十二話 ローラの手紙

 ここはグランフィリア王国領にある西方地域最大の街、緑の都市ドリアス。私は今、その街の冒険者ギルドにいた。

 王立学園へ向かったミストとルーシアと別れ、ある依頼クエストを受ける為にここへ来たんだ。


「オフィーリア、必ずエリクシールを貰ってくるからね。もう少しだけ、待ってて」


 ギルドの一階には、依頼掲示板リクエストボードが設置されているんだ。そこには様々な案件の依頼書が貼り出されていて、冒険者の人たちが最も集まる場所。

 その隣には受付案内所もあって、依頼の受注と受理や結果報告ができるようになっている。他にも併設して食堂が営業されていて、朝から冒険者たちがお酒を飲み、陽気に騒いでいる。

 二階には有料の宿舎もあるから飲み潰れても平気なんだって。


『おーい! お姉ちゃーん! ビールのおかわり持ってきてー!』


『おい、見ろよ! この前倒したグリフォンの爪だぜ!死んで魔石に変わる前に切り取っちまえばこの通り! ちゃんと残るのさ!』


 ここは朝から晩までずっと大騒ぎ。私には少し居づらい場所。

 早速、依頼掲示板リクエストボードに向かおうとすると、成人ほどの男女三人組の冒険者が私の行く先を阻んできた。

 どうしてなのか、その理由は分かる。このドリアスの街に来てから一ヶ月。こういう事はいつもの事だから。


『ねえ君! 僕たちとパーティーを組まないか?』


 鉄製の胴着を着た男性が陽気に声をかけてくる。


「い、いえ。私は一人で大丈夫ですので……」


『そんな固い事言わないでさ! 一緒に行こうよ!』


「すみません、急いでいますので。でも……誘っていただいて、嬉しかったです」


 頭を下げ、丁重に勧誘を断る。そんな私を見た冒険者さんは少し残念そうに頭を掻いていた。


『……そっか。何かあったらいつでも協力するよ! がんばってね!』


 近頃はギルドに来る度に毎日パーティーに誘われる。決して彼等に悪意はなく、今のように仲間を勧誘しては一緒に依頼をこなして絆を深めているみたいなんだ。

 そのせいなのかな。この街の冒険者たちはみんな仲が良かった。でも……私にはどうしてもやらなければいけない依頼クエストがあるから。きっと誰かにパーティーを頼めば同行してくれるだろう。それでも私は一人でやらなければならない。

 他の誰かを巻き込みたくないから。


 ギルドで受けられる依頼クエストには適正ランクを設けられており、自分のランクより高い依頼クエストは受けられない事になっている。

 私は地道に仕事をこなしていった私は、昨日遂に目標の冒険者ランクまで上げる事ができた。これでようやくあの依頼クエストを受けられるんだ。


「魔女さまとの約束、間に合って良かった」


 ミストとルーシアには、これ以上迷惑をかけたくなくて……。二人には話せなかった。きっと二人に事情を話したら手伝おうとしてくれたと思う。二人といた時間はたった一日だけだったけど。

 どうしてかな。私には分かるんだ。直接話せなかったけれど……。せめてルーシアとミストに手紙を書こう。


「あれだけお世話になったのに、何も言わずに出て行ってしまうのは、良くないもんね」


 私は雑貨店に行き、必要な物を手に入れた。すぐにギルドへ戻り、食堂で手紙を書く。

 そして依頼掲示板リクエストボードの前に立ち、改めて目的の依頼を探す。


「……あった」


【秘薬の原材料の採取。適正ランクⅡ~Ⅶ。報酬、銀貨三〇枚+エリクシール。依頼主、南の森の魔女】


 見つけた依頼書を丁寧に剥がして受付へ向かった。


「おはようございます。ミーナさん」


「あら、おはようございます! 早速お仕事ですか?」


「はい。あの……このお仕事を、お願いします」


 いつも対応してくれるのは明るくて優しい受付のミーナさん。赤茶色の長い髪を一本に縛っていて誰にでも優しい人。冒険者になって日が浅い下位ランクの私にも優しく接してくれているんだ。


「では依頼書を拝見しますね。……確かにランクⅡのローラさんでも受理できますが。近頃、この依頼現場のグロース山にはランクⅦ相当の魔物が出るという噂なんですよ」


 不安そうにミーナさんが話す。言われてみて気が付いたけど、確かにこんな適正ランクの表記はおかしい。


「あの、噂程度でしたら、信憑性に欠けると思うんですが」


「ローラさん、冒険者たるもの情報は大事なんですよ。どんな不測の事態に対応できるのも必要ですけど、前もって備えていれば生存率はぐんと上がりますからね」


 楽観的な事を言ってしまったせいか、眉をひそめながら説教をするミーナさん。

 フフフ。こんな時にこんな事を言ったら怒られちゃうだろうけど。やっぱりミーナさんってお姉さんみたい。でも……。


「すみません、たとえ危険でもやります。私の身に何が起きても、責任は自分で負います」


「ローラさん……分かりました」


 心配してくれるミーナさんの言葉は少し嬉しかったけど、私は迷わず返事をした。私の意思を尊重してくれたミーナさんは依頼書に受理印を押してくれた。


「ローラさん、危険を感じたらすぐに退却してこの依頼をキャンセルして下さい。いいですね? 約束ですよ」


 そう言うと、小指を立てながら差し出してきたミーナさん。私も小指を出して指切りをした。


「約束、守ります」


 ミーナさんがニコリと微笑みかけてくれると、私も笑顔を返す。


「あと、もうひとつ、お願いがあるんですが……」


「お願い? なんですか?」


 不思議そうな表情でミーナさんは首を傾げる。


「もし王立学園の生徒が、私の事を尋ねに来たら……この手紙を渡してもらえませんか? 二人組で、名前はミストとルーシアです」


「手紙? ……分かりました。でも、どうして直接渡さないんですか? 王立学園ならすぐ隣なのに」


「もう……会う訳にはいかないんです。決意が、揺らいでしまうから」


「……事情は分かりませんが、必ずお渡ししますね」


「ミーナさん、いつも……親切にしていただいて、ありがとうございました」


 受付業務で忙しいミーナさんに頼んだら迷惑かな。

 そんな事を心配していたけど、快く承諾してくれた。いつも甘えてしまって、ごめんなさい。


 そしてギルドを出た私はドリアスから更に西に進んだ先、グロース山へ向かう事にした。


「ミスト、ルーシア、ごめんなさい。これ以上、二人の心地よさに触れてしまうと、決意が揺らいでしまうから。さようなら」


 なんだかとても胸が苦しくなる。虚脱感に襲われ、思わず表情が歪んでしまう。


「大丈夫、私なら平気。ずっと独りで、乗り越えてきたんだから。必ず助けるからね、オフィーリア」


 ━━━━━━━━━━━━━━━



【ルーシア。ミストへ。


 何も言わずにいなくなってしまって、ごめんなさい。


 見ず知らずの私を助けてくれてありがとう。

 素敵な洋服に温泉、暖かい食事。

 何よりも、こんな私を友だちと言ってくれて本当にありがとう。


 私にはどうしても助けたい人がいるの。

 小さい頃から、ずっと私の傍に居てくれた母のような大切な存在。

 

 いつかまた、二人に会いにアルヘム村に行っていいですか?

 一日だけしか一緒にいられなかったけど、また友だちになってくれますか?


 ありがとう。さようなら。


 ローラ・アディール】

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