十話 特別な入学祝い
二人を見送り終えた俺は、ようやく我が家の前へと到着した。
外にいた時から感じていた漂う香りの正体。間違いなく母さんの料理だ。って事は腕によりをかけて夕飯を作っている最中だな。
ガチャ。
「ただいまー……って、うおぉっ! びっくりした……」
なんと目の前には父さんと母さんが正座をして待ち構えていた。この二人、何時間ほど前からこうしていたんだろうか。
「ミストー! おかえりー! 待ってたぞぉ!」
「ミストちゃん! うぅっ……ビズドぢゃんががえっでぎでぐぇだよぉ! ズビィィィッ!」
いきなり大喜びするなり覆い被さるように抱き付いてくる二人。
父さん……頬擦りするのやめて。
母さん……泣きすぎて何を言ってるのかよく分からないよ。それと……俺の服で鼻かむの、やめて。
「ただいま。母さん、帰って来ていきなりなんだけどさ。夕飯はルーシアの分とは別にもう一人分増やせる?」
「えっ? もう一人分?」
父さんと母さんは突然の事に状況が読めず、顔を見合わせて困惑していた。
とりあえず二人をリビングに連れていき、ローラとの出会いからアルヘム村まで連れてきた経緯を説明した。
「━━って訳なんだ」
「ミスト……お前、何て優しい奴なんだ!」
「任せてミストちゃん! その子……今日だけと言わず、ずっと面倒をみてあげましょ!」
「しかし、そうなるとなぁ。……ミストはルーシアちゃんとローラちゃん、どっちを選ぶんだ?」
小さく唸りながら、そんな悩みを打ち明ける父さん。
この人はいきなり何を言い出すのか。
想像力が豊かすぎて返す言葉が見つからない俺。
「それっていつかは修羅場になるって事よね。安心してミストちゃん! ママ……泥沼の愛憎劇みたいな展開、大好きよ!」
はっ?
「いやっ! 俺は違うね! 推理小説みたいな殺人事件をご所望だ!」
こいつも何言ってんの?
「温泉の村だけに……湯けむり殺人事件って事ね! それも見所がありそうだわ! ねっ、あなた!」
「そうだろ、マリー! バラバラに解体されて村の至るところに埋められたりしてな! はっはっはっは!」
「……全っ然、笑えねぇ」
父さんと母さんは壮大な
コンコンコン。
その時、玄関から扉を叩く音が聞こえた。
どうやら犯人たちが来たようだ。
興奮気味な父さんと母さんを他所に玄関へと出向く。
「おぉ、早かった……な?」
扉を開けると、いつもの寝巻き姿のルーシアが立っていた。何やら意味深な笑顔でニコニコしているが。
怪しい。何かを企んでいる顔だ。
「じゃーん! どう? 新型ローラ、かわいいでしょ!?」
そう言うルーシアが横にずれると、そのすぐ後ろには……。
「あ、あの……どうかな」
そこには綺麗な黒色と赤色のワンピースを纏ったローラがひっそりと立っていた。
当の本人は恥ずかしいらしく、おどおどとしながら手を胸の間に当てている。
……ほう、悪くない。だが、俺は声には出して言わないぜ。
恥ずかしいからな。
「あなた、急いで! ローラちゃんが来たみたいよ!」
その時、父さんと母さんもリビングから駆け出してきてしまった。
いつの間にかスーツ姿の父さん。いきなり片膝を突き、ローラの手をそっと握る。
……出た。いつもの展開だ。父さんの十八番、なりきり茶番劇が始まるに違いない。
「初めましてセニョリータ。私はミストの父、ヴァン・アニエルと申します」
今回は
先週来た花売りのお姉さんには陸サーファーみたいな派手な格好して遊びに誘ってたな。
また母さんにシバかれたらいい。
「ママのマリーだよー! よろしくねーっ!」
母さんは平常運転か。
「あっ……はい。よろしく、お願い致します」
「キャー! お人形さんみたいでかわいいー!」
二人のおかしなテンションに驚き、その場を微動だにしないローラ。
まるでゼンマイの切れかかった玩具のように固まり、顔だけ小刻みに動く。
なぜか俺を見つめてきてるな。まぁ、助けて欲しいって事か。
「ほらほら、とりあえず二人も中に入れよ。早く夕飯にしようぜ」
変な空気を戻す為にルーシアとローラをリビングに連れていく。
