561.悪魔の復活〜レジルスside
「ならばエビアスには、側室としてチェリア家の令嬢を娶らせるわ」
普段の王妃らしい物言いとは違い、砕けた言葉を使うスリアーダ。
こちらが素なのか?
それにしても既に没落しかけとは言え、伯爵令嬢を物のように扱うとは。
チェリア家の令嬢には、2人の姉妹がいる。
どちらを選ぶつもりだ?
「では、これで花の精製は終いにしよう」
すると、しゃがれた声が終わりを告げた。
花の精製?
もしや王女の言っていたスノーフレークは、壁の向こうにあるのか?
城の隠し部屋で行うような事だ。
碌でもない事だとは、容易に察せられる。
王女から詳しくは聞いていない。
まあ、今の俺は犬だから仕方ない。
ただ王女が俺に説明した、隠し部屋がありそうな場所。
そして直接目にした流行病と、流民達が居を構えていた貧民街。
もし王女が所望した花と、男が告げた精製に使う花が同一だったなら。
流行病の原因を、スノーフレークがもたらした?
「いいえ。
エビアスの魔力を許容する器を、大きくしてちょうだい」
「ほう?」
俺の思考に気づくはずもなく、次なる要望を出したスリアーダ。
さも当然だと言わんばかりの言葉。
だが男は気を悪くするでもなく、むしろ面白がるような声を出す。
「……やはり器を大きくする方法は、あるのね」
壁に阻まれ、向こう側を見られない俺と違い、スリアーダは男の顔色から結論を導き出したのだろう。
声には、どこか確信めいた響きがある。
だが、そもそも魔力を増やす方法など聞いた事がない。
花を精製して作るのは、毒ではないのか?
魔力を増やす……薬?
いや、待てよ?
在りし日の、魔法呪になりかけた自分を思い出す。
何年にも渡り、俺は魔法呪となるべく姿形を異形へと変えていった。
体は軋み、激痛が走り続け、精神を蝕まれながら。
だが、それだけではない。
俺の魔力が強制的に大きく消費され、何度も魔力枯渇を引き起こし、殺してくれと思う程の苦痛を味わっていた。
そろそろ最期が来る。
俺は自我を失い、異形の何かに変わるのだ。
そう覚悟した時、まだ幼かった公女に助けられた。
城に帰還を許された俺は療養後、ある事に気づく。
元々俺の魔力は、歴代の王族と同程度。
なのにあり得ない程、増えていた。
当時の俺は10才未満。
過去に増えた事例は幾つもある。
たまたまだろうと結論付けた。
だが、もしかすると……そうだ、王女。
犬になった俺と王女が出会ったのは、王女が10才いかないくらいの時。
以降、現在に至るまで一つ屋根の下で過ごしてきた。
出会った頃から、尋常ではない魔力量を保持する王女。
だが出会ってから今も、王女の魔力量は少しずつ増えている。
もしや魔力量は、10才を過ぎても増やせる?
それも魔力枯渇が引き金ではないのか?
だとしても壁向こうでされた魔力を増やす方法とは、どれも違う。
他人の魔力を奪うか、花を精製して得られた何かで増やす方法のみ。
「あるぞ。
お前も薄々、察していたのだろう?
だから少し前、教皇に会いに行ったんじゃないのか?」
「歴代国王の中でも、魔力が少なかった先代国王。
まだアシュリーが陛下の婚約者だった頃よ。
ある日、神殿で祈祷している最中に倒れ、目覚めると魔力が増えていたわ。
あの時、偶然見つけた神殿の祈祷室への抜け道を使い、私も祈祷室にいた。
ジャビ。
お前が先代国王の体に入りこむ瞬間を、私は見ていたわ」
ジャビ、だと?!
このしゃがれた声の主が?!
いや、確かに聞き覚えがある……そうだ。
薄赤い結界が張られだ学園から脱出した後。
公女が転移してきて、ジャビと話していた時に聞いた声。
あの時の声と、壁の向こうの声は同じ男の声だ!
「あはは!
俺も気づいていたさ!
お前は婚姻間近のアシュリーに嫉妬し、1人で祈祷していた先代国王へ婚約者の挿げ替えを願っていた!
拒まれて激昂したお前は、先代国王を突き飛ばした。
偶然だった。
突き飛ばされた国王は、俺が封じられていたヒュシス像に当たり、像が壊れて俺を解放した!
全てはお前のお陰だよ!
もっともお前は、黒い靄となった俺に絡みつかれる先代国王を見捨てて、逃げたがな!
あはははは!」
感情的なジャビの高笑いに、俺は唖然とした。
ジャビを、悪魔を世に放ったのはスリアーダだったのか!
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