550.教皇の口伝

「アシュリーが先王を惑わせただけの事。

陛下が未だに囚われているのも、自身の父親が寝取った上、不義の子であるベルジャンヌを宿したからにすぎぬ」

「はははっ。

それでも先王は、ギリギリのところで自制されておりましたぞ?

自分とアシュリーを近づけぬようにして。

しかしある夜、この神殿に祈祷にきた先王を引き合わせた者が。

どちらも騙し、そう、この部屋に。

この神殿は、元は先王が祈祷に使い、その合間にここを休憩に使っておりました。

スリアーダ王妃が今日使った秘密の通路。

あの夜、アシュリーは秘密の通路を使ってここに来た。

そう仕向けたのでしょう。

もちろん私も知っております。

今では陛下もご存知だ。

しかし当時で言えば、私でなければスリアーダ王妃。

あなたしか知る者はいませんでしたからなあ」


 雄弁に語る教皇。


 なるほど。

自分の生まれに関して、ずっと疑問があった。

それが解ける。


 母親を離宮の小屋に引き取った時、1度だけ仮死状態を解除した事がある。


『あなた誰……え、あ、ああああ!

嫌ぁぁぁぁぁ!

まさか、その髪!

瞳!

どうして生きているの!

誰か、誰か助けて!

殿下!

どうして助けてくださらなかったの!

陛下は何度も、何度も私を!

どうして!

嫌!

近づくな!

あああああ!』


 私が誰かを正しく理解した母親、アシュリーは泣き叫んだ。

結局この後、再び仮死状態に戻した。


 自分が生まれてから廃宮に捨てられるまでの記憶はある。


 スリアーダからも散々、不義の子だと聞かされていた。


 キャスからも私の血縁上の父親が誰か、教えられていた。


 ただ、どうしてそうなったのか。

それがわからなかった。


 アシュリーの反応から、殿下が戸籍上の父親現王の事だと察した。

自分から進んで現王を裏切ってはいない事も。


 現王も先王父親を殺してアシュリーを助けた。

その上で側室に迎えている。

その時点では、憎からず想っていた……多分?

そういう人間の感情はいまいち理解できないけど。


 スリアーダと教皇の話から、現王は未だにアシュリーに執着しているんだろう。


 私が自分の小屋にアシュリーを引き取ってから、現王は1度も会わせろとか、会いに来た事はないけど。


 ただ、他にも疑問に思っていた。


 アシュリー母親は、戸籍上の父親現王との仲を、血縁上の父親先王によって無理矢理に引き裂かれたと聞いた。


 現王も、スリアーダも、そして今、教皇も同じ言葉を使っている。


 私の生まれはキャスにとって、男女の生々しい情事らしい。

詳しくは話してくれないし、そもそも先王はアシュリーと一緒にいる時間はキャスを遠ざけていたらしい。


 本当に?


『殿下!

どうして助けてくださらなかったの!

陛下は何度も、何度も私を!』


 アシュリーは何度か、こう叫んでいた。

それが気になっていた。


「きっかけがどうであれ、その後に先王がアシュリーをここに閉じこめて囲うのを黙認したのは教皇、そなただ」

「そのお陰で、稀有な魔法師となるベルジャンヌ王女が誕生したのです。

使い捨ての駒にしようとも、なかなかに長持ちする、使い勝手の良い駒。

血統が良くとも正当性がない為に、王位から遠い駒」


 フワ、とキャスの毛が逆立つのを頬で感じる。


 駄目だよと、白い背中を撫でる。


「確かにエビアス王太子の魔力に、王太子を疑問視する声は過去にあったでしょう。

しかし今は違うのでしょう?」

「エビアスか研鑽を積んだからです」

「そうでしょうとも。

しかしお気をつけ下さいね。

口さがない者は、10才を超えてから魔力量を増やしたエビアス王太子を疑問視するかもしれません。

それこそスリアーダ王妃のように、悪魔が取り憑いたなどと、ありもしない御伽話おとぎばなしや妄想を口にするかもしれません。

もちろんヒュシス教の教皇として、いつでもエビアス王太子が祈祷や心身を清めるお手伝いは致しますよ」

「悪魔の正体は教えられないと?」

「ありもしない御伽噺ですよ。

しかし悪魔が存在したとして、悪魔を滅する事ができるのは聖獣の力のみ。

私が聖獣契約する事ができれば、喜んで悪魔と対峙致しましょう」

「……身の程をわきまえよ。

もう良い。

教皇の言葉を聞こうと思ったが、間違いだった」


 スリアーダは冷たく突き放すと踵を返す。


「それは残念ですね。

気が変わられましたら、いつでもご相談下さい」


 教皇には答えず、無言で壁に手をかざしたスリアーダ。


『導き、戻せ』


 壁に手を突き、古語を唱える。

すると壁が左右に分かれ、人が1人通れる程度の通路ができた。


 迷いのない足取りで中へと入ると、壁は閉じた。


「まさか、あの悪魔が?」


 教皇の方を振り向けば、今までの表情とは明らかに変わっていた。

眉を顰めて何かを思案している。


 かと思えばニヤリと笑い、教皇はさっと立ち上がる。

そのまま足早に部屋から出ていく。


 私とキャスも、すぐ後ろをついて歩いた。


 神殿から出た教皇は、何かを思い出すように軽く空を見上げて呟く。


「【冥獣は時逆ときさかにより、聖獣の主を異なる者へと至らしめん。

冥神はその後、6つの非なる力で静かなる眠りを異なる者に与えて封じた】

教皇となる時に先代から聞いた口伝。

もし悪魔が野放しになっているのなら、これから世は混乱する。

となれば、ヒュシス教の信者を他国に増やす良い機会。

くっくっく、どうやって儲けるかな……」


 守銭奴教皇はきっと、お布施を懐に入れる算段を立てているに違いない。


 俗に言う悪い顔ってコレだろうなと眺めていれば、本殿の方へと帰って行った。

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