五話 入学式
「おい。あんた誰だよ。どいてくれ」
『いやいや、断りもなく割り込んでしまってすまないね。だが、覚えておいてもらえるかい? 学園内での生徒同士の私闘は厳罰に値するんだよ』
そう言いながら笑顔を絶やさない赤髪の男子生徒。
唐突に、ポンッと両手を叩く。
『そうそう! ところでお二人さん、アルヘム村から来た新入生なんだって? あそこの温泉宿にはとても癒されたなぁ……」
記憶を呼び覚ます度、至福の笑みを溢す赤髪の生徒。よほど良い思い出だったのか。
『子供の頃、両親に連れられて観光に行ったんだけどね。村の方達にはとても親切にしていただいたものだよ。もしかしたら、君等とは会っていたかもね』
「……かもな」
次第に冷静を取り戻した俺は、じっとこいつの顔を見た。
そこには心優しくも力強さに満ちた笑顔があった。やはり只の学生って訳では無さそうだ。
『ミスト君に、ルーシアさんだよね。僕は
呆然と立ち尽くしていたルーシアにアスカードが笑顔で手を差し出す。
「えっ? あっ、はい。よろしくお願いします」
踵を返し、続けて俺にも手を差し出してくる。
言葉が見つからず、無言のまま握手に応じた。
『ところで……そこの三人。
『あぁ? 指導だぁ? 校内での私闘は禁止なんだろ? やれるもんならやってみろよぉ! ギャハハハ!』
煽るように下卑た嗤いをする三人。
「はぁ……アスカード先輩? ちゃんと手加減してあげて下さいね。いっつもかっこつけてやり過ぎちゃうんだから……」
そんなやり取りを見ていたミオナが呆れた顔でそう言う。
「ははは。もちろんだよ。入学早々、病院送りなんてさすがに彼等でもかわいそうだからね」
そう言うと、真面目な表情に変わるアスカード。
身体から青白く輝く微風を放つ。
そして、三人に振り返った。
『ああ? なんだてめぇ! やんのかぁ? 上等だコラァ!』
そう言いながら短刀を構えた三人。
数で勝る分、強気に出ているのだろう。相手の力量すら読めずに。
「もう一つ、君達に教えてあげるよ。生徒同士の私闘は禁止だけどね。
『うるせえ! やっちまえ!』
アスカードの話を聞かずに三人が一斉に飛びかかった。
その瞬間。
「無刀術!
突き出されたアスカードの両手から蒼白の覇気を纏った衝撃波が撃ち出された。
鋭い牙を持つ魔獣の顎が創り出され、大口を開けて三人を噛み砕く。
『『 うんぎゃあぁーっ !』』
飛びかかった三人のうち金髪と黒髪の二人はもろに直撃。
一瞬にして鈍い衝突音と共に正門まで吹き飛ばされていった。
ドグシャァッ!!
庭園の傍にある煉瓦造りの塀にめり込む二人。
「あれ……下手したら死んでるぞ」
「運が良くても絶対に骨は折れてるわね」
ルーシアと二人でそんな会話をする。
吹き飛ばされた二人の後ろで運良く難を逃れていた銀髪のジャラジャラは、辛うじて生き延びていた。
だが、よく見ると頭のてっぺんが衝撃波で消し飛ばされている。哀しげに舞い降りてくる銀色の毛。
「いやいや、これは失敬。君だけ外しちゃったみたいだ」
『へっ……へ?』
「だが安心してくれ!……止めはしっかり刺してやるから」
ジョォォォ……。
その場でへたり込んでしまった銀髪のジャラジャラ。
股の間からは何かが滲み出るような音を奏でていた。ズボンから湯気を立ち上らせて。
「全く……アスカード先輩は。手加減してって私言いましたよね?」
「い、いやぁ……まさか彼等がこんなに弱いとは思わなくて。すまない……」
「見て下さいよ! この子なんて気絶しちゃってるじゃないですか!」
いつの間にか銀髪のジャラジャラは意識を失って倒れていた。
ああいうタイプの奴は一人では何もできないらしい。不良は群れないと意気がれない。なんて事をよく聞くが……。
どうやら事実のようだ。
『おい! なんだ今の音は!?』
その時、騒ぎに気がついたらしく大勢の教員達が駆け付けてきた。
「先生方、大変お騒がせしました。大丈夫、僕が片づけておきましたので」
『おお、アスカード君か。すまないが何が起きたか説明してもらえるかな? 今から職員室に来てもらおう』
「もちろんですよ。先生方、参りましょう。ミオナ、二人を案内してあげて」
「はいはい。先輩も早く戻ってきて手伝って下さいよ」