続けて柱越しに覗いていた父さんと母さんをキッチンへと押し込んだ。
「さあ、みんなー! 召し上がれー!」
今日の夕飯は川魚のムニエル、牛肉のタリアータ、山菜のスープ、主食にはチーズリゾットなど全て村の近くで採れた新鮮な食材を使ったフルコースだった。
テーブルの真ん中には数種類のフルーツが乗ったパウンドケーキなんかも出てくる。
「「「 いただきまーす! 」」」
みんなで食事をしながら他愛ない話、今日の学園の出来事を話す。
そんな中、ローラは牛肉や川魚をフォークとナイフを使い、綺麗に小分けにして食べていた。
冒険者にしては食事マナーが良すぎるような……。
ふとそんな疑問を抱いたが特に気にはせず、また食事を始める。
次々と出てくるフルコースを食べ終えると、俺とルーシア、ローラはリビングにあるソファにもたれ掛かった。
「へえ、ローラも同い歳か。ルーシアが友だちなら、俺とも友だちで良いよな?」
「ローラの友だち一号は私だからね!」
頬を膨らませながら張り合ってくるルーシア。
「別に二号で構わねえよ」
「フフフ。なんだか、楽しい」
そんな彼女を見てローラはニコリと微笑んでいた。
「ミストも友だち。初めての……男の子の友だちだよ」
「あぁ、ある意味一号だな」
「うん。そうだね」
「いや、ミストは二号だから」
同じ歳の男女が三人も集まると、自然と会話が弾む。こういう時は時間が経つのをつい忘れてしまうんだよな。
案の定、気が付いた頃にはあっという間に夜も更けていた。
「じゃあ、ミスト。そろそろ私たちは帰るわね。しばらくローラはうちに泊まる事になったから」
「あぁ、もうこんな時間だったか。ローラ、これからもご飯の時はうちに来いよ」
「うん。ミスト、今日はありがとう。また明日ね」
ローラは立ち上がると、穏やかに微笑みながら小さくお辞儀をした。
ルーシアたちはキッチンへと向かい、皿洗いをしていた父さんと母さんの元へ向かう。
「ヴァンおじさん、マリーおばさん、おやすみなさい!」
「とても美味しいお食事を、戴きました。ありがとうございました」
「おう! ルーシアちゃんもローラちゃんもおやすみ! また明日な!」
「おやすみなさーい! 明日も多めに朝食作るから食べに来てね!」
ルーシアは挨拶を交わし、ローラも二人に深々とお辞儀をする。
二人を隣の家の前まで見送った後、やっと自分の部屋に戻る事ができた。
そのまま倒れるようにベッドに寝転ぶ。
「ローラ……敬語使わなくなってたな。あいつにとっての初めての男友だちか。……まぁ、悪くない」
彼女との壁が一つ無くなった気がすると、少し嬉しかった。確かに彼女の事はまだよく知らない。
だが時間はいくらでもあるし、これから少しずつ知り合えばいい。
そう思いながら目を閉じる。
本当に色々あった今日はよほど疲れていたらしい。いつの間にか俺は深い眠りについていた。
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「んん……なんだ、もう朝か……」
翌朝、窓から眩いほどの朝陽が差し込んでくる。
ふと目を覚まし、窓の方を見ると隣の家でルーシアとローラが話しているのが見えた。
「あっ。ミスト、おはよう!」
「おはよう」
俺に気が付いた二人は窓を開けて爽やかに挨拶をしてくる。
ルーシアもローラも昨日は疲れていたはずなのにずいぶんと起きるのが早いな。
「今日も学校なんだから早く準備してねー!」
「へいへい。相変わらずお前は早起きだな」
ルーシアに言われ、軽い返事をしてベッドから降りた。
部屋の窓を開けると、草花の香りが漂う。
朝の新鮮な空気を身体いっぱいに浴び、大きく伸びをする。
「うーんっ! ……あっ」
その時、隣の家の窓からルーシアとローラが着替えているのが見えた。
いつも通りカーテンを閉め忘れているな。
窓枠に肘を置き、ルーシアの成長を堂々と見守ってやった。
「おぉ……ローラって結構でかいんだな」
「……ちょっと! 何当たり前のように見てんの……よぉーっ!」
俺の視線を感知したルーシアが何かを手に持ち、剛球を放つ。
ドゴォッ!
