545.防ぎたい〜ミハイルside
「何でもない」
ラルフにそう言って、拳の力を弛めてわからないように息を吐いた。
王女の姿が、教会の地下で教皇の記憶を垣間視た時の姿と重なった、とは言えない。
『今すぐ僕達への命令も、そのふざけた魔法も解除して!
王族らしい扱いなんて一度もされてこなかったじゃないか!
ベルが義務なんて負わなくていい!
こんな国、もう無くなっちゃえばいいんだ!
だから……だから……』
『初めての命令が、こんなのでごめんね、キャス。
でも王族だからじゃないよ』
契約する聖獣キャスケットと王女の会話。
この時王女の体には赤黒い文字が刻まれていた。
更に赤黒い文字の上から白銀の炎が炙っては、別の文字を刻んでいく異様な光景。
壮絶な痛みに体を震わせて堪える王女の顔は、生きる事に疲れ切っていた。
死にたいわけではなかっただろう。
王女の凪いだ瞳には、絶望の類はなかったから。
しかし生きようとする程の意志も窺えず……結局、王女は白い灰となった。
王女の姿が、あの時視た姿に近づいている。
王女は何故死んだ?
あの赤黒い文字と白銀の炎が刻んでいた文字は何だ?
稀代の悪女は悪魔ごと討ち滅ぼされたと伝えられている。
つまり悪魔を内に封じて死んだのではないのか?
体に刻みつける赤黒い文字色。
アレは教皇の体から立ち昇っていた
王女が死ぬ場にいた人間達を思い出す。
部屋の隅で蹲って震えていたエビアス。
暴行を受けた直後のように、顔を腫れ上がらせていた。
腰を抜かしたように座りこみ、驚愕と恐怖の混じる顔で震えるハディク。
互いを支え合うようにして、かろうじて立っていたベリード公女とニルティ公女。
2人は目に涙を溜めながらも、決して流すまいと堪えていた。
己が泣く事を許さない、という意志を感じた。
何かを覚悟したように、目に焼きつけるようにして、未来の王妃達は消え逝く王女を見つめていた。
そしてボロボロと涙を溢していた祖母、シャローナ。
嘆き悲しんでいた。
消し飛んだように天井がなくなった部屋の出入り口にはリリ。
シャローナのような悲壮感に加え、置いて逝かれる絶望も感じさせた。
祖父、ソビエッシュは王女が亡くなってから、その場に走りこむ。
王女が亡くなった場所は、どこだったんだ?
王女が亡くなった日は、いつだった?
「……防ぎたい」
誰にも聞こえない程、小さく呟きを漏らす。
王女を死なせたくない。
過酷な人生だけで死ぬなんて、哀れすぎる。
まだ年端もいかない、妹と同い年の少女じゃないか。
どうして、もっと自分本位に生きないんだ?
不意に妹の生き様が脳裏を過ぎる。
妹は魔力が少なく無才無能だと侮られても、かなり自由に振り切って生きてきた。
最古の聖獣とされるヴァミリアと契約していながら、決して周りに力を誇示せず、俺も含めた周りの悪感情を煽ろうが、貴族の教養は断固無視。
逃走にこそ全才能を極振りし、才能1つで荒稼ぎする破天荒で自分本位な人生。
……妹よ、いつ思い出しても人生楽しんでいるな。
兄としては……まあ、良い人生を過ごせているなら問題ない……いいんだ、それで……。
対して王女は素晴らしい魔法師だ。
2体の聖獣と契約もしている。
きっと才能も豊かな人間なのだろう。
だからこそ才能や魔法師としての腕を搾取する、王家やこの国から逃げる事もできたはず。
ふと疑問が湧く。
王女は何故、そうしなかった?
もしかして、そうできない理由があったのか?
本当に、聖獣の為だけが理由だったのか?
思い当たった疑問に、王女の死を遠ざける希望が灯る。
「ワフ」
俺の呟きは、犬の耳には届いたのかもしれない。
いつの間にか俺の隣にいたレジルス。
朱色の瞳と見つめ合い、同じ事を考えているのだと察する。
「ベルジャンヌ王女。
すぐに信じる事はできないでしょう。
しかし今ロベニア国内に広まる病が、本当に流行病であるなら、我々の国にとってと他人事ではないのです。
もちろん今はロベニア国の体面もあるでしょう。
内密にすると誓約魔法も結びます。
まずは私の治癒魔法がどの程度のものか、本当にベルジャンヌ王女の力になれるのかをご覧下さい」
まずは、王女の体を休める一助になる事から始めよう。
そして必ず、王女の死を防ぐ。
「……わかったよ」
俺だけでなく、レジルスとラルフの顔を個々に見やってから、王女は許可を与えた。
※※後書き※※
いつもご覧いただき、ありがとうございます。
ベルジャンヌが亡くなる際のシーンが気になった方は、No.399をご覧下さい。
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