七話 君との出逢い

「なぁ、どうかしたのか? なんか気になる事でもあるような顔してるぜ」


 王立学園を後にした俺たちは、帰りの帰路を歩いていた。

 そんな中、不安そうな顔で何か考え込んでいるルーシア。


「うん……さっきの三人の事なんだけど。何か仕返しされないか気になっちゃってさ」


 あぁ、あいつ等か。

 ああいうのに限って陰湿で根に持つからな。

 学校という組織に入ってしまった今では、下手にぶっ飛ばす事も難しい。

 学生っていうのも、やっぱ面倒だな。


「まぁ、さすがに目立って悪さはしないだろ。あの……カウンシルだっけ? 腕章を付けた先輩方が校内を巡回してるのを見たぜ。多分だけど、あのミオナ先輩って人もかなり強いだろうしな。……大丈夫じゃないか?」


 隣を付いて歩くルーシアの表情を窺いながら、そう言う。


「うーん……それもそうだけど。あっ! そういえば!」


 突然、思い出したように手を顔の前に合わせるルーシア。


「何だよ、いきなり」


「アスカード先輩にお礼言い忘れちゃったわ。……今度会ったら、ちゃんと言わないとね」


 ふと今日の出来事を思い返したルーシアは、笑顔で空を見上げた。

 なんだ? この憧れの先輩を思い出すような顔は。さては……。


「あぁ、もしかして……。あいつに一目惚れしたんだろ。イケメンだったしな」


 顔を寄せながら薄ら笑いを浮かべ、茶化すようにルーシアの顔を覗き込む。


「……きゃっ!」


 ボーッとしていたのか、ルーシアは途端に目を丸くして驚き、すぐに顔が真っ赤に変わった。


「馬鹿! そんなんじゃないわよ!」


 バシィッ!


「痛ってえ!」


 ちょっとからかっただけなのに……。

 思いきり振りかぶられたビンタが俺の顔面を捉えた。

 常日頃から村の老人たちの荷物を持ち、畑仕事を手伝っているルーシア。そりゃ筋力も付く訳だ。


「お、おっ……首が」


 変な方向に曲げられた首から激痛が迸る。

 いつもの事だけど、こいつの張り手は毎度強烈な一撃だ。


「ミストがいきなり顔を近付けるからよ! 自業自得だからね!」


「……ずびばすみま……ぜんせん


 しばらくして顔面の腫れが引いた頃、学校で気になっていた事をルーシアに尋ねた。


「なぁ、そういや頭領が言ってた『専攻』って、なんの事なんだ?」


 唐突な質問を尋ねられたルーシアは呆れた顔でため息を吐く。


「はぁ……そんな事も知らないのね。わかったわ。あとで軽く説明してあげるけど、家でもしっかり学園案内を読みなさい! いい?」


「はーい」


 両手を頭に乗せながら面倒くさそうに返事を返す。

 ドリアスの街の正門に到着すると、牧舎に預けていたハーシェルじいさんの馬に跨がった。


「ねぇ、ちょっとだけ商店街に寄り道して行かない?」


「商店街? なんか買いたいものでもあるのか? あぁ、授業で使う筆記用具とかか」


「お、お菓子屋さん……とか?」


 もじもじと恥じらいながら小声で答えるルーシア。


「はい却下。今日は入学祝いで母さんが大量に夕飯作る日だぞ? 食べ残しなんてしたら母さんまた泣くぜ? 枯れるまで」


「それを言われてしまうと……諦めるしかないじゃない。じゃあ、今度は必ず付き合いなさいよね!」


「あぁ、分かったよ」


 そしてドリアスの街を離れ、森の街道を進んだ。


 ━━━━━━━━━━━━━━



 しばらくすると、軽く咳払いをしたルーシア。ようやく専攻についての説明を始めるらしい。


「コホン……じゃあ、今から各専攻の特徴を簡単に説明するね」


「おぉ、待ってましたー」


「まずは、剣術科アサルト。近接戦の武器の扱いや、格闘戦に必要な体術の立ち回りを訓練するの。体力が重要みたいだから、典型的な体育会系らしいわね」


「へえ、俺向きだな」


「次に後方支援の要、魔術科ウィザード。攻撃魔法や回復魔法、魔力を効率よく杖に伝える訓練がメインね。二年生になると攻撃型か回復型か、受ける授業が更に別れるんだって」


「魔法かぁ……氷魔法くらいなら覚えたいよな。夏の暑さ対策に」


「動機がしょうもなさ過ぎるわね。……あと、戦場の環境次第で自在に立ち回る技術科レンジャー。短剣、弓、補助魔法、多彩な技の訓練ができるわ。他よりも覚える事が一番多いからあまり実戦は学べないそうね」


