八話 ようこそ、アルヘム村へ

 怪我をしているローラを馬に乗せ、俺とルーシアは馬を引きながら歩いていた。


「すみません。私だけ乗せていただいて」


「気にすんな。っつーか乗馬の経験あんのか? なんか手慣れてんな」


「あっ、はい。多少の指南は受けています」


「へぇ、そうなのか」


 馬に跨がるローラは見事に左右の重心をバランス良くとっている。

 姿勢を垂直に保ち、手綱を握っていても肩の力をしっかりと抜いていた。

 騎乗の経験がある事がすぐに見てとれるくらいに。


「そういえばさ! ローラって冒険者なの? その腕輪って確か……」


「はい。半年ほど前に登録しました。まだ……ランクはⅡなんですけど」


「冒険者かぁ。俺もバイトがてら登録してみるかな」


「無理無理! 引きこもりのミストじゃ絶対続かないわね」


「うるせえ」


 しばらく進むと、ようやくアルヘム村の入口が見えてきていた。

 空の景色は赤く染まり、太陽が滲むように山影へと沈んでいく。気が付けば辺りはもう夕暮れだ。


「じゃーん! 見て、ローラ! ようこそアルヘム村へ!」


「じゃーん。なんにもなさ過ぎてびっくりしただろ」


「はい。長閑で素敵な村ですね。なんだか……落ち着きます」


 アルヘム村にたどり着いた頃には、すっかり俺たちは打ち解けていた。相変わらずローラは無表情だけど、少しは気を許してくれたのかもしれない。


『おおっ! ミスト、ルーシア! おかえり! 遅かったじゃねえか!』


 村の正門には大きな体格に坊主頭で髭を生やした大男がどっしりと仁王立ちしていた。

 アルヘム村の周辺や正門を見張ってくれている守衛のマディガンだ。幾度か木剣などで手合わせしてもらってるけど、このおっさんは結構強い。


「おっさん、ただいま」


「マディガンさん、ただいま! いつもお疲れさまです!」


 マディガンが朗らかに微笑むと、後ろをついてきていたローラに気が付いた。


「おお? 嬢ちゃん、大丈夫か? その怪我……何があったんだ?」


「あぁ、この子はローラだ。街道近くの川原で魔物に襲われててさ。その時に怪我したんだ」


「そうだったか。ここら辺は野生の獣や魔物が多いからな。……おしっ! 嬢ちゃん、怪我が治るまでゆっくりしてきな! 村長には俺から話しておいてやる!」


 ローラはゆっくりと馬から降りると、マディガンに深々と頭を下げた。


「マディガンさん、ありがとうございます。少しの間、お世話になります」


「わっはっは! 律儀な嬢ちゃんだ! しっかし……どっかで見た顔のような……」


「い、いえ……気のせいだと思います」


「えっ? マディガンさん、それって新手のナンパですか?」


「んな訳あるか! 俺には王都に残してきた妻がいるんだぞ。写真見るか?」


「「 見飽きたよ 」」


 ここアルヘム村は西方地域の街々から王都へ向かう際、補給地点として行商人や旅人によく利用されている。

 温泉が涌き出ているちょっとした観光地にもなっている為か、村の人たちは他所者にも寛大なのだ。


「そうだ! ローラにもアルヘム村を案内してあげるわ! 何にも無いところだけど、良かったら見に行きましょう!」


「はい。是非お願いします」


 話が決まると、ローラに村の案内をしながらハーシェルじいさんに借りていた馬を返しに行く事にした。


「じいさん、いるかー?」


 馬小屋を覗くと、ハーシェルじいさんがたくさんの馬たちに餌をあげている姿が見えた。

 まるで本当の子供と接するように優しく語りかけている。


「やぁ、ミストにルーシア。おかえり。……おや? お前さん、怪我しているのか?」


 ローラの怪我に気が付いたハーシェルじいさんはゆっくりと腰を上げた。


「はい。でも、平気です。ミストさんとルーシアさんに、助けていただきましたので」


「何を言うんだい。傷跡が残ってしまったら大変だよ。どれ……」


