九話 初めての温泉、初めての友だち
「ルーシアさん、お邪魔します」
「うん! どうぞー!」
私はルーシアさんのお部屋に案内してもらっていた。
ピンク色が好きみたいでカーテンや布団、絨毯なんかもピンク色に染まっている。ふわふわなぬいぐるみなんかも置いてあって、思わずつんつんしたくなってしまう。
ルーシアさんのお部屋……かわいいな。私のお部屋とは大違い。
そう思いながら、無意識にお部屋を見渡してしまう私。そんな私と目が合うと、彼女はニコッと微笑んでくれる。
初めて会ってまだ間もない私にこんなにも親切にしてくれるルーシアさん。その優しさに少しだけ驚いてしまった。
でも、あまり人と接した事がない私はこんな時なんてお礼をすれば良いのか迷ってしまうんだ。
「パパもママも今日は帰らないそうだから、遠慮なく寛いでね! とりあえずローラは……そこの椅子に座ってて!」
「はい。失礼します」
窓際にある椅子に座らせてもらった。
ゆっくりと腰かけると柔らかなクッションがふわりと受け止めてくれる。背もたれもほどよく傾斜になっていて、思わず眠たくなってしまう。
窓から外を眺めると、向かいの家の窓には先ほどのミストさんの姿があった。
そっか。ミストさんとルーシアさんはお隣さんだったんだ。
きっと小さい時から仲が良いんだろうな。
幼馴染……なのかな。
「はぁ……羨ましいなぁ」
「えっ? なんか言ったー?」
「い、いえ……かわいいお部屋ですね」
「でしょー!」
その頃、未だクローゼットと格闘中のルーシアさん。あれでもないこれでもないとクローゼットの中を漁っては投げ散らかしていた。
洋服を広げる度に私の方に向け、首を傾げる。
床に散乱している洋服はどれもフリルやリボンをあしらったかわいい物ばかり。
街で見かけた人たちが着ていたのと同じく、ワンピースやミドルスカート、チュニックなど私が敬遠してきた洋服たちばかりだ。
「うーん……あっ! これなら良いかも! ローラ、これなんてどうかしら?」
そう言ってルーシアさんが広げて見せてくれたのは、黒と赤を基調としたゴシック風の膝上丈ワンピース。
「スカート……短いですね」
「恥ずかしがったら駄目よ! これくらいの長さが今の流行りなんだから!」
「そ、そうなんですか。確かに、街の女の子たちも、肌を露出させていました」
「でしょ!」
でも私は……新人とはいえ冒険者なのに。その洋服は平気なのでしょうか。よくよく考えてみれば、ドレスを着ている冒険者の人もいなかったっけ。
ふと頭の中でそんな疑問を抱いていた。
そしてルーシアさんに言われるがまま鏡の前に立つ私。ワンピースを当て、大きさを見立ててもらった。
「どう? サイズもローラにピッタリで良いんじゃない? ……胸元は……きつそうね」
「いえ、サイズもちょうど良いですよ。このワンピース、とてもかわいいと思います」
そう言うとルーシアさんは明るい表情になり、嬉しそうに微笑む。
「そうでしょ!? 去年パパと行った社交パーティー用に買ったやつなのよ!」
「えっ……もしかしてルーシアさんの家系は、アルヘム村では地位の高い家柄なんですか?」
「うん、一応は爵位のある家系なのよ。うちのお祖父さまはね、本当は村長じゃなくて領主なの。みんなには『村長』って呼ばれているけどね」
「……爵位を、お訊きしてもいいですか?」
「えっ? えっと……子爵だったかな」
「そうでしたか。この村を見て分かります。良い領主さまなんですね」
「だと良いんだけどね! これからは私もお祖父さまを手伝うつもりなのよ!」
「フフフ。応援してます」
子爵の方なら、おそらく私と顔を合わせても何とも思わないはず。
そう安堵しながらルーシアさんとお話をした。時折彼女は俯き、寂しそうな顔をしているようにも見えたけれど。
何か……訊いてはいけない事でもあったのかな。
「そうだ! ローラ、着替える前に温泉に行ってみない? ここの温泉は怪我にも効くのよ」
「温泉……ですか?」
私は表情に出さずも内心驚いていた。
ここ数日、森の泉で水浴びしかしていなかった私が初めての温泉に入れるだなんて。
温泉なんて本でしか読んだ事がない。本当に体験できるだなんて、神さまは本当にいるのかもしれないね。
天井を見上げ、そんな事をつい考えてしまった。
「ルーシアさん、是非、温泉に入りたいです」
「うん! それじゃあ今から行きましょう!」
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借りた羽織り物を肩にかけ、颯爽と村の温泉宿に訪れていた私とルーシアさん。
「ルーシアさん、せめて、ここの代金は私がお出しします」
「あっ、平気平気! 私と入れば顔パスだから気にしなくていいわよ」
「顔……ぱす?」
ルーシアさんの言った通り、快く宿の館長さんに無料で了承してもらえた。
脱衣場に入ると早速様々な花の香りがフワッと香ってくる。
さすが花の都と呼ばれた地域。とても自然が豊かなんだ。
「さっ! 早く服脱いで!」
「はい、今脱ぎます」
ババッ!