「あっ、面倒くさそうなのはパス。どうせ続かないだろうからな」


「はいはい。……って感じで、大体冒険者や騎士を目指す人はこのどれか一つを選ぶみたいよ」


「戦闘かぁ。……俺は父さんの店があるし関係無いか。ルーシアも親の仕事手伝うんだろ?」


「うん。私もパパとママが働いてる村役場のお仕事の手伝いがしたいからね」


「じゃあ専攻は何にするんだ?」


「私が選ぶ予定の商業科ディーラー造形科スミスは主に商売とか農業を継ぐ人たちが選ぶ専攻なの。ミストはヴァンおじさんの手伝いをしたいのよね。だったら造形科スミスが良いんじゃないかしら」


造形科スミス? うちは販売専門で鍛冶なんかやってないぜ?」


「お客さんが買った物は使っていくうちにいずれ壊れるでしょ? それをミストが直すのよ」


「なるほどねぇ。買わせた後も修理費を巻き上げられるな。考えてみるか」


「言い方!」


 正直、俺には特にやりたい事も夢もない。

 とりあえず父さんと母さんの負担を減らせたら何でもいいか。……くらいにしか考えていないからな。

 なんて事を言ったら怒られそうだからルーシアには黙っておこう。


「ねえ、ミスト」


 ドリアスの街を出てから三〇分ほどが経ったその時。ルーシアが真剣な表情に変わった。


「んー、なんだー?」


 俺の顔をじっと見つめ、口を開くルーシア。


「専攻は剣術科アサルトを選んでみたら? 村の中でミストより強い人なんかいないし。今日、アスカード先輩が使ってた蒼白色の力。……あれって普段からミストも使ってるわよね」


 ルーシアの予想外な言葉に少しばかり動揺してしまう。まさか剣術科アサルトを選べだなんて、そんな事を言ってくるとは。


「あの時アスカード先輩の力を見た周りの生徒たち、すごい驚いてたわ。ミストも使えるってやっぱりすごい事なのよ」


「そうか? んー……でも父さんは俺に武具屋を継いでもらえるって大喜びだからなぁ……」


「それは確かにそうだけど。でも、ミストならきっと勇者科ブレイブにもなれるわよ」


「勇者? そんなの俺には全然向いてないだろ」


「そんな事ないわ! ……いい? 勇者科ブレイブっていうのはね……」


 ドオォォォン!!


 その時、耳鳴りがするほどの激しい爆発音が鳴り響いた。おそらく街道の近くを流れる川の方角からだ。


「なぁ、ルーシア。今の聞いたか?」


「……うん。川の方で聞こえたみたい」


「誰かが魔物と戦ってるのかもな。行くぞ!」


「うん!」


 俺とルーシアは急いで馬から降りた。

 木の枝に飛び移りながら空を駆けるように森の中を駆ける。


 〈グルルルゥゥーッ!!〉


 突然、森の奥から魔物が姿を現した。


「ミスト! こいつ等は私に任せて!」


「はぁ? 一人でいけるのか!?」


「当然! 余裕だわ!」


「ククク……まぁ、だよな。任せたぞ!」


 余裕の笑みを浮かべるルーシアに任せ、枝を蹴りながら魔物の群れを飛び越した。


「確か……爆発はこの辺で聞こえたはずなんだが」


 川原に辿り着いた俺は周囲を見渡し、感覚を研ぎ澄ました。

 普段なら穏やかなせせらぎを奏で、安らぎを与えてくれるこの川。

 だが今日ばかりは違う。

 

 バシャァーン!


