568.満月〜ミハイルside
「だが、あと少し待ってくれ。
せめて今熱が出ている奴らの熱が引いてから……」
熱が出ている者がいるのは確かだが、毒の症状ではない。
この時期に流行りがちな病で、今は俺達が管理しているから重症化もなく、日にち薬ではある。
もちろん流民達の大半は病み上がりだから、油断するわけにはいかないが……。
「リャイェン。
今なら紛争は止められる。
それに薬とエナDの製法は、リャイェンも覚えたよね」
「王女の言う通り、回復した者から魔石に魔力を籠める方法は教えてある」
俺の知る未来で起こる隣国の紛争後の最悪と、それを回避しようとする王女の意図に気づいて発言する。
「それなら自国へ戻った時、自分達で薬もエナDも作れる。
物への魔力補填がどちらの精製にも必要だから、これだけは君達流民に覚えてもらう必要があったけど、1週間で随分進んだみたいで良かったよ。
もし薬の製法をロベニア国が主張するなら、そっちは手放せば良い。
スノーフレークの輸出に税を掛け、ロベニア国に返すと言うんだ。
魔植物のスノーフレークは君達の国にしか咲かないから、ロベニア国が必要だと判断すれば買う。
エナDの味はともかく効果は確かだから、こっちは必ず君達の国で特産物にできる。
だからエナDの利権と魔植物のスノーフレークの輸出権利だけ、自国で死守すれば良い。
国元に残る部族は数が減ったし、ここにいる部族は三大部族が入り乱れてる。
だからここにいる君達が率先して動き、経済を安定させれば紛争は直に落ち着くし、そうしないと君達には未来がないから頑張るしかないね」
「だが……何か確約が欲しい。
悪いが、ロベニア国を信用できない。
ベルの事は信用してるが、ベルがこの国の王女である事に変わりはねえ。
すまねえ」
ああ、そうか。
流民と蔑まれたリャイェン達は、無事に自国へ帰れるのかも不安なのだろう。
王女自身、王族としての立場が無いに等しい。
世話になっておいて、恩を与えられておいてと思わないわけではない。
しかし自分だけでなく、他の流民を統率するリャイェンの立場も理解できる。
「うん、だから最初に頼みがあるって言ってたんだ。
ある人と、もうじき孵化する卵をリャイェンの国に連れてって欲しい。
それからミハイルとラルフも、リャイェン達が自国に戻るまでついて行ってくれないかな?
私に君達2人の意志を無視する権限はないから、こっちは完全にお願いになるんだけど」
「ある人とは?」
ラルフが尋ねる。
話の流れからして、ある意味で王女がリャイェンに差し出す人質のような存在でなければならないが……。
「秘密。
言えば君達は全員、無関係でいられなくなる。
けれどその人も卵も、ロベニア国を牽制する材料になる」
王女の言う卵に、ふと思い当たる。
もしや聖獣ピヴィエラが生み、王女に託した……。
「リャイェンに引き渡す前に、その人の記憶を封じる。
だから政治的に利用する事はできない。
けど君達と共に存在するだけで牽制できるよ」
「それを信じろと?」
「当日に顔を見れば、きっと誰かわかる。
けどそうだね。
今は信じろとしか言えない。
ああ、魔法誓約をしようか」
リャイェンは王女の顔をじっと見て、首を振る。
「いい。
信じるさ」
「そう。
その人には、できるだけ良くしてあげて欲しい。
なるべく悪意に曝さずに……」
「ベルにとって大事な人なのか?」
リャイェンが尋ねるが、王女は首を傾げる。
「どうだろう?
気の毒な人だとは思うし、何となく守っているけど……良くわからない」
不意に王女の顔が違う誰かに、いや、俺がチェリア邸で見た少女の面影が重なって視えた。
まさか……母親か?
「王女は……それで良いのか?」
思わず尋ねる。
側室の存在は史実として事実だ。
しかし側室は亡くなったとされているものの、時期や死因は明確にされていない。
「うん。
私の側にいれば、いつか死なせてしまう。
嫌な予感がするんだ。
魔法師の勘は当たりやすい。
迎えが来ないかと思っていたけど、もう来ないと思うから」
ああ、やはり王女は母親を匿い、手放すつもりなのか。
チェリア邸に迎えが欲しいと書かれた手紙はあった。
リャイェンと初めて顔を合わせた部屋で、王女の殺意に触れる原因となった手紙。
どちらも白いリコリスの封蝋があり、きっと中の手紙は同じもの。
【チェリア伯
貴公の娘は存命。
月満ちる日、教会に集う流民の中に紛れる。
娘も迎えも、流行病から必ず守る。
保護して欲しい。】
窓の外に浮かぶ満月を見やる。
もうずっと、ここへ訪ねて来る者はいない。
この時代のチェリア当主であり、王女の祖父に当たる人物は、
「卵の事も手元に置いて、私に託した者と交わした約束を守りたい。
こっちは私にとって恩がある者だから、本当にそう思ってる。
けど今を逃せば、良くて片方、悪ければ両方を死なせてしまう可能性が高くなる。
きっと私は、いつか守りきれない事態に陥るから。
そんな気がするんだ」
どこか確信したような王女の言葉に、俺、レジルス、ラルフは言葉を失くす。
王女の死期を知っているから。
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