すれ違いざま、アスカードがニコリと微笑みかけてきた。
そのまま何も語らず、教師を引き連れて校舎へと消えていく。
『ヒーラーの生徒、ここに集まりなさい。そこの三人をシスターセレス先生のところに連れて行ってちょうだい』
『ほらほら、解散しなさい。もうすぐ入学式ですよ』
連携のとれた迅速な指示を教員達が出す。
とりあえずこの場は収まったみたいだ。
「ねえ、ミスト。アスカード先輩が助けに来なかったら暴れてたんでしょ」
そう言うルーシアからは憤怒の形相が消え、いつもの表情に戻ったみたいだ。
「あんたはやり過ぎるとこあるから、喧嘩なんてやめておきなさいよね」
手を後ろに組みながら俺の顔を覗き込むルーシア。
「……そんなつもりねえよ」
はぐらかすように顔を反らす。
「喧嘩は絶対に駄目だからね」
「んー」
更に適当な返事をする。
「……だって、ミストが学校辞めちゃったら……寂しいわ」
俯きながら何かを呟くルーシア。
「何か言ったか?」
ルーシアは少し顔を赤らめ、左右に大きく手を振る。
「えっ? あっ、やっぱり今の無し! なんでもないわ! ほら! 早く式会場に行くわよ!」
「へえ……二人はそういう関係なんだぁ。妬けちゃうなぁ」
その一部始終を眺めていたミオナはニコニコと意味深な笑みを浮かべていた。
「さあ、二人とも! 会場まで案内するわよ!」
こうして俺達は、無事、入学式に間に合う事ができた。
━━━━━━━━━━━━━
『━━という訳なので、これから三年間、心に残る学園生活を送って下さい。以上!』
「つ、つまんねえ話だったな。あのハゲが担任になったら地獄じゃねえか……」
「ええ、さすがに。……自分の学生時代の話を延々とされた時は驚いたわね……」
二時間にも及ぶ退屈な入学式を無事終えた俺達。
閉会と同時に数人の教員が新入生の前に歩いてくる。
『これから一年間、我々がみなさんの担任を勤めます。それでは、今から呼ばれた生徒は各教師の前に並んで下さい』
在校生が解散する中、新入生だけが残される。どうやらクラス分けの発表をここで行うらしい。
「はぁーっ! 良かったぁ! ミストと違うクラスになっちゃったらどうしようかと思ったわ」
「だよな。クラスが別々な上にさっきの三人と一緒だったら、マジで最悪の学園生活になってたぜ」
そう。俺とルーシアは無事同じCクラスになれた。
今年の新入生は一クラスにつき三〇人。AクラスからCクラスまでの合計九〇人だそうだ。
毎年、最初の生徒数は少ないが各地域から続々と編入生が入ってくるらしい。
『僕が……担任の……キジです……。みなさん……これから……よろしく……お願いします』
俺達の前に立つのは、ふくよかで大人しそうな眼鏡をかけた中年の男性。
おそらくこいつがCクラスの担任だ。超小声で囁いてくるから何を言っているのかわからないが。
『んっ? せんせー。なんか言いました?』
『どうせ独り言だろー? きっと心の声が表に出ちゃうタイプの人なんだ。察してやれよ』
他の新入生達も教師の囁きに気づいてはいたが、やはり聞き取れてはいない。
しかし、みんなの動揺を意に介さず、再び何かを囁き始めるふくよか教師。
「それでは……みなさん……教室に……行きましょう。付いて来て……下さい」
ふくよか教師が手招きをしながら、本校舎の方へのそのそと歩き出す。
「ねぇ、ミスト。もしかして今の『先生に付いてきて』って言ってたんじゃないかしら」
顎に手を当てながら、そう推理をするルーシア。
辺りを見渡し様子を窺うと、他のクラスの新入生達はすでに会場を移動していた。
って事はだ。その推理、あながち外れてはいなさそうだな。
「じゃあ、俺等も付いていってみるか」
俺がそう言うと、他のみんなもふくよか教師の後ろを歩き始めた。
入学式の会場として使われていた多目的ホールから本校舎までは、二階から橋で繋がっている。
その為、外に出る必要は無く、すぐに本校舎の中に辿り着ける設計らしい。
どうやら俺達Cクラスの教室は三階の一番奥にある教室みたいだ。
みんなが教室に入った後、早速ふくよか教師が教壇に立つ。
ゆっくり、ゆーっくりと、黒板に文字を書き連ねていく。
【担任のキジです。他の生徒には『頭領』と呼ばれています。専攻は造形科スミスです】
