555.パズルのピースがはまる〜ミハイルside

「今まで私を暗殺しようとした刺客なら、殺した事もあるよ。

暗殺しろと命じられた事はないし、それはしない。

聖獣ピヴィエラからも、弱い者虐めはするなと言われてる。

刺客に関しては、いつも私の魔力が枯渇した時を見計らって来るんだ。

だから弱い者虐めにならないと判断して、何度か直接的に手を下してる。

最近は魔力を枯渇させてないから、殺してないかな」


 もしやの問いに、王女は淡々と答えを返す。

そこには何の感情もない。

良いも悪いも判断していないのか、そもそも人を殺す事に善悪の区別を設けていないのか……。


 少なくとも聖獣ピヴィエラは、強大な魔力を持つ王女に最低限の情操教育を施していたようだ。

ある意味ホッとした。


 同時に王女は他人を殺す事にすら、痛みを感じていないのだと察する。


 それが逆に俺の心へ痛みを誘い、目を逸らせた。


 俺の時代には死刑が廃止されていたのもあって、死に対する倫理観がこの時代と違うのかもしれない。


 加えて王女は刺客に命を狙われた。

それなら正当防衛だろう。


 俺は人を殺した事がない。

次期当主として、罰の先に死が待つような命を下した事もまだない。

戦争どころか、紛争も大して起きていない平和な時代だ。


 しかし父上がいつの間にかシエナに下していたような、死刑に準ずる命令。

それを黙認した。


 シエナが妹のラビアンジェを傷つけていたと知っても、父上が下したシエナへの命令を知った時には胸が痛んだ。

義兄としてシエナに心を砕いていた時も、あったからかもしれない。


 とはいえ相手が誰であっても、俺自身が死に直結する命を下せば、ほの暗い感情を自分にも向けるだろう。


 しかも王女は魔法ではなく、直接的に……。


 いつからだ?

王女は今、恐らく16才。

最近でないなら、もっと幼い、下手をすれば成人する前から手を下してきたのか?


 いや、それよりも……魔力が枯渇した時を見計らって?

それがだと?


 そんな事ができるのは、国王か王妃しかいないのでは?


 今さらながらに、王女の過酷な環境にはゾッとする。


「ところで君、どこまで知ってるの?」

「え?」


 王女の突然の質問に、意図を掴みかねて戸惑う。


 逸らせてしまっていた視線を戻す。


 いつの間に、こんな近くに?

足音も気配もなかった。


 俺よりずっと小さな王女は、ギリギリ触れない距離を保って、俺を下から見上げていた。


 俺の真意を確かめるように、金環の入った藍色の瞳が正面から俺の瞳を覗きこむ。


「同じ菫色……」

「同じ?」

「うん。

猫と、それから……」

「それ、から?」


 食い入るように見つめる王女に戸惑う。

とにかく近い。

見る者が見れば、誤解されそうな距離だ。


 一歩後ろに下がると、簡素なサイドチェストに足がぶつかった。

紙が落ちる音がする。


 けれど王女も一歩前進して、再び距離が縮まった。


 王女は無表情だが、間違いなく何かの好奇心を刺激されている。


 近くで見ると、王女の顔立ちは王族だけあって綺麗だ。


 なのに興味心を刺激され、女性としての羞恥心もなく異性の顔を間近で覗く破廉恥な行動……妹のラビアンジェを彷彿とするな?


 ラビアンジェは破廉恥の塊だ。

正直、王女に破廉恥属性を感じるのは失礼かもしれないが……うん、王女の顔つきまでラビアンジェに見えてきたぞ?


 思わず、スンと冷静になる。


 王女は瞳と言っていたか?

猫……猫は俺か?

他に俺と同じ色の瞳をしている、王女が知っていそうな……ああ、母方の祖母か?


「ミルローザ=チェリアですか」

「ん?」


 確信をもって伝えた名前に、王女が小さく首を捻る。

違ったらしい。


 他に俺が知る菫色の瞳は、ルシアナ母親と……チェリア邸で見た……。


 色褪せた絵に描かれた家族を思い出す。


 桃金の髪、紫の瞳をした母親と息子。

白桃色の髪と藍色の瞳をした父親。

父親譲りの髪色に、紫の瞳の娘。


 瞬間、パズルのピースがハマったように合点がいく。


 ああ、そうか……王女の母親は……。


「……ま、いいや」


 王女は俺の表情の変化から、何を感じ取ったのか。

興味を失ったかのようにそう言って、俺から離れた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る