十三話 グロース山の闘い
「着いた。ここが、グロース山なんだ」
私はドリアスの街を出てから四時間、必死で走り続けた。時には森を駆け、魔物の気配を躱わし、慎重に歩き進んだ。道中に幾度か魔物と接触するも、ヴァンさんから戴いた細剣エストックと長弓エルフィンボウで難なく切り抜けられた。
「エストックなら軽いから、右手に持ったまま矢を引けるんだ。ヴァンさん、そこまで考えいてくれたのかな」
魔力を多量に消費してしまうと全身が脱力感に襲われて動きが鈍ってしまう。もしエストックとエルフィンボウが無ければ、今頃魔力を使い果たしていたと思う。
〈キィィィ! キィィィ!〉
突如として響く甲高い雄叫び。
グロース山の麓で待ち構えていたのは、空を自在に舞う魔物だった。山頂からこちらに向かって飛んで来るのが四匹。明らかに狙いは私だ。
「あれは……ガーゴイル」
すぐに背中のエルフィンボウを構え、襲いかかる魔石像ガーゴイルに向けた。
「うん……射程内に入った」
弦を思いきり引きしばり、二発連続で魔力の矢を放つ。幼少の頃から習っていた弓術。腕は落ちていないみたい。
〈キィィィィ!〉
雄叫びをあげながら鋭い爪を立てるガーゴイル。翼を羽ばたかせ、一層加速させてくる。
ガキィィィン!
「そんな! 弾かれた!」
意図も容易く二発の矢を叩き落とされてしまう。勢いよく降下してきたガーゴイルの瞳が私を攻撃範囲に捉えた。咄嗟に身構え、鞘に手を乗せる。
その時、鋭い爪で引き裂こうとするガーゴイルが腕を大きく広げた。
「今だ!」
その瞬間、腰に提げていたエストックを引き抜いた。鞘から抜くと同時に一瞬の間も与えずガーゴイルを斬り抜ける。
〈ギャァァァ!〉
まずは一匹、胴を真っ二つにする。
「やった……残り三匹」
私一人だけだと端から油断していたガーゴイルの群れ。慌てて間合いをとり、空を旋回しながら様子を伺う。けど、まだ私の射程範囲だ。
拳の隙間に矢を造りだし、残りの三匹に向かって六発の矢を放つ。しかしガーゴイルたちは避けようともせずに難なく爪で弾き飛ばした。
〈ギャキャギャギャ!〉
してやったり。そんな顔で嘲笑う三匹のガーゴイル。でも、それは計算の範囲内。
弾かれた矢のすぐ背後から、死角になるように全く同じ軌道で矢を放っていたんだ。
〈ギギャャァ!!〉
咄嗟に死角の矢に気が付いたガーゴイル。
それも束の間、額を射抜かれて絶命していく。二匹のガーゴイルが断末魔の叫び声と共に魔石に変わり、地面に転がり落ちた。
「まずい! 一匹逃した!」
激昂した最後のガーゴイルは急降下して襲いかかってきた。それはもう、捨て身といっても過言ではない。それほどまでの形相で迫り来る。
ガキィィン! ガリガリガリ!
「くっ……うぅっ!」
エストックを肩で構え、辛うじて攻撃を受け流す。体勢を崩したガーゴイルは地面に勢いよく激突。ふらふらとよろめき、脳震盪を起こしてしまう。
〈ギギギ……ギャギャ。〉
「ごめんね。先を急いでいるの」
すぐに振り返り、エストックで疾風の如く突きを繰り出す。ガーゴイルは避ける事もなく心臓を貫かれた。
〈ギャァァ!〉
貫かれた最後のガーゴイルは身体に亀裂が走り、崩れるように砕け散っていった。たとえ魔物でも生命ある者なんだ。そう思うと胸が痛む。彼等の住み家に勝手に足を踏み入れたのは私だから。それでも私は止まれない。
「……はぁ。よし、先に進もう」
大きく息を吐き、呼吸を整える。再び前に足を出し、グロース山の中腹を目指した。
今回の依頼内容は山の中腹に自生していると言われる白いトリカブトを持ち帰る事。
その後も襲い来る魔物を退き続け、荒れた山肌を登っていく。しばらく登っていると開けた場所へたどり着いた。その中心には凛と咲く白い花が。
「……あった。これだ」
岩から岩へ飛び移り、ようやく花の咲く場所へ辿り着く。トリカブトには麻痺性の毒があると聞いたんだ。対策に用意していた革の手袋を身に付け、一輪ずつ丁寧に革袋に入れる。
「これだけあれば平気かな。うん……戻ろう」
手袋を外し、革袋の口を紐で縛る。山を降りようとした、その時。
突如辺り一帯が暗くなり、突風が吹き荒ぶ。
「一体……何が……」
スカートを押さえながらもう片方の手で顔を防ぐ。薄く目を開き、空を見上げると……。
バサァッ! バサァッ!
