六話 一人きりの最後の夜
ぐうぅぅぅ……。
ドリアスの街で
逃げるようにギルドを出ていってしまったから、お昼ご飯は食べていないんだ。もちろん朝ご飯も。
出発する前に何か買っておけば良かったかな。
「うぅ……お腹空いた。残りのお金は……銀貨二枚と、硬貨が七枚……」
私はこの旅を始めた時からあまりお金が無かった。
なぜなら以前までの生活には『お金』という概念が無かったから。
「貧しい生活ばかりだけど……でも、なんだか楽しいかな。良い事も悪い事も、たくさん知る事ができるもんね」
独りでそんな事を考えながら歩いていると、ようやく依頼主の住むお家に到着した。
鬱蒼と生い茂る森の中にぽつんと佇む丸太を重ねたお家。昔読んだ童話の物語に出てきそうなとてもかわいい造りなんだ。
「依頼主さんの名前は……南の森の魔女? 魔女さまと言えば、おばあちゃん、かな? フフフ。おっきな帽子に黒いローブ。箒に乗ってたりして」
コンコンコン。
そんな事を思い浮かべながら木製の扉を叩く。
「すみません。ギルドより、依頼を引き受けた者です」
『はぁーい! ちょっと待ってねぇ!』
ガチャ。ガチャ。
ガチャガチャガチャガチャ。
バキィッ!
突然、目の前にある扉のドアノブが粉々に粉砕された。思わずビクッと身体を震わせてしまう。
『あらやだぁ! この扉、立て付け悪いのよぉ。また修理しなくっちゃ!』
「そ、そうなんですか」
崩壊した扉の跡には、艶かしい姿の人が仁王立ちしていた。
うん。私の予想とはちょっと違う感じの人かな。
ギーコ。ギーコ。ギーコ。
カーン! カーン! カーン!
トントントントントン。
あっ、魔女さまだから、てっきり魔法で直しちゃうのかと思ってたけど。
普通にノコギリと金づちで直すんだね。
と言うより……この人が魔女さまで、いいのかな?
『完成よぉ! さっ、中へどうぞぉ! ついでにお茶とお菓子でもいかがぁ?』
「ゴクリ……是非、戴きます」
魔女さまはほんわかとした笑顔で招き入れてくれた。
小さな二階建てのお家だけど、植木鉢やプランターに様々なハーブやお花が育てられていて、とてもかわいらしい。
絨毯もカーテンもピンク色。
洋服もピンク色だし、好きな色なんだろうな。
『さあ、お嬢さぁん。あたしの、お・も・て・な・しぃ。どうぞぉ、召し上がれぇ!』
「わぁ……戴きます」
魔女さまがおもてなししてくれたのは、甘い香りのするパンケーキ。
それに合わせて、少し苦めなミントティーだった。
パンケーキの生地には、ドライフルーツと乾燥させた薔薇を粉末状にして練り込んであるんだって。
もちろん全てが自家栽培。なんだか楽しそうな生活だね。
「ごちそうさまでした。とても美味しかったです」
『ううん、いいのよぉ! いつでも食べに来てねぇ!』
難なく完食した私。心からの感謝を述べた。
「ところでお仕事の話なんですが。……その前に一つだけ、お伺いしても良いですか?」
『仕事のお話とは別にぃ? んんもぉ、あたしに何かご用なのかしらぁ? 良いわよ! 聞いてあげちゃう!』
「あの、どんな呪いも解く事のできるお薬についてなんです」
『 ……!? 』
そうなんだ。
私が西方地域に来た本当の理由は、南の森に住むと言われている魔女さまに会う事。
その人の調合した万能薬を手に入れる為なんだ。
『確かにあたしはその薬を作れるわよぉ。でも、なぜ必要なのか、それを話してくれるかしらぁ?』
「……わかりました。少しだけ、お話します」
そしてミントティーの入ったカップをそっと口元に近づけ、ゆっくりとここまでに至った経緯を話した。
魔女さまは何度も頷いて親身になって聴いてくれていた。
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『ローラちゃん……なんて健気で良い子なのぉ! ぶほぅえ~んえんえん! ぶほほっ! ずびぃっ!』
「えっ? えっ? あ、あの、な、泣かないで下さい」
あまりの豪快な泣き方に思わず動揺してしまう私。それにこんな時どうすればいいのか私には分からなくて。
ひとしきり泣いた魔女さまはテーブルに敷かれたクロスで涙を拭う。
ようやく泣き止むと、気まずそうに口を開いた。
『……そのお薬、エリクシールっていう名前なんだけど。……でもねぇ、作るのには高価な材料に貴重な薬草も必要なのよぉ。金貨を三〇枚貰えるなら……譲ってもいいんだけどぉ』
「三〇枚……」
薬と言えば基本的に高価なものになる。
なぜなら治癒魔法で外傷は癒せても体内の不良や病原菌、病には効果が薄いから。