 その時、川の浅瀬からすさまじく立ち上る水飛沫が上がった。そこには魔物の群れと一人の少女が戦っている姿が見えた。


『くっ! 駄目、魔力が……持たない』


 魔物と戦っていた少女は必死に魔法を唱えながら辛うじて応戦していた。

 だが、魔力が底を突いたのか悉く魔法を躱され、劣勢を強いられている。


 〈グァァァーッ!!〉


『雷の精霊ボルト、力を貸せ! 雷撃魔法ライトニング!』


 少女が放った魔法はまたしても魔物に避けられてしまう。


『なら、もう一度……。しまった!』


 詠唱の隙を突かれ、魔物が突進してくる。

 疲労が蓄積されているのか、よろけた少女は避ける事もできず腹部に激突されてしまった。


『うぅっ!』


 勢いよく川の浅瀬に吹き飛ばされた少女は力が入らずにその場で倒れ込む。川の流れにさえ抗えず立ち上がれない。


「あいつ等、魔狼ウェアウルフか。村の畑を荒らしに来る下級の魔物じゃねえか。うわっ……結構いるのかよ」


 ざっと数えて四匹はいるだろう。

 下級とはいえ、あれだけの数が揃えば並の戦士でも苦戦する相手だ。何せすばしっこいからな。

 とりあえず近くにあった木の棒を拾い、武器の代わりに構えた。


「仕方ない。さっさと終わらせてやるか」


 その時、俺の気配を察知したウェアウルフたちが一斉に狙いを変えた。

 弧を描くように駆け出し、俺に襲いかかってくる。だが、狙いを俺に変えてくれたのは好都合だ。助けに急ぐ必要が無くなったからな。


「よぉ、ワンちゃんたち! 木の枝は好きかぁ?」


 拾った木の棒をだらりと構え、魔力を込める。


雷刃剣魔法ライトニングセイバー


 雷撃を纏わせた木の枝を投槍ジャベリンのように勢いよくウェアウルフに投げつける。

 一匹のウェアウルフに突き刺さった木の枝は尚もその勢いを止めず、残り三匹のウェアウルフをまとめて貫いた。


 〈ギャィィン!!!〉


 悲鳴を上げながら地面に倒れていく魔物の群れ。霧のように消滅すると紫色の石へと変わった。

 一通り周辺を確認した後、川の浅瀬に座り込んだまま呆然としている少女の元へと歩み寄る。


「大丈夫か? ……って、大丈夫ではなさそうか。傷だらけだな」


『 ……。』


 その少女を見た瞬間、何か不思議な感覚を覚えた。

 後髪が腰まで伸びた明るく茶色の髪に薔薇の髪飾り。胸の辺りまで伸びた横の髪をリボンで結わえていた。透き通った青い宝石のような瞳をした一際綺麗な少女。

 歳は俺と同じくらいだろうか。


「なぁ、何でこんなとこに一人でいたんだ?」


 しかし少女は返事をせず、浅瀬に座り込んだままじっと俺を見つめている。


「これしかないけど、使えよ」


 とりあえず鞄からハンカチを取り出し、そっと差し出す。

 少女はハッとしたように正気を取り戻すと、ゆっくりとその口を開いた。


「あっ、あの、危ないところを……助けていただいて……ありがとうございました。私は……ローラと言います」


 少し警戒されているのか無表情のまま俺を見つめてくるローラ。


「あぁ、俺はミストだ」


 そして、ゆっくりと手を差し出す。


「……あっ、すみません」


 一瞬驚くもふらふらとしながら俺の手を掴むローラ。そして、なんとか立ち上がった。


「何とか自力で立てるみたいだ……んなぁ!?」


 その瞬間、ある重大な事に俺は気が付いてしまった。


「す、透け……見え……」


「すけ? みえ? どうか、しましたか?」


 そうなんです。

 ローラの着ているドレスが、水に濡れてうっすらと透けている。更に魔物の爪に裂かれた箇所から下着を覗かせている始末。

 思わずじぃっと見入ってしまう思春期真っ只中の俺。


「あの……ミストさん?」


 小首を傾げながら不思議そうに見つめてくるローラ。


「おい、そこのスケベミスト……」


 その時、背後から漂うとてつもない殺気が俺の身体を貫いた。

 あまりの恐怖に、振り返る事ができない。

 この殺気……奴だ。

 まさか、ローラをガン見していたのが、バレたのか。奴に……。ルーシアに……。


「いつまで見てんのよ! この変態!」


 バチィィン!!


「ぎぃやぁぁーっ!!」


 再び痛恨のビンタをお見舞いされてしまった俺。しかも、さっきと同じ場所に。


「ミスト、その上着この子に貸してあげて」


「……あい」


 ルーシアさまの勅命に従い、秒で上着をローラに差し出す。


「ローラさん……だよね? 私はルーシア。そんな傷じゃ街には戻れないだろうし、今日はアルヘム村に泊まったらどうかな? ここからなら近いのよ」


 ローラを気遣い、優しく微笑むルーシアが提案する。

 それを聞いたローラは少し考えた後、申し訳なさそうに頭を下げた。


「もう魔力も使い果たしてしまって。お言葉に甘えてしまっても、良いでしょうか……」


「まあ、構わないだろ。ついでに俺んちで夕飯でも食べていけよ。どうせ今日は多めに作ってもらってるだろうしな」


「えっ、ご飯……」


 ローラがそう呟いた瞬間。


 ぐぐぐぅぅぅーっ。


 獣の呻き声にも似た音が辺りに鳴り響いた。

 発信源は言うまでもない。


「ご、ごめんなさい。わ、私のお腹……です。二日前から、何も食べていなくて」


 右手をそっと挙げながら顔を赤らめたローラが白状する。

 そんな彼女を見た俺とルーシアは、顔を見合わせながら思わず大笑いしてしまった。


「なら決まりだな。来いよ、俺たちの村に」



 これが……俺と彼女が初めて出逢った日だ。

 今までの平凡で退屈な生活が終わりを告げて、やっと俺たちの物語が始まるんだ。

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