560.壁向こう〜レジルスside

「そろそろ引き際だ」


 しゃがれた男の声がして、王城ないの通路を走る。


 ここは犬1匹がギリギリ通れるくらい狭い。

有事の際、王族の子供が追手から逃れる事を想定し、作られた隠し通路だ。


 男との距離はままあるらしく、犬耳でなければ聞こえなかっただろう。


「まだよ」


 今度は不機嫌な女の声。

少しずつハッキリと耳に届き始めた。


「他人の魔力を奪ったところで、器が許容できる魔力量には限りがある。

お前の息子はそれが限界だ」

「いいえ。

四大公爵家直系の私と、陛下の息子よ。

父親が歴代の国王としては、魔力量が少なかった先代国王。

母親のアシュリーに至っては、ただの公爵家よりも血筋が劣る侯爵令嬢。

そんな2人を両親に持つベルジャンヌより、私の息子であるエビアスの器が矮小だなんて認めない」


 壁1枚の距離まで近づけば、女の声がスリアーダだと識別できてしまう。


 王女が言った通りだ。

スリアーダが隠し部屋で何かしている。


 カチャカチャと音が鳴るのは、ガラスや陶器製の器具を使っているからか?

茶を嗜んでいる音ではない。


 初めて聞こえた時より器具が刻む音が、心なしか速くなっている。

スリアーダの声感からも感じるが、苛立ちから手を動かすのが無意識に速まっているのだろう。


 スリアーダ達がいる部屋は、確か俺が幼い頃に見つけた隠し部屋だ。


 遠い未来、形だけの国王となったエビアスから、俺父親に王位が攘夷された後、王城は1度大きく改装している。


 代々引き継がれていた隠し部屋は潰され、隠し通路や隠し部屋は一新された。


 だが改修の際、見つからなかった隠し部屋や隠し通路もある。


 特に体格の小さな子供しか通れないような通路は見つかりにくかったのだろう。


 幼少期に人目を忍び、王城内を心の赴くままに探索していた。


 まさか当時の遊び心が、こうして活かされるとは。


 お陰で俺の想い人、ラビアンジェ=ロブール公女が、初めてにしたお願いを叶えられるかもしれない。


『王族の末端王女ではわからなかった。

けれど教皇の立場だからこそ、解ける謎もあるはずよ』

『あなたは、今のあなただからできる事をしてちょうだい。

王族もそうよ。

王族にしかできない事をなさいな』


 教皇に向けた言葉と見せかけて、実は俺に向けたお願いだ。

誰が何と言おうが、そうに決まっている。


 もちろん俺は、全力で叶える!


 まるで王女として過ごした事があるかのような物言いに、公女はベルジャンヌ王女の生まれ変わりだと確信した。


 教会の地下で教皇の記憶を覗いたミハイルから、ベルジャンヌ王女がキャスケットへ遺した言葉を聞いている。


 それが、いつかロベニア国へ戻ってくるから待っていろ、というもの。


 王女は決して嘘を吐かない。

限りなく短い真実を口にしたり、どうとでも取れる言葉で煙に巻く事はあるが、嘘だけは吐かない。


 何年も共に過ごせば、王女の人と為りはわかる。


 まして自分の死に際、特別な関係を築いてきたキャスケットへ遺す言葉が、その場しのぎであるはずがない。


 公女の瞳に映える金環。

何より……ラビアンジェ=イェビナ=ロベニア。


 公女が聖獣と関わる際に名乗った名に含まれた、イェビナという祝福名。

王族でもない公女。

その上、ベルジャンヌ王女と同じ祝福名。


 あらゆる教養や義務から逃亡する公女が、知るはずのない古代魔法。


 王女と同じくぶっ飛んだ理論で作る、魔法具の数々。


 ちなみに王女も時折、魔法具を爆散させている。


 壊滅的、んんっ。

天才的頭脳により描かれる個性が際立つ絵。


 ちなみに首輪に落書き、んんっ。

俺の似顔絵を描いてくれたのは王女だ。


 何がどうしたら、そうなるのかわからないネーミングセンス。


 ちなみに俺の愛称、ポチの由来はまだ聞けていない。


 ベルジャンヌ王女ラビアンジェ公女へと転生したと考えれば、全てしっくりくる。


「何度も教えてやっただろう。

ベルジャンヌの母親の血が特別なんだ」

「チェリア家の始祖が、初代国王の生き別れた双子の姉だった?」

「そうだ。

チェリア家はヒュシスの血が、今なお色濃く引き継がれている」


 ……ん?

ヒュシス?


 聴力の良い犬耳なのに、俺は思わず犬耳を壁へ押し当てた。




※※後書き※※

いつもご覧いただき、ありがとうございます。


ラビアンジェがリリと王族に向けた言葉はNo.486にあります。

もちろんラビアンジェはレジルスだけにお願いしてません。

レジルスの妄想勘違いです。

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