589.元の記憶のロウビル〜ソビエッシュside

『アシュリーが母親だと思うのは、私達の思い過ごし。

だとするならチェリア家と関わる理由も、ありませんから』

『この手紙を見るまでは、儂もそう考えておった。

仮にアシュリーが王女の母親だとしても、今は何の権限も後ろ盾もない平民の側室扱い。

王女にとっては決して表に出したくない、公妾のような存在じゃろう。

王女は四大公爵家の1つであるアッシェ公爵家の、後ろ盾が確かなスリアーダ王妃から、手厚い待遇をされているのだからじゃとな』

『そうですね。

有名な話です。

だからこそ王女は噂通り、大した魔力がなくとも王族として傲慢に振る舞えている』

『今、お前は本当にそうだと思っておるのか?』


 シャローナにできた新たな記憶。


 盗み聞きをするシャローナは、ドアの向こうから聞こえる会話へ、必死に耳を傾けている。


 この会話から、ベルがアシュリーに関する何かを手紙にしたため、渡したのだとわかった。


 本来の記憶の中で、ベルもチェリア家からの謁見申請については、知っていた。


 そして恐らくベルがロウビルへ手紙を渡したのは、少なくともロウビルは娘のアシュリーを、20年近く探し続けていると感じたからだろう。


 私の記憶が歪んでも、歪んでいなくても、この部分は変わっていないらしい。


 私が持っていた本来の記憶なら、ロウビルはこの年の初夏に亡くなっている。

治水工事に就いていた流民達が、で自国へ帰国させた後だ。


 ベルの異母兄にして、戸籍上の父親であるオルバンス。

城へ登城した私は、オルバンスを視界に入れた。

その際、私は奴の記憶を視てしまった。


 ロウビルがオルバンスに、アシュリーの行方を直接尋ねていた光景から始まった。


 白を切るオルバンスに、業を煮やしたのだろう。

ロウビルは詰め寄り、言い放った。


 アシュリーを流民達と共に、この国から追い出したのか。

それ程までにアシュリーが疎ましかったのか。

お前はアシュリーを守ると言って、婚約したはずだ。

この大嘘つきめ。


 恐らくロウビルの中で、長年の恨みも累積していたはず。


 更に隣国へ恩を売った形のロベニアは、隣国にいつでも干渉できる立場となっていた。


 ロウビルがアシュリーを隣国へ追うのを止めても、いずれオルバンスはアシュリーの不在に勘づく。

そうなれば娘のアシュリーに、何か良くない影響を与えかねない。


 ロウビルはそう考慮して、わざと煽ったのだと思う。


 ロウビルの言葉にオルバンスが激昂したのは、ロウビルの狙い通りだったに違いない。


 ロウビルもまた、オルバンスがアシュリーへ、並々ならぬ執着を向けていた事を気づいていたのだろう。

オルバンスがアシュリーを諦めるなど、あり得ないと。


 ロウビルは知らなかっただろうが、ベルが長年アシュリーを匿ってきた小屋。

オルバンスはアシュリーがいなくなったと知るまで、小屋に入れずとも影を使い、常に監視させていた程だ。


 オルバンスの勘は、アシュリーに対して強く働いていた。


 だからロウビルの些細な言葉で、アシュリーがベルの小屋から、隣国リドゥールへ逃げたと察したに違いない。


 そして今視ている、シャローナに新らしくできた記憶の中の、ロウビルの発言。

ロウビルはベルの手紙を受け取った時点で、ベルが母親に向ける感情を、正しく理解していた?


 だからか?


 元々の記憶で垣間視ていた、ロウビルとオルバンスは揉み合いになった。

ロウビルは隠していた短剣を懐からだし、オルバンスに短剣を握らせ、自分の心臓を刺させた。

心臓から流れる自分の血で、オルバンスに制約の魔法をかける為に。


【自分の血を色濃く引き継ぐ者達へ、決して関わらず、害も与えるな】


 自らの意志で己の心臓から流れる血を、直接注ぐ相手にだけ制約を与える魔法だ。

恐らくこの制約は自分の子、良くて孫という、有効範囲の狭い血縁者を守る魔法だ。


 しかも限られた条件下でしか使えない。

それ故に効果は絶対となる。


 以降、オルバンスはアシュリーを探さず、チェリア家にも手を出していない。


『……誇張されているとは思います。

シャローナは、噂のように傲慢な方ではないと言っていましたから』


 ああ、私にとって大切な記憶が薄らいだのは、このせいだったのか。

シャローナの記憶が進むにつれ、察し始める。

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