「先に行ってるわねー!」
「えっ? あっ……はい」
えっ? 手品?
ルーシアさん、目を離した一瞬のうちにもう裸になってる。脱いだ洋服はぐちゃぐちゃのままカゴに入っているけれど。
そして、私も急いでドレスを脱ぐ。
コルセットの紐を緩め、前後にずらして外そうとしたその時。
「ええっ!? ローラ、冒険者なのにコルセットまでしてたの? ……ドレス着てたからまさかとは思ってたけど」
忘れ物を取りに来ていたルーシアさんが突然大声で叫んだ。
「えっと……やっぱり、変ですよね」
「変ではないけど。もしかして……ローラもどこかの貴族家の出身だったりする?」
「 ……。」
時が止まったかのようにぴたりと動かなくなった私。
「えっ……と……みなさんは、普段から着けていないんですか?」
「うん。みんな普段はドレスなんて着ないからね。正装の時以外は貴族の人でもあまりいないと思うわよ?」
「そ、そうなんですか? わ、私は……北方の出身なので……北の方では普通なんですよ。ほら、冒険者の腕輪も、北方の街の刻印ですし」
「ふーん、なるほど。北方の地域はすごく寒いって聞くし、西とは違う文化があるのね」
「そうなんですよ。とても……寒いんです」
……これからは、コルセットは使わない事に決めた。
咄嗟に嘘を吐いてしまったけれど、本当は北方地域の南端の街までしか行った事がない。
他にも変なところがないか段々気になり始めてきてしまう。
「うーん! この解放感、サイッコーね!」
「はい。でも、少し恥ずかしい……ですね」
脱衣場を出ると、周囲を石垣に囲まれた温泉が広がっていた。
ルーシアさんは大きく腕を広げ、伸びをする。……丸裸で。
私は初めて誰かの前で裸になった為か、恥ずかしさと緊張でタオルが手放せなかった。
空には星が無数に輝き、月明かりに照らされてとても綺麗な夜空を見せてくれている。
そこに湯気が立ち上ぼり、天の川のような幻想的な景色を演出してくれていた。
ふと、見上げた夜空。時間を忘れてしまうほど見入ってしまう。
「ローラ、こっちこっち!」
「……あっ、はい」
ルーシアさんに手招きされ、言われるがままに洗い場の椅子に座る。
なんと、ここの洗い場には蛇口だけではなくシャワーも付いているんだ。魔石の
丁寧に身体を洗い、シャワーで今日の疲労を洗い流す。
ちなみに魔石とは魔物を倒した時に出る紫色の石の事。
国の科学者の功績のお陰で様々な
ランプの燃料だけでなく、熱を放出してお湯を沸かしたりもできるんだって。
最近では音声や風景を残すことのできる道具の
なにより換金してお金にも替えられるので冒険者の資金源の要なんだ。討伐系の
「ローラ! せっかくだし背中を流してあげるわ!」
ルーシアさんがニコッと微笑み、後ろに回ってくる。
「そ、そんな! ルーシアさんにそのような事は、お願いできません」
「えっ? どうして?」
不思議そうな顔で首を傾げるルーシアさん。
「一緒にお風呂に入ったら相手の背中を流す! これは一種のマナーよ! だから気にしないで。……それにね、今まで歳の近い女の子の友だちっていなかったから……なんだか嬉しくて」
そう言いながら、背中に手を添えて優しくシャワーを浴びせてくれた。
石鹸をタオルに馴染ませてゆっくり洗ってくれる。
初めて誰かに身体を洗ってもらった。
ルーシアさんの手、暖かくて、柔らかくて、とても気持ちいい。
人の温もりって言うのかな。なんだか落ち着くんだ。
「ねっ? こうしてると、なんだか友だちって感じしない?」
「そう……なんでしょうか。……私は、つい最近一六歳になりました。ルーシアさんは、おいくつですか?」
「私も今年で一六歳よ! ならさ、私たち本当に友だちになりましょう! あっ、ちなみにミストも同じ歳なのよ!」
「ルーシアさんもミストさんも、同い歳でしたか。フフフ。私……初めて友だちができました……」
「あははっ。私たち、もう友だちだよね!」
「はい。……うん、友だち……だね」
今度は私がルーシアの背中を洗い流し、一緒に温泉に浸かる。
念願の……初めての温泉。少し熱かったけど、すごく気持ちいい。
その後も私とルーシアは何気ない話やミストのお話をした。ほとんどがルーシアのお話を聴いているだけだったけど、楽しくて……とても安らぐ時間を過ごせた。
私は、忘れかけていた。
……心が暖まる。
……嬉しいという気持ち。
そんな感情が、私にもある事を。
こうして私はアルヘム村にやって来た。
この時の私は、これから先もこの村に住む事になるなんて今はまだ、知らないんだ。
悲しい事、辛い事、どんな事があっても。
ここに帰ってくれば笑顔になれる。
ここが私の帰る場所なんだ。
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