この硬い感触は……。
うむ、目覚まし時計を投げてきたようだ。
さすがはマッスルーシア。その豪腕で固形物なんて投げられてしまったなら、見事に俺の顔面にめり込んでしまうのも頷ける。
「この……変態!」
「ミスト、大丈夫?」
あいつ等の部屋の窓まで開いていたとは……不覚。
朝からそんな出来事を終えた俺たち。
みんなで朝食を食べ終え、三人でアルヘム村の入口へ向かった。当然、馬も借りて。
「じゃあ、俺たちは学校行ってくるからな」
「うん。……私も、街のギルドに用があるんだ。一緒に、行っていい?」
そうだった。ローラは冒険者なんだ。
昨日の怪我の具合も良くなってるみたいだし、まぁ、いいか。
「じゃあ、一緒に行くか」
「なら私、ハーシェルおじいさんにもう一頭の馬を借りてくるわね!」
そう言いながらルーシアが村に戻ろうとした、その時。
『おーい! 待ってくれー!』
村の奥から誰かの呼び声がする。
こっちに走ってきたのは大きな革袋を担いだ父さんだ。
「悪い悪い! 二人の入学祝いを渡すのを忘れていたよ! やっと頼んでおいたのが届いたんだ!」
呆けた顔で父さんの革袋を見つめる俺たち。
クリスマスにはまだ早いだろ。
「まずはミスト! 片手剣ルーンソードと短槍コルセスカだ!」
「あぁ、ありがとう。でも俺、父さんの店を手伝う為に専攻は
しかし、言葉を遮るように父さんが手のひらを伸ばす。
「ミスト、お前の将来なんて今決めなくていいんだ。決めるのは、今、何がしたいかだ。お前は剣術が好きだろ? なら、やりたい事をもう一度考えてやってみろ!」
「……父さん」
想像もしなかった。
俺は剣術が好き……か。
自分でも気が付かなかったな。
腰に手を当ててドヤ顔してくるのは納得いかないが、さすがは俺の父親だ。
「ありがとう。もう少し考えてみるよ」
「よし! じゃあ次はルーシアちゃん! 短剣ホークアイと魔力の杖だ! この杖はね、魔力を込めれば打撃に近い衝撃を放てるらしいんだよ! 街道も危ないから護身用に持っていてくれ!」
「ありがとうございます! ヴァンおじさん!」
ニカッと微笑むと、再び革袋を漁り出す父さん。
「実は昨日な。ローラちゃんは冒険者なのに武器を持ってないって聞いてな。ずっとそれが気になってたんだよ。魔物相手に素手は危険だろうから、何かいい物がないか………」
「私は一通りの武器は扱えますが、魔法が使えるので、ご心配には及びませんよ」
「なるほど! 魔法も使えるならローラちゃんにはこれだ! 細剣エストックと長弓エルフィンボウだ! この弓は魔力を矢の形に具現化させて放てるんだってさ! 弦に精霊石を混ぜて作ってあるらしくてな。応用次第で色んな特性の矢が撃てるはずなんだよ!」
誇らしげに父さんは説明する。
「そんな……こんな高価な物、受け取れません。先日戴いたお食事のお礼も、まだしていませんので」
ローラは小さく両手を振りながら受け取るのを躊躇っている。
「そうか……じゃあ、こうしよう! この武器の代金は、いつか冒険者として稼いだら払ってくれ! 後払いって事にしよう!」
父さんがそう提案すると、ローラは少し考えた後、そっと武器を受け取った。
「ありがとうございます。必ず、お返しします」
父さんはよほど満足したのか、日の光よりも明るい笑顔になった。
眩しすぎて後光が差しているようにすら見える。自分でもそれが分かっているのか、ポーズまで決めてるし。
「ああっ! みんな! それを俺だと思って大事にしてくれよ!」
「「「 ……。」」」
作り笑いを浮かべてしまう俺たち。
父さん、最後の一言で台無しだよ。
「「「 じゃあ、いってきます! 」」」
そして俺たちは緑の都市ドリアスへと向かった。
新たな友と、新たな相棒と共に。
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