解毒や解麻痺などもそう。
体内に浸透するまでに治癒魔法を施せる事ができれば、それなりの効果が望めるんだけど。
それが間に合わなければお薬でしか治せないんだ。
それにしても、金貨三〇枚なんて……。
……でも。
私に残された道は、それしか無いんだ。
「わかりました。時間はかかってしまいますが……なんとか用意します」
『本当に平気なのぉ? 依頼報酬なんかじゃ貯まらないでしょぉ?』
「デルドール伯爵に……多少のご援助をいただけるかもしれませんので」
一度は断ってしまった褒賞金のお話。
でも、まだ間に合うかもしれない。
それに、もしかしたら私の正体も気づかれてしまうかもしれない。
それでもいいんだ。また……あそこに閉じ込められたとしても。
それでも、彼女を助けたいから。
『ローラちゃん……あたしにまだぁ、話してない秘密があるんでしょぉ』
「……それは」
突然、虚を突いた質問を投げかけてくる魔女さま。思わず目を見開いて俯いてしまった。
『むふふふ。言いたくないなら良いわよぉ。そんなかわい子ちゃんにはぁ、チャンスをあげるわぁ!』
「チャ、チャンス……ですか?」
『今から一か月後、ギルドに依頼を出すわぁ。内容は
「本当に……良いんですか!?」
心の中の霧が晴れ渡ったかのような笑顔になってしまった私。
無意識に魔女さまの優しい顔を見つめてしまった。
『ただぁしぃっ!!』
ニコニコと微笑む魔女さまが突然厳つい表情に変貌した。たくましい人差し指を私の顔の前に向ける。
『今のローラちゃんのランクでは無理ね。この一ヶ月の間に冒険者ランクをⅡに上げる事! 良いわねぇ?』
「はい! 必ず!」
『あらまぁ! ローラちゃん、暗い顔よりも笑顔の方が素敵じゃなぁい! それでね、今日お願いしたい依頼なんだけどぉ……』
「はい! 薬草ですよね! 何トンでも持ってきます!」
「そんなにいらないわぁ」
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『はい! ローラさん、昇格おめでとうございます! 冒険者ランクⅡになりましたので受注できる
「ミーナさんのお陰です。ありがとうございました。明日、また来ますね」
あれから一ヶ月が経った今日。
ようやく冒険者ランクを上げる事ができた。
今までの私は街の人のお手伝いとか薬草採取、街道のお掃除ばかりしてきたけれど。
でも、それだと評価が上がらないらしいんだ。だからこの一ヶ月間は女性だけの行商人を護衛したり魔鬼ゴブリンの討伐なんかもした。
一番大変だったのは街外れの畑に現れた魔蚯蚓ジャイアントワームの討伐かな。
ウネウネしてて意識してしまう度に背筋がゾッとしちゃったから。
「お腹空いたなぁ。でも、無駄使いはできないよね。今日も野宿にしよう」
以前見つけた森の泉。
三日前からここで野宿しているんだけど。初めての体験でなんだか気に入ってしまった。
「できた。自然のベッド」
泉のほとりに聳え立つ二本の木にロープを括りつける。両端に布とネットを結べばハンモックの完成。
「今日は、水浴びだけして寝よう」
動物の鳴き声も聞こえない静かな森。
足音や気配がすればすぐに気が付ける環境なんだ。月明かりも木陰に隠されて、きっと私の姿は見えてはいない。
着ているドレスをそっと脱ぎ、木の枝にかける。ブーツとコルセットの紐をほどくと、とても解放感があって気持ち良かった。
「お母さま、少しだけ……ここで待っていてね」
宝石をあしらった赤い薔薇の髪飾りを外し、ハンモックの上に寝かせてあげた。
そして、いよいよドリアスの街で購入した石鹸とバスタオルを持って泉へ入る事に。
「誰も見てないけど……なんだか、やっぱり恥ずかしい」
膝まで泉に浸かり、泡立てた石鹸で身体をなぞっていく。
一通り身体を洗い終えて手で掬いながら水を浴びた。
「ううっ……冷たい。やっぱり、夜はまだ冷えるね。宿……借りた方が良いかな」
水浴びを終えて、洗ったドレスを身に纏う。
急な旅立ちだったから着替えも用意していなかったんだ。
ドレスが傷んできたら買い換えて、また傷んだら買い換える。それの繰り返し。
「ドレスって、どうしてあんなに高いんだろう。でも、それ以外は着た事ないし。他の人が着ているようなお洋服、私にも、似合うのかな」
そんな事を考えながら満天に輝く星空を見上げて眠りについた。
「おやすみなさい、お母さま。もうすぐだよ、オフィーリア」
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