても、私もヘトヘトだわ」


「フフフ。私も、もう立てない、かな」


「それは疲労じゃなくて怪我のせいだろ」


「まあまあ、勘弁してあげなさいって。魔物もやっつけた事だし、無事にローラも見つかったんだし……」


 そう言いながら鞄の中をごそごそと掘り漁るルーシア。


「じゃーん! 今から三人でお昼ご飯にしましょう!」


 勢いよく鞄から取り出したのは、水筒と木製のコップ。それと数種類のサンドイッチだった。


「はーい、どうぞどうぞー」


 ニコニコしながら俺とローラに手渡すルーシア。この状況で昼飯? そう思いながらもありがたく受けとる。


「っつーか、お前。街で準備する物があるとか言ってたのって、これの事だったのか?」


「そうよ! どうせローラの事だからお昼ご飯も食べないで行ったんじゃないかって、そう思ったの!」


「やっぱり、分かるの? 実はね、お腹空いてたんだ」


「なぁ、ローラ。ルーシアに食生活を合わせない方がいいぞ。朝飯あんなに食べてんのにさ、休み時間もずっと菓子食ってるからな。そのうち激太りするぜ。絶対」


「太らないように運動してるから平気なんですー。今日だって山登りまでしたんだから」


「成り行きでな?」


「そう言うミストこそ。授業中寝てないでちゃんとノートに写したら? そんなに眠いとか赤ちゃんなの?」


「寝る子は育つから良いんだよ」


 下らない口喧嘩をする俺たちを見て噴き出すように笑うローラ。


「良いな。……やっぱり私も、二人と同じ学校に、通ってみたい」


「だよね! ローラも両親に頼んで王立学園に入学しましょ!」


「それも悪くないな。俺たちと同じ学年なら一緒にいられるぜ」


「 ……。」


 静かに俯き、口を閉ざすローラ。


「……どうかしたのか?」


 コップを置き、ローラの顔を見つめながら穏やかに尋ねる。だが、ローラは口をつぐみ続けていた。


「なぁ、友だちなら何でも相談して良いんじゃないか? 話したくない事までは話さなくていい。でも、困った時は何でも言えよ」


「そうよ。何も言わずにいなくなっちゃったら、私たち悲しいよ。もっと頼って欲しいの」


 優しく微笑みながらローラの手を握るルーシア。その時、ローラの瞳から一滴の涙がこぼれ落ちた。

 今まで抑えていた感情が。涙に変わっていくように……。その透き通った青い瞳から、溢れ続けていた。

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