559.王女の肖像画と魔植物〜レジルスside

「ポチ」

「ワン!」


 俺はポチ。

人間名をレジルス。


 王女に愛称で呼ばれた俺は、喜び勇んで王女の元へ走る。


 勇みすぎて、うっかりと、ついうっかりと道中のぶりっ子未来の教皇リリの背中を、四つ足で踏み台にジャンプした。


 王女の目の前へ、秒で移動する。


 俺の時代の知る教皇は、初老に見えない中年男。

だがこの時代のリリは幼女に擬態しているからか、ひょろっこい。


「ふぐっ」


 蛙が潰れたようなリリの声が後ろで聞こえた。


 まあ良いだろう。

何せ俺は今、犬。

多少の暴挙に及んでも、攻撃力など高が知れている。


「ポチ!」


 擬態幼女が怒りの声を上げても、知らん!


 性別も中身も、王女を狙う野獣だ!


「ポチ……」


 離れた場所で豚骨風スープを器によそうラルフが、何か言いたげに俺の名前を呟いても、知らん!


「ポチ、お使いをお願いできる?」

「ワン!」

(王女よ、もちろんだ!)


 王女の目の前で、ゴロンと腹を見せたい衝動に駆られる。


 だが俺は人間。

犬の構造上の諸事情から、一線だけは越えられないと踏みとどまる。


 尻尾が勝手にブンブンと振れるも、下腹部は見せないようにして地面に伏せをする。


「ありがとう」


 俺の意図は、全力のボディランゲージで王女につたわったようだ。

眦を極々僅か、気持ち程度に下げた王女は、かがんで礼を言いながら、俺の頭と顎を擦ってくれる。


 俺に向かい、王女なりに微笑んでくれているに違いない。


 王女が表立って優しげな表情へと崩すのは、残念ながら未来のロブール夫人、シャローナを見かけた時くらいだ。


 もっとも他に人がいると、王女は決して笑わないが。


 俺は犬だからな。

人にカウントされないらしく、何度か人知れず微笑む王女を目にした。


 微笑んだ王女は、ある肖像画の姿へと成長しつつある。


 幼い俺が魔法呪になりかけた際、一時的に隔離された城の離宮。

その一室の壁に隠されていた、小さな紙に描かれた姿に。


 蠱毒の箱庭で初めて王女を見た時よりも、姿がずっと近づいた。


 つまり……王女の死期が近い。


 俺は王女の死を防ぐつもりだ。


 猫と子兎だったミハイルとラルフ共々、地下牢にいた時に現れた初老の男。


 あの男が俺達に手をかざした際、本能的に王女と離されると思った。


 あの男が放った光から逃れた瞬間、光に飲まれるように猫も子兎も初老の男も消えていた。


 それにしても王女の肖像画を描いたのは、誰なのだろう?


 てっきりこの時代の国王曽祖父だと思っていた俺は、この時代にきたからこそ勘違いに気づいた。


 曽祖父が王女の肖像画を描くはずがない。


 そう確信するほど曽祖父は王女を忌み、憎んでいる。


 曽祖父はスリアーダのように、直接鞭打って王女を傷つける事はしない。


 ただ頻繁に、相当量の魔力を消費する魔法を使うような無理難題を命令し、魔力枯渇という地獄の苦しみを味あわせて殺そうとしている。


 自分の契約聖獣であるキャスケットに、王女が助力を求める事は許されていない。

聖獣の力に決して頼るなと、曽祖父が王女の真名に命じているからだ。


 曽祖父は自ら手を下す事はせず、言外に死ねと告げて長年に渡り実行してきた。


 今でこそ、王女には契約したラグォンドルがいる。

いざとなれば魔力補填をしてもらえる。

この事は俺、キャスケット、リリしか知らない。


 曽祖父が知れば、どんな暴挙に出るかわかりきっているからだ。


 ラグォンドルは契約して比較的すぐ、王女に信頼を寄せるようになり、聖獣としての力も1年程で安定させた。

王女の体も、昔より楽になっただろう。


 だが、それは結果論だ。


 王族の祝福名と、自ら定めた王族印に使う花祝福花

まさか歴代の国王達が、王族を縛る隷属のような契約に使われていたとはな。


 俺にも祝福名と祝福花は存在する。

しかし俺の時代には、祝福名を肉親にすら他言しない。


 他言しようにも、本能的に忌避する。

祝福名を与える聖獣が危険だと、決して教えるなと、魂に干渉して激しい警告を受けるからだ。


 その聖獣の名は、少なくとも俺の時代にも伝わっていなかった。


 だが聖獣ピヴィエラが最期の時に口にした、アヴォイドという名がそうなのだろう。


 名を聞いた直後は、正直ピンと来なかった。

王女がキャスケットと話すのを聞いて、名もなき聖獣の名だと察した。


「ポチ、おいで」


 そう言って立ち上がった王女の後に続いて、人気のない場所へ移動する。


「今から君を私の離宮に転移させる。

スリアーダが隠れて何かしそうな隠し部屋を見つけて。

隠し部屋は地下の排水用通路の内、貧民街まで流れる川に繋がっている通路の近くにあるはずだ。

この花の形を覚えて」


 説明する王女は幻影魔法を使う。


「スノーフレーク。

普通の植物じゃないよ。

球根に魔力の宿った魔植物の方のスノーフレークを、1輪で良いから持ち帰って」


 王女の手の平に、鈴蘭に良く似た植物が投影される。

下向きの小花は白く、花弁の縁には緑の斑点がポツンと1つあった。





※※後書き※※

いつもご覧いただき、ありがとうございます。

レジルスがベルジャンヌの肖像画を見つけた経緯はNo.269、No.270に。

よろしければ、ご覧下さい。

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