三話 初登校

 俺たちは、ようやく王立グランフィリア学園に到着していた。

 豪華に飾られた校門を潜り、ゆっくりと天を見上げる。


「うわぁーっ! 改めて見ると、本当にこの学園って広くて綺麗だわぁ!」


「あぁ、確かに。どの建物もずいぶん凝った彫刻で飾って偉く金かけてやがるな。さすがは名門、王立グランフィリア学園さまだ」


「……感想がひねくれてるわね」


 正門を越えた先には、さまざまな建築物が建っていた。

 どれも豪華な彫刻や捻れた柱など凝った造りをしている。職人の手腕が光るバロック様式に似た建築物だ。

 そして敷地の左右には白と黒の大きい建物が対面に建っていた。


『ふあーぁ、眠いー』


 その建物からぞろぞろと出てくるのは、腕を広げて豪快に欠伸をしながら登校してくる生徒たち。

 おそらくは黒い建物が男子寮で、白い建物が女子寮なのだろう。


「ねえ、ミスト! あっちあっち! お昼は絶対にあそこで食べるわよ!」


 興奮気味に袖を引っ張るルーシア。

 指差す先にあるのは、思わず視界を奪われてしまうほどの庭園。

 楕円形の噴水広場が出迎え、堂々とその姿を見せていた。その噴水広場を取り囲むように色鮮やかな花が一面に広がる花壇。

 最早ここまで充実していると学生寮が羨ましくなってくる。


「ねえ、今度はあれ見て!」


 よほど興奮しすぎてしまったのか、俺の腕をぎゅっと抱きしめるルーシア。


「あぁ。何度見てもやっぱすげえな」


 一番奥にある建物は城壁に使われる石材と同じ凝灰岩で建てられていた。

 入学手続きで少しだけ入ったから記憶にあるが、あの城みたいな建物が本校舎だったはずだ。これから俺たちが学業に勤しむ為の場所。


『おはよー』


『おはようございます』


 次第に大勢の生徒たちが集まり、さまざまな方向へと行き交う。

 生徒の中にはエルフやドワーフ、多種の獣人族などもいた。

 それよりも更に気になったのは、在校生が当たり前のように背負っているあれ・・だ。

 剣や弓だけでなく、身の丈ほどの大きなハンマーを背負ってる生徒までいる。

 確かこの学校は学業だけではなく戦闘術や魔術、物造りなんかも教えているんだったな。


「武器を背負っているあの人たちはね、みんな上級生なのよ」


「そうなのか? そんな事何でわかるんだよ」


「……もしかして入学手続きで渡された学園案内のパンフレット見てないの?」


「あぁ、まぁ。でも俺、その場の流れで入学しただけだからな。今頃パンフレットは引き出しの中で安らかに眠ってるだろうよ」


「嘘でしょ? 学園内のマップも載ってるのよ? 迷子になっても知らないからね」


 呆れた顔をして冷めた横目で睨むルーシア。

 そんな冷たい視線なんざ常日頃に浴びてるから、今更気にもしないけどな。


『新入生の子はこっちに集まって下さーい!』


 その時、一人の女子生徒が大声で叫んでいた。

 右手に掲げられた看板には『新入生案内係』と書かれている。

 なるほど。この学園は広すぎるから、新入生が迷わないように案内をしてくれているんだな。

 案内係のその生徒は艶やかな黒髪を肩の長さに揃え、竜の彫刻が彫られた腕章を左腕に付けている。あの腕章、他の生徒には付いていない。

 という事は何かの役員なのだろうか。


「ミスト、私たちもあの先輩に会場の場所を訊きに行くわよ」


「あぁ、だな。とりあえず行ってみるか」


 人混みを躱しながら腕章を付けた生徒の元へ向かう俺たち。


『あっ! 新入生くーん! こっちにおいでー!』


 いち早く俺たちに気付いたその生徒は、笑顔で手招きをしてきた。


『入学おめでとう! 私は生徒評議会、通称『カウンシル』の二年生ミオナよ。よろしくね。早速だけど入学証明書を預かっても良い?』


「私はルーシアです! ……あっ、これが入学証明書ですよね!」


「俺はミスト。よろしくどうぞ」


「……ねえ、ミスト。せめて敬語なのかタメ口なのか、はっきりしなさいよ」


「うん? 敬語だったろ?」


「……馬鹿」


 入学証明書をミオナに手渡すと、早速目を通す。

 途端に眼を丸くして証明書を二度しているが。挙げ句には硬直したようにしばらく凝視している始末。まぁ、理由は大体分かるけど。


「……二人とも、アルヘム村から通うの? 徒歩だととても遠いでしょ? 普通なら遠方の子たちは学生寮から通うのに……」


「まぁな。いろいろあって実家から通う事になったんだ。それに馬に乗ってきてるから、そう大変じゃないぜ」


「へえ、そうなの? アルヘム村の出身って事は……専攻はディーラーかスミスの希望かしら?」


「あっ、よくわかりましたね! 私は商業と経済を学びに来たんです!」


「やっぱり、そうなのね! これから三年間がんばってね! 何かあればいつでも相談に乗るから!」


「よろしくお願いします、ミオナ先輩!」


 ルーシアとミオナは速攻で打ち解けた様子で話が弾んでいた。

 その間、あまり社交的ではない俺は少しばかり退屈だ。アルヘム村でもよく見る景色だ。女が集まると延々と話し出すからな。


『ギャーッハハハ!』


