543.妹が氷漬けになった場所〜ミハイルside

「ポチ、本当に大丈夫なんだな?」


 リリが胡散臭そうに俺とラルフをジロリと睨む。


「ワン!」


 ポチと呼ばれたレジルスが、大丈夫だと言うように吠える。


「姫様にふざけた態度を取ったら、殺すから」


 リリが実年齢にそぐわない殺意強めに俺とラルフに向かって脅しをかける。


「「ああ」」


 もちろん俺もラルフもリリが危惧する態度を取るはずがない。

同時に頷いた。


 リリの言う姫様とは、もちろんベルジャンヌ王女の事だ。


 エビアスとハディクがいなくなった後、ベリード公女はシャローナに後日連絡するよう言ってからいなくなった。


 それを見計らい、レジルスが俺とラルフをリリの元へ案内した。

まあ俺達が犬の後について行っただけだが。


 まず俺はロブール家の遠縁の家柄で、ラルフは冒険者もしている従者。

他国の貴族で、流行病に対応する王女に接触し、場合によっては支援する為、治癒魔法を扱う俺が内密に訪れたと説明した。


 俺達の時代でも語られる規模の流行病だ。

他国が流行病の存在に気づかないはずがない。


 ロブール家の遠縁としたのは、俺の顔が若かりし頃の祖父と似ているからだ。

それに少なくとも祖父は、王女に好意を寄せている。

そんな風に映った。


 ロブール家との関わりをチラつかせれば王女に近づけるかもしれないと一考を案じた。

もちろん賭けでしかなかったが。


 リリも当初は、迷う素振りもなく拒絶。


 レジルスが俺とラルフの袖を交互に咥え、しきりに連れて行けと示唆しなければ難しかっただろう。


 更に同じ場にいたシャローナが、リリについて行こうとしたのも助かった。


 シャローナはリリと行動を共にしていたのではなかった。

王女の侍女であるリリを見かけて近づいたところで、エビアス達に絡まれたらしい。


『教会には病んだ流民達がいる。

なのに姫様がアンタが関わるのを許すはずない。

だからアンタは連れて行かない』


 リリが俺達以上にシャローナを拒絶。


『それならロブール公子の遠縁で、治癒魔法を使えるこの方を連れて行って差し上げて。

そうでないなら、絶対ついて行く!

無理なら教会に突撃して、ベルジャンヌ様に気づかれないように隠れてお手伝いするから!』


 シャローナの言葉に、苦虫を噛み潰したような顔になったリリが渋々頷いた。


 婚約者であるソビエッシュ=ロブールを奪おうとするシャローナ=チェリア。

ベルジャンヌとシャローナは恋仇だと語られている。


 ずっと真実だと思っていた。

しかしこうして過去を目の当たりにすると……王女と祖母はお互いを気遣っている?


 自分達の時代の認識との違いに戸惑いながら、リリの同意を得た俺とラルフ。


 しかし教会に向かうと思っていたリリは、何故か俺達を引き連れて学園の校舎へと入る。


 仏頂面のリリは、自分と俺、ラルフに目眩ましの魔法を使う。

まだ10才程度にしか見えないのに、随分と魔法を使いこなしている。


 レジルスに魔法を使わなかったのは、首輪が目眩ましを発動させる魔法具だったからだ。

体を犬のように……いや、犬らしくブルブルさせると、魔法具が発動する仕様らしい。


 リリは校舎の中でも人気ひとけのない一角に向かった。


 その一角には、人が無意識に忌避する類の結界が張られていた。

瞳の力が無ければ気づかないくらい、人の無意識下にひっそりと、しかし確実に働きかける結界だ。


 かなり緻密に魔力を練られていて、蠱毒の箱庭を囲む結界を発動させた王女の姿がチラついた。


 リリは突き当りの壁前に歩を進めると、そのまま壁の中に何の躊躇いもなく入る。


 壁に溶けこむようにして姿が消えたのに驚く俺達2人に、レジルスがひと鳴き。

ついて来いと言いたげに振り向いてから、壁に溶けこんでいく。


 瞳の力を発動させる。

どうやら壁は幻覚魔法で作り出したフェイク。

空間全体に目眩ましの結界もはられていて、壁向こうに続く廊下を隠していた。


 そうして先に進むリリの後を追いかければ、どことなく見覚えのある教室の前ここに辿り着く。


 俺達を脅すだけ脅したリリは、ドアに手をかけて先に中へと入る。


「ここは……」

「ああ。

あの時、氷漬けになった妹がいた場所だ」


 ラルフの小さな呟きに、俺も小さく答えた。

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