570.盗み聞き
「ベルジャンヌ様、ごめんなさい。
お祖父様は……」
馬から1人で降りたロナ。
その申し訳なげな表情で、チェリア家当主は娘のアシュリーを手放すと決めたのだろうと悟る。
ロナに言伝でも頼んだのかな?
「来ないとチェリア伯爵が直接言ったの?」
「いえ、夜中にお祖父様とお父様が話しているのを……」
なるほど。
ロナの独断か。
つまりロナは現当主と次期当主の会話を盗み聞きした?
「途中から、お姉様が来てしまって……だから……」
どうやら間が悪く、盗み聞きは
「お姉様は叔母様を見つけたから迎えに行くという、お祖父様達の会話に割って入ってしまって」
きっと乱入したんだろうな。
ロナの姉は感情の起伏が激し……いや、豊かな方だから。
「お姉様はチェリア家が没落しかけているのが、全てアシュリー叔母様のせいだと思っているから……」
結局、ロナ姉妹は、どこまで知ったんだろう?
少なくとも今まで、私がロナ姉妹と血縁上では従姉妹だったと知らなかったはず。
「チェリア嬢。
ベルにちゃんとした説明をするんだ」
馬を木にくくりつけたエッシュが、ロナに補足説明を促す。
そもそもエッシュは、どうしてロナと一緒に?
馬で駆けて来るなら、それなりに目立ったと思う。
国王は私とエッシュの婚約を認める代わりに、私達が表立って2人で会う事を禁じている。
もちろん学園でも。
エッシュが私の婚約者となる事で、私がロブール公爵家の後ろ盾を得たように思われる事がないように。
そう釘を刺していた。
私の魔力量もさる事ながら、聖獣キャスケットと契約している。
王族としての権力が、エビアスから私へ分散する事を防ぎたいんだろうな。
魔力量も聖獣契約も、国王は誓約魔法まで使って秘密にしつつ、制限もかけているのに、安心できないらしい。
もちろん国王だけでなく、スリアーダもそうみたいだ。
だから私とエッシュの不仲説を、噂として積極的に流してもいる。
エッシュの父親であるロブール公爵は……静観状態?
ロブール家の特徴かな?
国政にも領地経営にも興味がなく、だから何かに執着する事なく、淡々と公爵業務をこなしているように見える。
「は、はい。
お姉様は、ベルジャンヌ様が叔母様を偶然見つけて知らせたと思っています。
叔母様を再び邸に迎えるのは反対だと」
「ロナは何を聞いたの?」
「私は……その……」
チラリとエッシュの顔色を窺う。
「チェリア嬢は、ベルと自分の関係を知ったみたいだ」
「な、何で……」
あ、エッシュが瞳の力を使ったな。
ロナはエッシュにも、私達の関係を教えていなかったみたいだ。
ホッとする。
そして、どうして私は今、ホッとしたんだろうかと内心首を傾げた。
ロナが身の丈に合った情報管理ができているとわかったからかな?
それとも私の情報を平気で売ったり洩らしたりするような、他の人達みたいな事をしなかったから?
「ベル。
残念だけど、口封じしよう」
「そんな?!」
エッシュの短絡的な言葉に、ロナが狼狽える。
エッシュの顔つきを見るに、本気だね?
「エッシュ、私はそういうのを望まないよ。
ロナが私の暗殺をするなら話は変わるけど」
「あ、暗殺?!
そんなのしません!」
エッシュに続き、私の言葉にもロナはギョッとする。
普通の貴族令嬢は、暗殺とは無縁だからかな?
「庇うのは、血縁だから?
それとも……何か想い入れでもある?」
「んー……エッシュ、面倒臭い。
想い入れとか、よくわからないな。
何を意図して、そんな事を聞くの?」
「……ベル、私はベルの婚約者だよ?」
「うん?
そうだよ?
そもそも、どうしてエッシュまで来たのかな?
何かあったのなら、手短に話して。
今は色々と忙しい」
エッシュの遠回しな言い方に、今度こそ首を傾げながら取り止めのない会話を切り上げるべく、要件を尋ねる。
「……やっぱり私達の婚姻をもっと早めて、ベルを隔離して……チッ、国のトップが邪魔だ……」
「エッシュ?
ブツブツ言うだけなら、次のお茶会で聞く……」
「あの!
お姉様がエビアス王太子に、告げ口してしまったんです!」
私の言葉を遮って、ロナが叫んだ。
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