そこには空を覆うほどの大きな鷲が優雅に羽ばたいていた。
「……こんな大きなガルーダ……見た事がない……」
首を大きく捻る魔鳥ガルーダの大きな瞳が、私に狙いを定めた。すぐさま我に帰り、距離をとりながら弓を構える。
「この間合いなら!」
心を研ぎ澄まし、右手に魔力を集中させた。指の間に三本の矢を創り出し、立て続けに一二発の矢を乱れ射つ。
ドドドドドドッ!!
放たれた矢は狙い通り翼と胴に全弾命中。
「そんな……無傷だなんて」
でもガルーダには全く効いている様子はない。それどころか相手を本気にさせてしまったにすぎない。
〈グワァァァーッ!!〉
ガルーダが大きな雄叫びをあげ、背筋を反りながら大量の空気を吸い込んだ。巨大なくちばしを突き出した瞬間、火炎を吐き散らす。
すかさず背面で宙返りして躱したがガルーダは火炎放射の軌道を変え、尚も追撃してくる。
「水の精霊ウンディーネ、力を貸せ!
圧縮した水の球体を放ち、ガルーダの火炎放射にぶつける。火炎放射と水球をぶつかり合わせ、魔力を更に解放させた。
でも自力が違いすぎるんだ。次第に圧倒され、衝撃波が私を押し戻す。
「ううっ……魔力が持たない」
バアァァァン!
圧縮された魔法の水球が激しく爆散し、すさまじい衝撃波が巻き起こされた。
必死に踏み留まるも、勢いよく吹き飛ばされてしまう。大きな岩に激突してしまった私は全身に激痛が走り、その場に倒れてしまう。すぐに立ち上がろうと膝に力を込めるが、震える足が言う事を聞かない。
「うっ……身体が、動かない」
バサッ! バサッ!
大業に翼を羽ばたかせ、挑発するように悠々と近付いてくるガルーダ。
「はぁ……はぁ……必ず……助けるからね。オフィーリア」
這いずるように岩にもたれ掛かり、腰に提げたエストックを抜く。そして剣先を向けた。
「こんなところで……終われないんだ」
激しく砂埃を立ち上らせたガルーダはすさまじい速度を乗せて襲いかかってきた。ガルーダの太く尖った爪に掴まれ、ギリギリと身体が握り潰されていく。
「くっ……うぅっ……ああぁぁぁーっ!!」
呼吸がままならず、次第に薄れていく視界。目の前が暗くなり、声も出せない。全身の血の気も引き、意識も朦朧としてきたみたい。
こんな時に思い出してしまうのは……。
ううん。こんな時だからこそ私の脳裏に浮かぶのは……。
(あははっ。私たち、もう友だちだよね!)
(へえ、ローラも同い歳か。ルーシアが友だちなら、俺とも友だちで良いよな?)
昨日の思い出ばかりが脳裏を過る。
ルーシア……ミスト……。もっと、二人とお話ししたかったな。
ズバァァァッ!!!
〈ギィャァァァー!!〉
その時、ガルーダの悲痛の叫び声が一帯に響き渡った。解放された私の身体が中に浮き、そっと何かに抱きかかえられる。
ふと、目を開くと……。
「ミスト、どうして、ここにいるの?」
「いいからお前は休んでろ。ルーシア! ローラを頼むぞ」
「遅れてごめんねっ! ……ローラ、もう大丈夫だからね」
後から追い付いてきたルーシアは私の肩を担ぎ、少し離れた岩影まで連れて行ってくれた。
どうして二人がここにいるのか。幻なのか夢なのか。でも、この手の温もりは覚えてるよ。
「ルーシア、黙っていなくなって、ごめんなさい」
「いいのよ。気にしないで……」
私の身体は至るところに裂傷と打撲傷があり、多くの血を流していた。
その姿を見たルーシアはとても悲しそうな表情だった。そんな私を優しく抱き締めてくれる暖かい手。
「もう大丈夫だから」
「うん。ありがとう」
安心したのも束の間、すぐに今の状況を思い出した私は灰色に染まった空を見上げた。
「おいおい、無様な姿だな。さっきまでの威勢はどうしたんだよ」
片脚を斬り伏せられていたガルーダはふらふらと不安定に滞空していた。きっとミストが私を助けた時に斬ったんだ。
〈グッ、グルルル……〉
憤怒に満ちた形相でミストを睨みつけるガルーダ。
「へぇ、まだ飛べるのか」
そんなガルーダを前に、まるで相手にせずに嘲笑うミスト。片手剣ルーンソードを乱雑に振り上げ、ガルーダに突きつけた。
「おい、そこの鳥。さぁ、お仕置きの時間だ」
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