569.満月前日の日中

「ベルジャンヌ様!」


 肩の上にいたキャスがフッと消えたと思ったら、聞き覚えのある声。

同時に馬が駆けてくる音もする。


 今日は明日の満月を控えた

僅かな期待をしながら振り向けば、予想通りシャローナロナが馬に乗っていた。


「ベル、やはり神殿にいなかったのか」


 予想外なのは、ロナの後ろで馬に跨っていたのがソビエッシュエッシュだった事。


 チェリア家当主はいないらしい。


 私の印章で封蝋をした手紙は、無事にチェリア家当主へと届いたはずだけど……。


 届けたのはキャスではなく、ラグォンドル。

キャスには頼めない。

キャスの力を私的に使うと、国王との誓約に引っ掛かる。

チェリア家へ送った手紙が、国王にバレかねない。


 思っていたより早く、私の母親、アシュリーを王家から逃がしてやれそうだ。

ミハイル達がいたお陰だね。


 その為にも、できるだけ長く国王の目を欺き続ける必要がある。

更に、国王が考える裏をかかなければいけない。


 それだけ国王は、アシュリーに執着している。

エッシュは何となくわかるって言ってたけど、私には良くわからない。


 自分勝手な馬鹿男って言ったキャスの言葉の方が、しっくりくるんだけどな。


 チェリア家当主は今夜、神殿に来るだろうか?


 もしアシュリーを取り返したいなら、隣国へチェリア一家全員を亡命させる方が一番安全だ。


 でも侯爵から伯爵になったとは言え、貴族の立場を捨てられるかな?

……他の人達はともかく、ミルローザロナの姉がいるから無理だろうな。


 領民の事なら心配いらない。

むしろチェリア家が手を引いた方が良い。


 チェリア家の領収が長年減っているのは、先代と今代の国王に頼まれたニルティ家のせいだ。

契約してる聖獣ドラゴレナを使って、作物を不作にしてる。

ドラゴレナは元々魔獣アルラウネで、土属性の魔力を持つ。

作物の成長をギリギリ伯爵家を維持できる程度に、阻害してる。


 全てはチェリア家に行方不明となったアシュリーを探させず、行方不明の理由を知っても、口外させない為の措置だろう。


 もう1つの案は、アシュリーが隣国へ渡ったように見せかける事。


 1番良いのは、チェリア家現当主がロナの父親に代を譲って、アシュリーと親子2人で辺境辺りの土地で静かに慎ましく生きる事。


 アシュリーが平民として独りで生きられるなら、とっくにどうとでもなっていた。

けど高位貴族の令嬢として育ったし、精神的に不安定だから難しい。


 でもアシュリーが表舞台から消えて、約20年。

ロナだけでなく、私の祖父でもあるチェリア家当主の現在の考えがわからない。


 ただ少なくとも、彼は私と会おうとはしていたみたいだ。

全部国王とスリアーダが握り潰していたけど。


 私も命令が多すぎて、これ以上守る人間を増やせずにいたから、あえて接触しなかった。


 彼がいつ自分の娘アシュリーの生存に気づいたのかは、正直わからない。


 ただ決定的になったのは、ロナと私の入学式。

私の外見が、公に知れ渡ったタイミングだった。


 でも私とロナが初めて出会ったのは、実は何年も前。

過去1番の魔力暴走を起こした後。

亜空間収納から出た時だった。


 あの時は、亜空間収納の出口座標が狂ってしまった。

体も疲れ切っていたから、すぐに帰る気にもなれなくて、今見えてる、あそこの木陰で転がって眠った。


 貧民街の治安は悪いけど、暴漢ならキャスの眷族が防いでくれるし、スリなら盗る物はない。

服を剥がされるくらいで、城で寝るより安全だと思って寝た。


『死んじゃ駄目!』


 何を勘違いしたのかな。

貧民用の炊き出しに参加してたロナは、そう言って私の頬を無駄に叩いて起こした。


『ほら!

コレ食べて!

飲みこんで!』

『……』


 更にパンを私の口にねじこもうとしたロナを、寝ぼけた私はスリアーダの仕向けた暗殺者と勘違いした。


『へ?

いたたたたた!』


 ロナを地面に転がして押さえつけ、踏んづけながら落ちたパンをかじった。


 以来、私は暇を見つけて貧民街や、その近くに住む子供に文字を教えるようになった。

もちろん身分を隠し、髪と瞳の色は変えている。


 本来の私の姿から、ロナは何か察したんだろう。

初対面の時、王家の特徴である髪の銀はローブで隠していただけだったから。


 常に敬語を使うロナも時々、手伝いだと言って混ざった。

貧民街近くの平民も混ざるようになって、治安がマシな場所にたまり場を移して教えていたら、私の行動を瞳の力で察したエッシュも混ざった。


 ロナが血縁上の従姉妹だというのは、すぐに気づいた。

ロナの髪色はアシュリーの兄父親譲りだし、金環を除けば私と同じ瞳の色だったから。

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