542.遺憾な背中〜ミハイルside

「「何だと?!」」


 エビアスとハディクが素っ頓狂な声をそろえる。


 ズザッとシャローナから距離を取るところまで、息がピッタリだ。

仲良いな。


「エビアス!

この2人は危険だ!」


 更にハディクはそう言って、胸ポケットからハンカチを取り出して口元に当てる。


「お前、流行病が収束するまで、学園には近寄るな!」


 おお、エビアスもハディクのようにハンカチで口元を覆う。

仲良いな。


「だが収束後、暫くしたら学園にいる私を訪ねてこい」


 ん?

エビアスは続けて何を言い始めた?


 それとなく目元を赤らめて……ハッ、まさかコイツ、リリの魅了でシャローナに惚れた?!


「私はじきに卒業となる。

だが生徒を監督する生徒会長として、更に学園を監督する王族として、生徒の代表となる生徒会役員に推薦してやろう。

伯爵令嬢とはいえ、チェリア家は没落しかけで貧しいらしいな」


 シャローナの眉がピクリと震えた。


 しかしエビアスは気づく事なく……何で得意気に続けるんだ?


「思い出した。

お前、生徒会役員であるミルローザ嬢の妹だな。

お前の出来の悪さに、ミルローザ嬢も心配していた。

このままでは卒業後、嫁の貰い手も見つからないだろうとな。

喜ぶと良い。

私が生徒会役員にしてやる」


 シャローナとリリ、更にベリード公女が、訝しげな顔をする。


 皆一様に「コイツ、何言ってる?」と思ったに違いない。


「他の役員……そうだな、そこのブランジュやハディクの婚約者であるニルティ公女に勉学や魔法の扱いを学べ」

「エビアス殿下、何を……」

「黙れ、ブランジュ。

可愛い後輩が卒業後、良い嫁ぎ先を見つけられるかどうかがかかっているのだ。

下の者を気にかけてやるのは、王太子である俺や公子公女であるお前達の務め。

更に王太子である私が気にかけた事実だけでも、卒業後の嫁ぎ先に有利に働くだろう」


 エビアスよ。

恩着せがましい物言いだが、全くもってお門違いだ。


 むしろ王太子や公子公女ならば、自分達より身分が劣る者との付き合いには本来、慎重さを求められる。

学業や魔法の腕が奮わない者は足切りし、付き合い自体を考えなければならない。


 何かしら面倒を見るとして、目安としては悪くてもBクラス内。

更にその内の成績上位者までだ。


 ロベニア国は身分階級社会。

もし身分の垣根を越える付き合いをするなら、それは何かしら才能を発揮する者でなくてはならない。


 学生の間は、そんな考えに寂しいと感じない事もない。

学生らしい、利害関係を抜きにした友情……憧れる気持ちはある。


 しかし卒業後、身分と財力に圧倒的な差が出た場合、果たして友情だけの付き合いを続けられるだろうか?


 卒業後すぐの頃なら、わからない。

しかし互いに年を取り、伴侶を得て子供ができ、経済状況が変わったら?


 ロベニア国内に住む者同士だ。

身分差が大きな者達が、自分達の子供が成長していく中、利害関係を抜きにした付き合いを続けられるとは思えない。


 特に今は俺のいた時代より昔に遡っている。

身分階級だけでなく男女格差も、もっと厳格だろう。


 没落しかけの伯爵令嬢だったシャローナ祖母が、四大公爵家に嫁ぐ。


 運命の恋人達と認識されていたとしても、貴族社会の中でかなり苦労したはず。

更に身の危険があった事は想像に難くない。


 恐らく祖父母の大恩ある誰かが祖母にかけた守護魔法がなければ、間違いなく祖母は暗殺されていた。

四大公爵家当主夫人の座は、それくらい人を選ぶ。


 シエナの両親である、ロブール家次期当主だった俺の伯父父親と平民だった母親。

2人が駆け落ちを選び、市井で平民として身を隠して生きていた大きな理由の1つも、暗殺の危険があったからだ。


「王太子殿下。

恐れながら、私はCクラス。

生徒会に入れる程、成績は……」


 穏便に断ろうとするシャローナが言うように、現時点でのシャローナは俺の記憶を辿ってもCクラス。

学業も魔法もギリギリ並み程度ではなかったか?


「そんなもの、慣例に過ぎん」

「だがエビアス。

さすがにCクラスで、身分も伯爵令嬢だ。

それも没落しかけとあっては、気にする者が出てくるぞ?」


 ハディクが珍しく正論を説いた。


 従兄弟の言葉には耳を傾けられるのか、エビアスは暫し考えてから口を開いた。


「ならば私の頼み事と引換えにしよう」


 ニヤリと笑うエビアス。

嫌な予感がするな。


「不出来な異母妹の事は、王族としても常に気にかけてやらないとな。

シャローナ嬢。

どうせ流行病にかかっているかもしれないのだろう。

我が愚昧と行動を共にし、様子を私に報告するように」

「ですが王太子殿下に近寄れない私が、どう報告をすれば良いか……」

「ブランジュに言え。

どうせブランジュはもうお前と接触したんだ。

大事を取って、今日から私が卒業するまで学園に登校する事を禁ずる」


 エビアスの自分勝手な話に、ベリード公女に振り返ったシャローナ。


 リリも無言で軽く振り返り、ベリード公女の表情を食い入るように見つめた。


「エビアス殿下の御心のままに」


 先に頷いたのは、ベリード公女。

感情を読ませない、凛とした表情だ。


「………………承りました」


 シャローナはリリに視線をやり、軽く頷いたリリを見てから了承した。

エビアス達こちらを振り返らず、完全に向こうを向いたままだから表情まではわからない。


 ただ、とんでもない遺憾さを背中で訴えている気がするのは、気の所為ではないだろう。


 エビアスは正直、気づいていない。

機嫌良く、ハディクを連れてその場を去って行った。

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