586.金の花冠〜ミハイルside

「その必要はない」

「アヴォイド?」

「ヴェヌシスは今でも我ら聖獣の主。

ここ、ロベニア国で主の血を引く子供が自ら命を絶つ事を許せるはずがない」

「しかし……」

「それに戦乱の世が明けて、まだ一代も王が変わっておらぬ。

平和の象徴とも呼ばれるロベニア王家が、こんな終わりを迎えれば、どうなると思う?」

「……また、戦乱の世となってしまう?」

「そうだ。

昔のヒュシスのように攫われ、売られ、人としての尊厳すらも踏みにじられる子供が、また多く出るだろう」

「それは……」

「そなたに、これから生まれるヴェヌシスの子孫達に、我の命を削って作る、特別な祝福名を授け続けよう。

もしヴェヌシスが復活し、肉体欲しさに自らの子孫の体内へ入りこもうとしても、我の祝福を生まれながらに魂に受けておけば、無垢な子供の内ならば入りこむ事はできぬ。

体と魂が魔法呪へと堕ちぬ限り、そして堕ちたとて祝福が阻害して時間がかかるだろう」

「完全に魔法呪となる前に……王として廃除する時間を稼げるのですね」

「そうだ。

王となる者に引き継げ。

だが、もうヴェヌシスの血筋同士で殺し合われるのはたくさんだ。

見極める時間がある内は、解呪に努めよ」

「慈悲に感謝します」

「ただし分け与えるにも、我の命がどこまで続くかわからぬ。

それまでに魔石に封じられたヴェヌシスの異なる力が、魂と共に消失すれば良いのだが……唯人としてのヒュシスの魂と魔力の方が、先に尽きる。

そうなればヴェヌシスが復活してしまう。

異なる力へと変質したとは言え、ヴェヌシスは今、魔力によって存続している状態。

ヒュシスもまた同じ状態で存続している。

故にヴェヌシスの名を、ロベニア国から消すのだ。

そしてヒュシスを祀り、信仰する神殿を作り、その名を国教として広めよ」

「そうすれば、父上の復活を防ぐ事ができるのですか?」

「そうだ。

数多ある世界の中でも、この世界は人々の意志と想像が具現化する世界なのだ」

「数多ある……世界?」

「我の力は魂に干渉できる。

そのせいか、あらゆる世界の魂が紡ぐ夢を垣間見る事もできる。

だから世界は無数にあると気づいた。

堕ちたヴェヌシスを封じるヒュシスの魔法は、ヒュシスを神として信仰する事で、我が干渉できずともヴェヌシスとの力の差を埋め、封じ続けてくれよう」

「ですが私の中には、父上の力が入りこんでいます。

今も憎い、恨めしいと私に囁く。

私が父上の力に意識を乗っ取られる前に、乗っ取られずとも、何か悪い影響が私の子や孫に引き継がれる前に、私は命を絶つべきでは……」

「言ったはず。

この国はまだ危うい。

そして神殿や国教を作って悪魔の降臨を防ぐなら、そなたに王となってもらう方が好都合なのだ」

「ですが四大公爵家の当主達と、後ろ盾のない未成年の私がまともに渡り合えるとは……」

「もう時間がない」


 王子の言葉を遮ったアヴォイドの光が弱まる。


「まずはそなたに祝福の名を与える。

そうすれば、子に引き継がれる事はない。

シス。

カランド=シス=ロベニアと名乗るが良い。

お前の力と我の力を引き出すのに、祝福花を。

この花を具現化させ、現存する3体の聖獣達に触れさせよ。

聖獣と、誓約という形で聖獣に繋がる当主達の記憶が、そなたに都合が良いものへと改ざんされる」

「改ざん」

「そうして、そなたは聖獣の王となる。

我の魂とヴェヌシスの血を結ぶ始まりの祝福花だけは、ヴェヌシスがヒュシスに贈った花にさせてくれ」


 幾つかのアイリスが幼い王子、カランドの頭上に現れて花冠となった。

花の色は、ヴェヌシスとヒュシスの瞳にある金色。


 カランドの頭に花冠が触れると、そのまま溶け入るように消え、カランドの髪が銀色に輝いた。


※※※※

「ヒュシス教の起源が……あんな悲劇的な……」


 ヒュシスは最期に何を思っていたのか。


 それにしても……ヴェヌシスはジャビなのか?

だとすれば、いつ封印が解けた?

どうやって……自然に?


 この時代の神殿を目の当たりにすれば、腐敗しつつあったのがわかる。


 恐らくヒュシスへの信仰心が疎かになっているのは間違いない。


 神殿を造り、国教とした2代目ロベニア国王カランド。

ヴェヌシスと違い、その名は後世に残っている。

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