第14話 昼ごはん

 木々のざわめきに想いを隠して幹人は鍋を取り出した。

「もうなんなんだよ、リリ姉ったらあんなこと言ってさあ!」


 かわいい男の子がいい……キミみたいなね


 その言葉がいつまでも何度でも頭の中を駆け巡る。その度に熱と得も言えぬ興奮を運んで、分かっていても覚めない夢のような心地をいつまでも与え続けて抜け出すことを許してはくれない。

――キミみたいなね

「ああ! なんで考えるんだよ俺!」

 頭を掻き乱す幹人の上ではリズが楽しそうな笑顔を浮かべながら落ち着かない心情に揺られていた。

「リズはどう思う? リリ姉ったら俺の事普通にからかってきてさあ」

 何も答えずただ楽しそうに幹人の頭に留まるだけ。

「そうだよね、人の考えなんてわかんないよね」

 自嘲を織り交ぜて、言葉をひねり出す。

「俺にもわかんないや」

 きっとリズには理解のできないことでそれはひとり言のようなものだろう。それでも構わなかった。落ち着きを取り戻して森の外れから汲んできた水を鍋に注ぎ込む。リリの元へと戻り、小麦粉を必死に練っているリリにひとつの頼みごとをする。

「じつは米が食べたいんだけど、ここじゃ採れないみたいだからそれちょっと借りていい?」

 リリは頷いて小麦を潰して粉にした幹人の知るそれよりも荒いものに少量の水をこねて作った生地を細かくちぎり始めた。水は随時汲んでいるが、リリが持ってきた分を取っておくことで後で少し楽になる、ただそれだけの理由で幹人は鍋に水を汲みに行ったのだろうか。リリにはどうにも違って映っていた。きっとなにかしらの感情的な理由、理由は分からなくてリリはそれに対する疑問を常に頭の片隅に密かに置き続けていた。理解できない考えの間に広がる空白は互いの距離を押し広げて、なにも分からせない。

 互いに分かり合えない心の靄を抱えながら続く昼食作り。幹人は小麦の塊をちぎってちぎってひたすらちぎって。細かな小麦粉の粒たちを茹でて、出来上がった小麦ライス。麦の香りが漂うそれを怪訝そうな表情でお迎えして一粒だけ口にする。

「流石に違和感あるなあ。食感は諦めだろうけどもう少し麦の香りをごまかして」

 ニンジンと肉を切り、トウガラシをつぶしてゆく。

 家から油の入った鉄の容器を取り出し注いでゆく。薪をくべて、肉とニンジンを加えて小麦ライスを炒め始めた。肉は食欲をそそる音を上げながら色を変え、小麦の香りは少しだけ香ばしくなってゆく。

 焼け具合を確認しながらトウガラシをまくように加えて出来上がったそれはチャーハンのようななにか。

「よし、できた」

 できたものを木の皿に分けてリズには焼けた肉を4枚与えた。

「幹人スゴいよ。これなに」

「日本のごはんが食べたくて似たものを作ってみた」

 思っていたものと違う。期待に届かず少しだけへこむ幹人に対してリリはその目を輝かせていた。初めて見るものに対して不安はありつつも好奇心は抑えられなくて、リリはチャーハンのようななにかを口へと運ぶ。

「うん、変わった食感でいいわ。美味しい」

「そっか、リリ姉が喜んでくれて嬉しいよ」

 幹人の目を見つめて、リリはとびきりの笑顔を咲かせた。

「食事って、こんなに楽しいものなのね」

 笑顔にあてられて幹人は身体中が熱されるような茹で上がるような感覚に満たされていた。

「違うね、多分幹人と一緒だからこんなに嬉しいんだろうね」

 想いの底で沸騰して踊る衝動を抑えるのに必死で、胸に手を当てて吸い込み切れない空気を無理やり吸い込んで。それでも肺の底まで空気が行き渡らないような物足りなさを感じて。

「こんなに温かいごはんは久しぶり、キミのおかげだよ、幹人」

 このままだと身がもたない、心臓がいくつあっても足りないような激しい脈は幹人の想いに正直な証。その想いを口にしようとするもどうにも出てこなくて、代わりにごはんを口にする。


 正直な想いは未だ伝えられないまま、ただそこに居座り続けていた。

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