『おい、あいつ等やっべえぞ!』


 その時、背後から人を見下したような下卑た笑い声が聞こえてきた。

 夏に飛び回る羽虫の羽音並みに耳障りな笑い方。そんな不快な笑い声が徐々に大きくなってくる。


『ケヒャヒャッ! なーんか田舎臭くねえ?』


『確かにー!』


 俺たちの前に現れたのは、悪態をついた生徒が三人。

 なぜ俺たちの前に立つのか、それを確認をするまでもない。確実に絡むつもりだ。

 っつーかこいつ等、モブの代表格とも言えるくらい雑魚キャラ感を出している。


『なあなあ、ちょっと聞こえちまったんだけどさぁ。お前等って田舎もんなんだってなぁ?』


 そんな三人のうち一人が見下したような顔で視線を合わせてくる。

 肌を褐色に焼いた銀色の短髪。腰にはしつこいくらい身に付けた鎖の装飾品。

 動く度にジャラジャラと鳴らし、耳障り極まりない。

 それはもう、全てがうるさそうな奴だ。


『イッチ、ターナー、お前等も聞こえたよな? こいつ等はるばる田舎から来たしょぼい村人なんだぜ。マジ洒落になんねえよなぁ!』


 それを聴いた二人もヘラヘラと薄ら笑いを浮かべながら悪態をついて近寄ってくる。

 長髪の方の奴はどこを見ているのかも定かではないくらい視線がずれた大きな眼。

 ケヒャヒャと嗤う人を馬鹿にしたような下品な笑い声。こいつもなかなか癪に障る奴だ。


『おい村人、ここは土いじりする田舎もんが来る場所じゃねえんだよ。あーやだやだ、農民かよ。だっせぇ!』


 そんな中、動く度にジャラジャラうるさい銀髪がルーシアの前に立った。


『ふーん。悪くねえな』


「えっ、あの……なんですか?」


 思わず後ずさってしまうルーシア。

 それでも尚、一切の遠慮もなく舐め回すように吟味するジャラジャラ。


『あれぇっ! やっぱぁ、この子かわいいじゃん! オレはコーヘイ。君の名前なんつーの? ちょっとオレたちと遊びに行かない?』


『うおっ、マジだ! よく見てみりゃ結構かわいいぜ! 学校なんかバックレて遊ぼうぜ!』


 金髪を逆立たせた目つきの悪いこいつも、ジャラジャラに便乗するかのようにルーシアを吟味する。

 きっと端から見ていると、この景色は酷すぎて目も当てられやしない。せっかくのグランフィリア学園が台無しだ。


「ちょっと君たち! 入学早々、問題を起こすつもりなの!?」


 怒りを露にするミオナがルーシアと三人の間に割って入る。

 先ほどとは打って変わり、ものすごい気迫で奴等を睨みつけていた。感情を映し出すようにミオナの魔力が周囲の大気をざわつかせる。

 ビリビリと肌を痺れさせ、上昇気流がミオナを取り囲む。


『あれぇ? もしかしてぇ、先輩が代わりに遊んでくれるんすかぁ? ギャハハハハ!』


『良いねぇ! 歳上のテクニック披露してもらおうぜぇ!』


 どうやら奴等はミオナの潜在能力に気がついていないみたいだ。

 明らかに並の魔力ではない。それこそ王国騎士団の部隊長にも匹敵するほどか。


「……仕方ない。こいつ等には俺が少しお仕置きしてやるか」


 そう言いながら右手に魔力を集中させ、一歩を踏み出した。だが、その時。


「ミスト、駄目よ。やめて……」


 俯きながら俺の袖を掴むルーシア。

 震えた小さな声で引き止める。俺を掴むその小さな手までも震えていた。


「……ルーシア」


 まさか、怯えているのだろうか。

 いや違う。そんな訳ない。

 これは……。

 ルーシアが激怒している時の震えだ。


「……やっと、私の夢の第一歩を踏み出せたのよ。こんな人たちのせいで水の泡にしたくないわ。我慢しましょう」


 今の平穏なアルヘム村を築き上げてきたのは、代々ルーシアの家系なんだ。

 そんなアルヘム村を馬鹿にされたとなれば、先祖を侮辱されたのと同義。そりゃ怒るのも無理はない。


「ギャハハ! 見ろよこの子! 震えてんぜ!」


『あっれぇ? もしかして君、怯えてるのぉ?』


 身の危険も気づいていない三人は未だに下卑た嗤いを振り撒く。

 次第に周りにいた生徒たちまでざわざわと集まってくる始末。このままでは収拾がつかない。

 となれば、一発ぶっ飛ばして黙らせるしかないか。

 そう思った俺は、再び右手の魔力を解き放った。バチバチと拳に巻きつく雷撃。


『あっ、ごめんよ。ちょっと失礼するね』


 その時、一人の男子生徒が俺の前に立ち塞がった。

 燃えるような朱色の髪。丈の長い制服の上着。

 そして、この男もやはり竜の刻印の腕章を身に付けている。


『……力を貸せ。魔力破壊魔ジャガーノート法』


 そう呟いた赤髪の男子生徒が俺の右手にそっと触れた。

 その瞬間、軽い脱力感に襲われてしまった。

 右手に集めた魔力を抑えられ、霧のように魔力が霧散していく。


「おぃ、あんた。一体何をしやがった」


 おそらくは魔法を打ち消す魔法。

 そんなもの見た事も聴いた事もない。それを意図も簡単に扱えるとなると、こいつも只者ではないか。


「……へぇ、面白そうじゃねえか。グランフィリア学園」

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