二話 旅路の果てに

「えっと……あの……すみません。この依頼クエストを受けたいのですが」


 ここはグランフィリア王国の中心にある王都から、更に遠く西方に位置する地域。

 中でも最大の人口と規模を誇る都市、ドリアスという街。

 訳あって国中を旅している私は、この街の冒険者ギルドで旅の資金を賄う事にしていた。


『はい、それでは依頼書と冒険者ランクの提示をお願いしますね』


 受付を担当してくれている女性に従い、左手首に身につけた腕輪を見せる。

 冒険者ギルドとは討伐から護衛、物資の調達や家事手伝いの仕事を斡旋してくれる施設。

 ちなみに私の冒険者ランクは最低ランクのⅠ。

 ランクは一〇段階に別れていて、最上位のランクⅩにもなると国内でも五人しかいないみたい。


『冒険者ランクⅠ、ローラ・アディールさん。……あら? この腕輪の紋章は……東方地域のギルドで登録されたんですか? 遠路はるばる旅をして来たんですね』


「はい。しばらくの間、こちらでお世話になりたいと思っています」


 この国は王都のある草原地帯の中央、紅葉地帯の東方、緑葉地帯の西方、荒野地帯の南方、雪原地帯の北方と、五つの地域に分けられている。

 西方地域に来る以前は北方地域の冒険者ギルドに身を置いていた。

 と言っても、北方の中でも南端にある街なんだけれど。

 そこで、ある情報を得る為に数日の間滞在していた時期があるんだ。

 自分の足で歩くのにはこの国は広すぎるから、最も情報が集まりやすい各地のギルドに足を運んでいるの。

 もちろん、生きる為に必要な資金も手に入るって理由もあるんだけれど。


『本日の依頼内容は迷子になった仔犬の捜索ですね。きっと街のどこかにいると思いますので、がんばって下さい』


「はい、ありがとうございます」


 依頼書に受理印を押してもらい、依頼クエストの受理を終えた。

 そして私は、依頼主に話を聴く為に早速ギルドを出る事にする。


『ねえ、ミーナ。今の子……本当に冒険者なの? あの身なり、まるでどこかの令嬢じゃない? 武器だって持ってなかったわよ』


『サラ先輩、おはようございます。……うーん、言われてみれば。……ドレスを着た冒険者なんて聞いた事もないですよね』


『『 ローラさんかぁ……気になる 』』


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「わっ……いつの間にか人がいっぱい。王都にも負けないくらい、すごい活気だね……」


 ここはラフレシアモールと呼ばれている街一番の大きな商店街。

 人混みを交わし、足早にそこを通り過ぎると、あっという間に依頼主の待つ大きなお屋敷の前に到着した。


 とても裕福な家柄なのかな。

 広いお庭に池が造られ、何一〇部屋もありそうな立派な邸宅。


 ぐぅぅぅ……。


「お腹空いたな。そうだ。報酬を貰ったら、ご飯にしよう」


 商店街の至るところから漂う料理の香りに釣られ、ついお腹の音が鳴ってしまった。

 依頼主さんの前じゃなくて本当に良かったね。


 チリーン、チリーン、チリーン。


 獅子の彫刻が彫られた呼び鈴を三度、小さく鳴らす。


『はーい!』


 明るい声と共に扉が開かれた。

 扉の先には色鮮やかな上着を羽織り、派手な装飾を施した若い男性の姿があった。

 爽やかな笑顔で優しそうな印象を感じさせる人。

 ほとんどの人が警戒を解いても平気なんだと、安心できると思う。


「あの、突然ですみません。ギルドより依頼を受けてきました」


『へえ、かわいいお嬢さんだね! 受けてくれてありがとう!』


「少しだけ、お話しをお訊きしてもいいですか?」


『もちろんだよ! 何でも訊いて!』


 半ば強引に手を握られる。

 気のせいなのか、引っ張られているようにさえ感じてとれてしまうほどに。


「あの……すみませんが。ワンちゃんのお名前と、最後に見た場所などを、教えていただけますか?」


『えっ? ああ……その話か。良いよ! とりあえず客間に案内するから。ささっ、入ってはいって!』


「えっ……あっ……」


 ぐっと手を引かれ、そのまま邸宅の中へと案内された。


『……へへっ、ビンゴ。依頼条件を女性限定にして正解だったぜ……』


 小さく何かを呟いた依頼人さん。

 本当にこの男性は他人に友好的な人なのかな。何か引っかかるものがある。

 それになんだか、迷子の仔犬を心配している雰囲気がしないような気が……。

 ううん、考えすぎだよね。


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 案内された私室には、大きなベッドに向かい合う二人掛けソファ。

