四話 最弱ランクの冒険者

『さあ、ローラちゃん。君にはどうやって楽しませてもらおうかな』


 ドリアスの街を訪れてすぐの私は、早くも窮地に立たされてしまっていた。

 麻痺毒を受けてしまった右足は紫色に腫れ上がり、徐々に身体の自由を奪っていく。


『さてさて、まずはその綺麗なお洋服をビリビリに引き裂いてやろうか。そんな事されちゃったらさ、君の恥辱に染まった顔、僕に見せてくれるかい?』


「あなたの思い通りには……なりません」


 私は動かない身体に力いっぱいの魔力を巡らせた。少しずつだけど、両手から魔力がみなぎるのを感じる。


『クックック……良いねえ。興奮してきたぁ。イッツ、ショーターイム!』


 ゆらりと歩み寄るガストンさん。

 それに合わせて仲間の男性たちも左右から私の元へと近付く。

 その手には……。壁に繋がれた新たな鎖の枷があった。


『早く! 早く! その整った顔が歪む瞬間を見せてくれぇ!!』


 狂喜に満ち溢れたガストンさん。

 両手を広げ、尚も近づいてくる。


「くっ! あと……少し!」


『よおし、お前等! 仔猫ちゃんに首輪を付けてやれぇ!』


『おう!』


 ついに男性たちが私の眼前に立ち、がっしりと肩を掴んでくる。

 首元に枷を嵌めようとしてきた、その瞬間。


 ズバババァァァーッ!


『ぎぃやぁぁぁ! 痛い! 痛いーっ!』


『お、おい! みんな、どうしたんだ!』


 突然、ガストンさんの仲間の二人が何かに切り刻まれた。

 途端にあたふたと慌てふためく仲間達。

 こんな薄暗い中では彼等も何が起きているのかわからないはずなんだ。


「愛の精霊プルメリア、愛を咲かせよ。解麻痺魔法アンチパラライズ


 腫れた右足にそっと手を触れ、魔力を放つ。


『げ、解麻痺魔法だと!? どうしてランクⅠ程度のお前なんかが……。まさか、魔法で僕の部下を切ったのか!?』


「はい。私は、多少なりとも魔術の教養があります。あなたのご友人を切り裂いたのは、風の魔法。下劣極まりないあなた方を……許しません!」


『く、くっそぉ! ぶち殺してやる!!』


 激昂したガストンさんは腰に提げた長剣を力任せに引き抜いた。

 しかし、冷静を欠いた彼はひたすら闇雲に振り回すだけ。この程度の技量なら避ける事なんて造作もない。


「風の精霊シルフ、力を貸せ! 風刃魔法ゲイルスラッシャー!」


 両手から風の刃を生み出し、ガストンさんめがけて交差に撃ち出す。


 ズバアァァァ!!!


『ぐおぉぉぉ!! 血っ!? 血がぁ!』


 胴を思いきり切り裂かれた彼はすんなり長剣から手を放し、床に転げ回る。


「その程度の出血で、騒がないで下さい。あなたに傷付けられた彼女達は、遥かに辛い思いをしていたんですよ」


 そう言い放ち、冷めた視線で見下ろす。

 旅をしてきた時、幾度かこの人のように人道を外れた人を見てきた。

 私利私欲に溺れて他人を思いやれず、傷付けてばかりの人を。人を人とも思わない酷い人間を。


「もしかしたら、私を外の世界から隔絶した人達は、こういう人から私の身を守る為だったのかな」


 ううん、きっと違う。

 守られていたのはではない。

 私の、名前なんだ。


『おい女! それ以上動いたらこいつの首を刎ねるぞ!』


 そうだ。彼の仲間はもう一人いたんだ。

 最後の一人に気付けなかったなんて。

 ふと過去の自分を思い出し、集中力を解いてしまった私。

 こんな時でさえ、拭い去れない記憶なんだ。

 でも今は、今だけは忘れないと。


『や、やめて……』


 捕らえた女性の首すじに短剣を滑らせる男性。勝ち誇ったように怪しい笑みを浮かべていた。


『痛ててて……油断したぜ。やるなぁ、ローラちゃん』


「……ガストンさん、こんな事はやめて自首して下さい」


『はあっ? する訳ねえだろ! バレたら最後……親父の仕事も無くなっちまう。何よりオレの人生がジ・エンドじゃねえか!』


 致命傷を与えないように魔法の威力を調節してしまったばかりに、ガストンさんは我に帰ってしまっていた。

 それだけでなく、他の仲間達も起き上がってくる。


『おい! さっさとこいつに魔封じの手錠を嵌めろ!』


『ああ! 今度は油断しねえからな!』


 ガシャン。


 観念した私は仲間の男性によって壁に繋がれた手枷を嵌められてしまう。

 金属製の枷はずしりと重く、左腕を上げる事さえ許してはくれない。それよりも不可解なのは、なぜか身体から力が抜けていく事。


「魔力の流れが……止まっているんだ」


『そうだぜ。その手錠を嵌められたら最後……魔法の類いは一切使えねえ』


 そういう事だったんだ。

 私よりも先に捕まっている女性達も冒険者の腕輪を持っていた。なら、彼女達も冒険者。

 にも関わらず、こんな弱い人たちに負けるなんておかしいとは思っていたんだ。原因はこの手枷だったんだね。


「ガストンさん、手枷は、片腕だけで良いんですか?」


『あぁ?』


 眉ひとつ表情を変えず、淡々とそう言う。

 そんな私の姿に苛立ちを覚えたガストンさんは、一歩ずつ踏みしめるように近づいてきた。


『なあ、ローラちゃん。ヤッちまう前に……少し、調教が必要みたいだなぁ』


「……できるものなら、どうぞ」


 ズバァッ!!!


