544.疲れが色濃く出た顔〜ミハイルside
「………………彼らは?」
長い沈黙の後、手にしていた実験道具らしきビーカーをそっと置いて尋ねるのは王女。
藍色に金環の入った視線は、リリとレジルスと共に転移した俺とラルフへと注がれている。
あの部屋の床には転移陣が描かれていた。
転移陣は場所ではなく、
「ワンワワン!」
はち切れんばかりに尻尾を振って王女の下に駆けるレジルス。
すっかり
レジルスよ、飼い犬化してるな。
お前、俺達の国の王子だぞ……。
「もしかしてポチが拾ってきたのかな?」
「ワフワフワフ」
「うーん……言ってる意味がわからない。
リリ、危険はない人達?」
王女がポチ呼びしながらレジルスの頭を撫でる。
レジルスと王女で少なからず意志の疎通ができているようだが、犬語は理解できなかったらしい。
それにしても、王女が真っ先に確認するのが危険の有無?
「はい!
金髪の男はロブール家の遠縁で、厳つい顔の方は冒険者もしている従者です!」
リリも王女に話しかけられると、嬉しそうに王女の下へと行く。
殺意と当たりの強さが鳴りを潜め、子供らしい表情になった。
犬、違った。
猫を被っているように見えなくもない。
「ロブール家の遠縁……確かにエッシュに似てるけど……その瞳は……」
やはりこの顔は使えるなと確信したものの、王女が祖父をエッシュと愛称で呼んでいる事に驚きだ。
そういえば俺が猫だった時も、王女はこの瞳に反応していたな?
「ミハイルと申します。
こちらは従者のラルフ。
他国の貴族ですが、ロベニア国には内密に渡っております。
ロブール家の遠縁は間違いありませんが、今は家名を伏せておきます。
流行病に対応するベルジャンヌ王女に接触し、場合によっては支援する為訪れた、と言えば納得していただけるのではないかと」
貴族らしく礼を取る。
多くの国で貴族が取る礼だ。
ラルフも俺に倣う。
『教会に交渉したのは、王妃と私だ。
ベルジャンヌは日頃から王族としての役割を果たしていない。
それ故に、陛下は教会で奉仕するよう命じた。
誰から何を聞いたか知らないが、虚偽の噂に惑わされるな』
少し前に聞いたエビアスの発言。
更に猫だった俺が耳にした、アッシェ公爵や国王夫妻の言動。
そして俺がいた時代の事実。
蠱毒の箱庭周辺の結界は、ロベニア国と隣国とが共同で張り直しているが、結界を張った者は不明とされている。
流行病の発生源とされる流民。
彼らは自国へと戻り、ロベニア国のアドバイスを元に発展を遂げた。
これによりロベニア国は各国間にあった緊張状態を緩和した。
少なくとも俺は、そう教育を受けた。
しかし過去に来て目の当たりにした現実は、全くの逆。
王家と、少なくともアッシェ公爵家は、長きに渡り王女の功績を奪っている。
王女が生きた時代、ロベニア国は周辺各国と緊張状態にあった。
受けた教育の内、この部分は真実だろう。
嘘を伝える必要性は少ない。
だとするなら他国は、ロベニア国内に間者を放って情報を仕入れている。
王女の存在と真実を知っていても、不思議ではない。
「私は治癒魔法が使えますし、ラルフは体が頑丈で気も利く男ですから、王女のお役に立てるかと」
何はともあれ、まずは王女の側にいる理由を作ろうとアピールする。
「ワン!」
「私よりは劣りますね!」
レジルスは肯定のワンだと信じたい。
「でも今は人手がある方が良いかなって……姫様、全然休めてないから……」
リリは対抗心を露わにしすぎだろう。
そう思ったのも束の間、リリの言葉が尻すぼみになって消えた。
リリが心配そうに見上げる王女の顔を、俺も改めて窺う。
俺が最後に視た王女は10才の頃だ。
あれから恐らく6年程経過した頃。
美しく成長した姿にほっとする。
しかし王女の顔には今、疲れが色濃く出ている。
頬は年頃の少女と比べて赤みがなく、白い。
血色が悪いとまではいかないが、決して良くもない。
目の下には、薄っすらと隈が出ている。
このまま酷くなれば、まるで……。
「公……ミハイル?」
ラルフは普段のように公子と呼びかけたのだろう。
言い直した声で、俺は無意識に両手を強く握り締めていた事に気づいた。
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