 何だか生活感を感じられないお部屋だった。


『どうぞ! 遠慮せずそこに座ってね!』


「はい、失礼します」


 ソファに腰を下ろした私の隣に、寄り添うように座る依頼人さん。


『自己紹介が遅れたね! はじめまして! オレの名前はガストンだ!』


「ローラです」


 ニコニコと明るく微笑むガストンさんは、とにかく饒舌だった。

 両親が酒造業の経営者、過去に国一番の学校を卒業した事、二棟の別荘を持っているなど彼の話をたくさん語ってくれた。

 でも、肝心な依頼の話は簡潔だったけど。


 聴いた情報をまとめてみると、迷子の仔犬の名前は『チコ』ちゃん。

 トイプードルの女の子で三歳になったばかり。見失った場所はドリアスの郊外にある果実酒の保管倉庫らしい。


『━━と、まあ……依頼の話はこんなとこかな!それよりもさぁ、今からランチにでも……』


「わかりました。では、私は倉庫を軸に捜索をしてみます。情報提供、感謝いたします」


 彼の話を遮るように返事をする私。


『……そうかい! それじゃ、任せたよ!』


 依頼主のガストンさんは一瞬表情が曇ったように見えたけど、すぐに笑顔を取り戻した。


「ではまた、報告にあがりますね」


 スッと立ち上がり、軽く頭を下げてこの場を後にする。

 やっぱりこの人、何かおかしい。

 なぜだかそう思えてならなかった。


 ガチャン。


『……話は聴いてたろ? へへっ、予定どおりだな』


『あの冒険者の女、マジでかわいいじゃねえか。お前よく見つけたな』


『昨日、偶然街で見かけたんだよ。あの女、低ランクの腕輪だったしな。案の定、『迷子の仔犬』って依頼を出せば食い付くと思ったぜ。チョロいもんだ』


『んじゃ、一足先に先回りしてあの女も飼おうぜ』


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「ここがガストンさんの言ってた倉庫だよね。……なんだか……恐いところ」


 ドリアスの街はとても広く交易も盛んな為、そこかしこに人々の往来がある。

 とはいえ街外れともなると人の気配は無くなっていた。

 でも、それだけじゃない。

 この倉庫、本当にお酒の保管に使われているのだろうか。荷を運んだり積み下ろした形跡が見当たらない。普通なら人の足跡や荷馬車の轍などがあると思うんだけど。


 ギィィィィ。


「お邪魔します」


 倉庫には鍵がかかっておらず、手で押せばゆっくりと扉が開いた。

 窓もない薄暗い庫内を見渡す。

 やっぱり酒瓶も酒樽も備蓄はされていない。

 一体何に使う倉庫なのか。


「光の精霊ウィスプ、力を貸せ。照明魔法シャイン


 ポワッ。


 魔法を唱え、手のひらに光の玉を生み出す。

 私は中級魔法までなら多少は使えるんだ。

 人の身体に流れる血液と同じように、魔力も身体中を巡り回っている。

 その日の体調にも影響する魔力は、当然健全な身体にこそ多いみたい。個人の器量以上に魔力を消費しすぎると、疲労や脱力感を伴うんだって。

 更にひどくなると、目眩や意識混濁まで引き起こしてしまう。だから多用には注意しないと。


「あれは、地下室……なのかな」


 倉庫の奥まで足を運ぶと、うっすらと下りの階段が現れた。


「確か倉庫の周囲は、フェンスに囲まれてたよね。もし、チコちゃんがいるとしたら……」


 そう思い、手すりを伝いながら静かに階段を降りた。

 古びた階段は埃にまみれ、軋む音だけが鳴り響く。


 ギィィ。


 ギィィ。


 ギィィ。


『ひっ……もう……やめて下さい』


『お願い……家に帰して』


 突然、若い女性の震える声が聞こえた。


「えっ……誰か……いるんですか?」


 こんな人気のないところに、どうして人の声が……。

 慎重に進み、声の方へと近付く。

 そして明かりを照らすと。


『えっ……女の……人?』


『お願い! 助けて! 私たち、あの男に監禁されているのよ!』


 綺麗に整えられたパイプベッドの上には、衣服を無惨に破かれた姿の女性がいた。

 ……それも二人。歳は私よりも少し上くらいだろうか。二〇歳前後に見える。


「落ち着いて下さい。一体、何があったんですか?」


『あの酒造商の息子よ! あいつに襲われてここに監禁されているの!』


 よく見ると、彼女たちの手足には鉄の枷が嵌められている。鎖で繋いで逃げられないようにしてるんだ。

 人気のない場所で、何よりもここは地下室。

 どれだけ大声を出しても、きっと誰も助けには来ない。


『あなたも騙されているわ! 早く逃げないと!』


「わ、分かりました。まずは風魔法で、その鎖を断ちます」


『ありがとう。やっと……助かるのね』


 ひどく怯えた彼女たちを少しでも安心させる為、柔らかな笑顔を作る。

 光の玉をふわりと浮かせ、両手に魔力を収束させた。


「風の精霊シルフ、力を貸せ……」


 ヒュンッ! グサッ!


「うぅっ!」


 突然、何かが足に刺さった。

 身体中の力が抜け、埃まみれの床に膝を突いてしまう私。


『おーい! 人さまの玩具に何するつもりだぁ?』


 優越な表情を浮かべながら、コツコツと階段を降りてきたのは……。


「あなたは……依頼主の……」


 依頼主の男性、ガストンさんだった。

 その後ろには三人の仲間を引き連れている。


『へへっ! 麻痺毒が効いてきたみたいだな。どうだ? 意識が朦朧としてきただろう?』


「なぜ、こんな事を。何をするつもりですか?」


『決まってんだろ? そこの女たち同様、凌辱して飼い慣らしてやんのさぁ! 俺たちが飽きるまでなぁ! ぎゃははははぁ!!』


 高らかに笑うガストンさん。


『もう……いや……』


 捕われた二人の女性はガチガチと身体を震わせ、失禁していた。

 よほど辛い思いをしてきたに違いないんだ。

 何日……何週間……。彼女たちの身体を、心を踏みにじったこの人を……。


 私は、許さない!

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