『えっ? 何それ……オレの……剣? ……と、あれ? 腕が……動かない!』


 不用意に近づいたガストンさんの長剣を奪い、一瞬にして彼の片腕を斬り裂いた。


「すみません。しばらくお借りします」


『うわぁぁぁ! 腕がぁ! がが……がはっ……』


『ひ、ひぃぃぃ!』


「何をそんなに驚いているんですか? なんなら、腕の一本や二本、斬り飛ばしてみせますよ」


 どうやらこの人達は本物の闘い方を知らないみたい。気を失ったガストンさんを見ただけで、こんなにもひどく動揺しているなんて。


『こんのガキぃ! そっちがその気なら、このアマ殺してや……』


 ザクッ!


『ぎぃやぁぁぁ!』


 人質にされた女性の首が斬られようとした瞬間。

 ガストンさんの長剣を勢いよく投げつけた。男性の肩を貫通し、そのまま壁に突き刺さる。


『ぬ、抜けねぇ! 助けてーっ!』


「あなたがその気なら……私も遠慮はしません 」


 長剣の鍔が肩に引っ掛かり、引き抜く事もできない男性。

 延々と痛みが襲いかかってきているのだろう。激痛で気を失う事もできないんだ。

 ……ちょっと、やりすぎちゃったかな。


『や、やっべえぞ!逃げろぉ!』


「逃がしません」


 あまりの恐怖に逃げ出そうとした残りの二人。

 すかさず床を滑り、足払いをかける。倒した瞬間、彼等の首元に手枷の鎖を絡ませた。


「手錠の鍵を渡して下さい。そうすれば、命だけは見逃してあげます」


『は、はい』


「ありがとうございます」


 ━━━━━━━━━━━━━



 ガチャ。ガチャ。


『私達……助かったのね。ありがとう! 本当にありがとう!』


『もう駄目かと思っていたわ。あなたは命の恩人よ』


「いえ……そんな……偶然です」


 その後、西方騎士団の憲兵所に駆け込んだ彼女等により、ガストンさんと仲間の三人は連行されていった。

 監禁に使われた倉庫からは大量の密造酒や違法薬物も発見され、彼の父親も逮捕されたんだって。

 あっ、そういえば。ギルドで受けた迷子の依頼はやっぱり嘘だったみたい。


 あれ? という事は……。

 報酬は……無し……だよね。


『おーい! ローラさーん! 帰ってきて下さーい!』


「えっ? あっ、はい。何ですか?」


 その翌日。

 依頼クエストの報告の為、私は冒険者ギルドへ訪れていた。予想どおり報酬も貰えず、あまりの絶望に意識が遠退いてしまう。

 ご飯……どうしよう。


『もう! 聞いてなかったんですか? 今回のローラさんの働きを賞賛したいって言ってるんですよ』


「えっ? どなたがですか?」


 そこまで聞いていなかったのか。

 そう言いたげな顔でため息を漏らす受付嬢さん。


『なんとびっくり! この街の領主、デルドール伯爵自らですよ! すごいです!』


「……伯爵」


 伯爵と聞いた私は、無意識に冷や汗を垂らしてしまう。

 今はまだ、貴族の人に会う訳にはいかないから。


『そうですよ! もちろん報酬だって用意してるそうなんです! 金貨二〇枚ですって!』


「お断りします」


『……へっ?』


「私は冒険者ですので。依頼を受けた訳ではないのに、報酬は戴けません」


『そ、それとこれとは……』


「デルドールさんには、辞退するとお伝え下さい。……あっ、それよりも、この依頼クエストの受理をお願いします」


『ええー……領主さまになんて言ったらいいんだろう』


 困りながらも受付嬢さんは依頼書に目を通してくれた。

 今回選んだのはランクⅠの薬草の採取。

 昨日みたいな事でもない限りは討伐の類いはやりたくないんだ。

 その為、冒険者になっても評価を稼げずに五ヶ月。……未だにランクⅠなんだけど。


『はい、受理しました。報酬は依頼主から直接受け取って下さいね。居場所を記した地図もお渡ししておきます』


「ありがとうございます」


 早速、冒険者ギルド官舎を出てドリアスの街を出発した私。


 ぐるるるる……。


「お腹、空いたなぁ」


 比喩なんかではなく、本当に背中とお腹がくっつきそう。


 ━━━━━━━━━━━━━━



「よし、地図を確認しよう」


 東へと続く街道を進みながら地図を広げた。


「依頼主さんのお家は……ここから南東かな。でも、地図だと、森の中にあるんだけど……」


 その時、正面から馬の足音と人の談笑する声が聞こえてきた。

 白い幌を被せた木製の荷台を、茶色と黒色の二頭の馬が力強く引いて走っている。

 大人の男性が二人、それに男の子と女の子の四人組。きっとドリアスの街に行くんだね。


『それでねー! ミストってば泣いちゃってー!』


『あんな高いとこに吹っ飛ばされたら、そりゃ泣くわ!』


『『『 あはははは! 』』』


 とても賑やかで、楽しそう。

 きっと、お父さんとお出かけ……なんだろうな。


 お父さん……か。

 良いなぁ。

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