 魔力を解き放ち、小声で詠唱するハーシェルじいさん。しわだらけのくたびれた両手をローラの傷に手をかざした。

 すると、ローラを包み込むように光の衣が現れ出す。


「ローラ、大丈夫。ハーシェルおじいさんは村一番の魔導師なの。治癒魔法だってすごいのよ」


 心地良さそうにそっと瞳を閉じるローラ。みるみるうちに傷口が塞がっていく。


「ローラさんだったかな? 傷口は塞いでおいたから、あとは安静にしていなさい」


 あっという間に傷口が無くなっている事に驚いたローラは、深々とお辞儀をした。


「ハーシェルさん、どうもありがとうございます」


「じいさん、色々とありがとな。じゃあ俺たち帰るよ」


「ああ、気を付けて帰りなさい」


 そして馬を返した後、ハーシェルじいさんに手を振って別れた。

 ようやく村の一番奥にある俺の家へと向かう事にする俺たち。途中、ローラに気が付いた屋台のおばさんやおじさんたちが俺たちを取り囲んだ。


『あらまーっ! お嬢ちゃん、そんなに痩せ細っちゃって! お腹空いてるでしょ! これ、お食べ』


『よお! 嬢ちゃん、ボロボロじゃねえか! こいつでも飲んでシャキっとしな!』


 川魚の塩焼や焼き菓子、果実を絞ったジュースなどひっきりなしに渡し始めたみんな。本当に余所者が大好きな人たちだ。

 何かを貰う度にローラは深々とお辞儀をしている。そんな彼女を見ていると、なんだか笑えてくるな。


「あははは! ローラ人気者ね! ……って、ちょっとみんな! 食べ物あげすぎ!」


「あぁ、段々ローラの姿が食べ物で見えなくなっていくぞ」


 気が付いた頃には、ローラの両手にいっぱいの食べ物が積み重なっていた。

 とりあえずベンチに座らせて、みんなから貰った食べ物を食べる時間を作ってやる事に。


「わあぁ……美味しい……」


 ローラは感動したようにニコリと微笑み、ちびちびと果実のジュースを両手で飲む。

 川魚の塩焼きも紙皿に乗せ、串を外した後にフォークを使って丁寧に身を取り出す。

 二日も食べてないのならてっきりがっつくかと思ったが、意外とお淑やかに食べるんだな。

 年頃の女の子だし、それはやっぱり恥ずかしいのか。


「あっ……私、食べるの遅くて……お待たせしてしまってすみません」


「いや、気にすんな。そんなに美味そうに村の食べ物を食ってくれるなら見てても飽きないよ」


「そうね! 遠慮しないでゆっくり味わって!」


 その後も食べている姿をじっと見られているローラ。少し恥ずかしいのか、時折見せてくれる微笑みがぎこちない。

 あぁ、これこそ本物の可憐と言える人物像だ。


「って、言いたげな顔するのやめてくれる?」


「……ルーシア、お前って心が読めんの?」


 完食し終えたローラを連れて、やっと俺の家に到着。たった半日なのに色々ありすぎて久々な気がするが。


「じゃあ、私は一旦家に帰るわね。ローラを着替えさせてあげたいし」


「あぁ、確かに。その格好はやばいな」


「ルーシアさん、ありがとうございます。ミストさん、お借りしていた上着を、お返しします」


 ローラは俺が貸した上着を脱ぎ、綺麗に畳む。そして、大切そうにそっと返してきた。


「あぁ、そんなに丁寧に畳まなくても良かったの……にぃ!?」


 その時、俺は気が付いてしまった。

 ローラの着ている破れたドレスの隙間から……。


「おい」


「いえ、見てません!」


 殺気を感じたのですぐに視線を逸らしながら上着を受け取った。


「じゃあ、ローラの分も母さんに頼んでおくから後で来いよ」


「うん、また後でね!」


「はい、ありがとうございます」


 隣に建っているルーシアの家に楽しそうに入っていく二人。

 見送りを終えた俺も自分の家へと帰った。

 平穏な生活が好きだけど、たまにはこんな刺激も悪くない。


 たまには……な。

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