『確かにあの先生、外見だけなら頭領だよな』
『あんなおっとりキャラで頭領かよ。あだ名と中身が合ってないだろ』
『オレの親父鍛冶屋なんだけどさ。この学校に伝説の鍛冶師って呼ばれてるドワーフがいるらしいぜ。……この先生な訳はないだろうけどさ』
クラスのみんなが早速ふくよか教師を弄り始めた。
それを聴いていたキジ先生……いや、頭領は微かに微笑む。そしてまた背を向け、黒板に文字を連ねる。
そんな中、今のところ特に席順などが決まっていないらしく、みんなが好き勝手に座っていく。
「なら、俺はここにするか」
俺は窓側の一番後ろに座った。
ここが三階の教室という事もあり、白いカーテンの隙間からはドリアスの街並みが一望できる。なかなか悪くない席だ。
「あっ、待って! ミスト!」
ルーシアも急いで隣に座り、ニコッと微笑みかけてくる。
隣の席が知ってる顔の方が俺も落ち着くしな。まぁ、いいか。
【明日、みなさんには専攻を決めてもらいます。自分に合う専攻を見つける為にいつでも他の専攻に変えられます。まずは気になるものから始めてみて下さい。】
頭領が黒板に文字を書きながら、おそらくそれと同じ事を囁いている。
……専攻か。俺、この学校の事全く知らないからな。頭領に訊くのもあれだし、帰りにルーシアに訊いてみるか。
その後、クラスのみんなで軽い自己紹介をした。
出身地、名前、趣味嗜好など、自分の言いたい事をみんなが話す。
この学園の生徒は、国中の至る地域から入学してきているらしい。
中には南方地域より更に最南端の街から、はるばる入学しに来ている者もいた。
この王立グランフィリア学園は王都から西側、『西方地域』と呼ばれる場所にある。
南方地域の最南端と言えば、乗り合い馬車でも二週間はかかる距離だろう。
そして次々と自己紹介が終わり、ルーシアの順番が回ってきた。
元気に立ち上がり、教壇の前に立つルーシア。両手を後ろに組みながらニコリと微笑む。
「私の名前はルーシア・ミラ・ランドルフです! 好きな物はお菓子! あとは……あっ、私ね、アルヘム村の出身なんだ! みんな! よろしくね!」
『ルーシアちゃんか……可愛いな』
『俺……親父と喧嘩してまでここに入学して良かったぜ』
『ねえねえ、あの子、セカンドネームがあるって事はさ……もしかして……』
若干、クラスがざわめき始める。
そしてルーシアの次に順番が回り、最後に俺が自己紹介をする事になった。
「ミスト・アニエルだ。趣味は……寝る事? 俺もアルヘム村出身なんだ。村には自慢の温泉だってあるんだぜ。入りたくなったらいつでも案内してやるから、その時は遠慮なく言ってくれ」
『よろしくなー! ミスト!』
『温泉があるなんて羨ましいよね! 夏休みになったらミストくんに案内してもらおうよ!』
今朝に遭遇した三馬鹿とは違い、クラスのみんなにはアルヘム村の事は馬鹿にされなかった。まぁ、この反応が普通なのかもな。
こうして自己紹介も終わり、無事入学初日を終える事ができた俺とルーシアだった。
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『おい! ちょっと待てぇ!』
本校舎を出ると、包帯を何重にも巻いた生徒が二人。
更にはズボンだけジャージの生徒が一人、俺達を待ち構えていた。
「……あぁ、今朝の三人組か」
『今度、地元の仲間連れて復讐してやるからな! 覚えとけ!』
『俺は都で有名な賊のパンチ躱した事あんだよ! ビビんじゃねえぞ!』
『俺の親父はなぁ! 元賊なんだぜ。なめんじゃねぇ!』
「 ……。」
ここまで来ると呆れて相手にする気も起きない。
結果、勝てないなら仲間を増やすだけ。勝つ為に己を磨くという選択肢は思い浮かばないのか。
「あぁ、気をつけるよ。また明日な。そこのミイラくん、お大事に。あと保健室で借りたパンツ買って返してやれよ」
去り際に手を振り、その場を立ち去った。
少し気まずそうに軽くお辞儀をするルーシア。そそくさと俺の後ろを付いてくる。
『あいつ……ミストとか言ったな。……ぜってえ許さねえ!』
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