553.戻る……よな?〜ミハイルside

「母さん……痛いぃ」

「ぐっ、うぇっ」


 俺は痛みに耐えながら母親に縋る子供の背に触れながら、真横で吐き気を催した患者に、サッと桶を渡す。


 当初と比べて手際が良くなったと、こっそり自画自賛する。


「く、苦しい……」

「ワン!」

「おい、あっちで倒れたぞ!」


 めまいや息苦しさを訴え、倒れそうになった者をレジルスが知らせる。

倒れた拍子に頭を打ったりしないよう、跳ねて宙でクッションになってから、地面に転がす。


 レジルスは随分と手慣れている。


「すぐにこっちへ運べ!」


 患者を運んでいたラルフが、昏睡後に低体温となる患者を運ぶよう指示を出す。


 看病に回る流民の1人が倒れた仲間に駆け寄る中、リリは高熱に苦しむ子供の氷嚢を取り替えている。


 あらかじめ積まれていた大量の薪。

それを壁のようにして雨風をしのぐ一角に、ラルフは運んでいた患者を寝かせた。


 吹き曝しの地面に簡易テントを幾つも張り、病で苦しむ流民達を集めている。


 教会の敷地内とは言え、寒風吹きすさぶ更地だ。

初めて見た時は絶句した。


 こんなもの、教会は受け入れたと言えないだろう!


 思わず怒りがこみ上げた。

俺の時代に聞いていた話と過去に起きた事実。

それがこんなにも違うとは。


 それでも衝撃を口にせず、今も飲みこんでいる。


 不用意な一言で流民達の不満が爆発しても、他に行く当てがないと察しているからだ。


『人目に曝されず、安全な場所に看病できれば、ひとまず良いんだよ』


 俺達をこの場に連れてきた王女は、左右にいた俺とラルフにだけ聞こえる声で言った。


 恐らく流行病や流民への偏見から、流民達に危害を加えようとしたロベニア国民がいたんだろう。


 見た目は、病人がいる場とは思えない酷さだ。

しかしテント内に風が入りこむ事はない。


 これみよがしにテントの隅にそれっぽい魔石を置いて、いかにも風避けしているように見せかけている。


 しかし違う。

魔石はしょせん、魔石。

風避けの魔法具ではない。


 テントの周囲に緑光が煌めいているから、聖獣キャスケットか、キャスケットの眷族が風を防いでいる。


 患者が横たわる地面。

かなりふかふかの柔らかい地面にして、その上に敷物を敷いている。


『硬いベッドより、体も楽。

吐瀉物なんかの処理もしやすい。

物は考えようでしょ』


 無表情ながらも、王女はちょっと得意気だった。


 敷物は、リリが定期的に魔法で清浄しているが、全ては王女が整えた場。


 なのに王女の功績は将来、全てが他人の物になる。


 そう思うと、遣る瀬無い気持ちになってしまう。


「ミハイル」


 不意に王女の声が聞こえた。

驚いて振り向く。


 王女は共に1日過ごし、新参者の俺達が患者対応に慣れ、かつ流民への偏見もなく安全だと判断したのだろう。


 リリや流民達も含め、この場の全員が王女に休憩を勧めると、頷いてこの場を離れていた。


 まだほんの数時間しか経っていないのに……。


「もう少し休んでも……」

「ミハイルが少しの間、席を外す。

リリ、ポチ。

状態が急変する患者がいれば、すぐに知らせに走って」

「「はい(ワン)!」」


 言外に、ついて来いと告げる王女の後ろを歩く。


「少しは眠ったんですか?」

「ちゃんと休んだよ」

「……眠ってませんね」

「……」


 無言になる王女。


 僅かな時間しか接していないが、王女が基本的に嘘を吐かない性格だと確信している。


 ただ、しれっと誤魔化す性格なのも気づいている。


 人間版レジルスと、同じ人種だ。


 いや、人間版という言葉は正しくないな。

レジルスは今も人間だ。

ちょっと犬になっただけで……人間に戻る、よな?


 レジルスは、ちょっと離れていただけで犬生活が年単位になっている。

何なら王女の飼い犬として人生、いや、犬生を満喫している。


 しかし本来の姿は人間。

人間に戻る……よな?


 内心、妙な不安に襲われている間も、王女と再会した部屋に入る。

放置していたはずの実験器が片づけられた机の前を通り過ぎ、奥にあった扉の前に辿り着いた。


「入って」


 言いながら中に入った王女に続いて、扉の向こうに足を踏み入れた。



※※後書き※※

いつもご覧いただき、ありがとうございます。


【小話】

テントに高く積んだ薪は、蠱毒の箱庭産。

ラグォンドルがベルジャンヌの為に、定期的に貢いで(?)います。

ラビアンジェに転生した後も実は貢いでいて、今では薪だけでなく炭作りも担当しています。

ラビ:蠱毒の箱庭産の薪や炭は質が良くて、お料理にも最適よ♪

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