540.魔力の違和感〜ミハイルside

「チッ、女なら淑女らしく振る舞え!」


 痺れを切らせたハディクが舌打ちし、荒い足音をさせてベリード公女へと手を伸ばす。


 しかしベリード公女が素早く魔法を発動させ……ようとした時だ。

パキンと音がして魔法が防がれる。


 ベリード公女が一瞬、切れ長の瞳を大きくした。


 防いだのは、エビアスだ。


 俺の瞳にはエビアスから魔力が発せられたのが映っていた。

対極となる属性の魔力で干渉して、魔法の発動を未然に防いだのだろう。


 魔法の発動前に防ぐ事は、かなり高難度の魔力操作が必要だ。

しかしエビアス先代国王は王太子時代、素晴らしい魔法の使い手だったと俺達の時代では伝わっている。


 しかし何故だ?

エビアスが発した魔力には、僅かだか赤黒い煌めきが混ざっていた。


 赤黒い煌めき……教会の地下で見た教皇の魔力、そして俺を殺そうと、いや、俺を殺した第2王子の魔力に宿っていた、悪魔の力が混ざったような色。


 その上、エビアスの魔力には違和感を覚えてしまう。


 魔力は6つの属性から成る。

しかし魔力が発する気配は、個々に違うとされている。


 個々に宿る魔力を厳密に識別できる者は、そうそういない。

熟練した魔法師でも難しい。


 魔法馬鹿な父上や、歴代の王族の中でも優れた魔法の使い手とされる国王、そしてレジルス(人間)なら識別できるかもしれない。


 だから索敵魔法では人や魔獣といった種族の違いは感覚的に識別できても、個々を識別するのは至難の業だ。

少なくとも俺にはできない。


 しかし今、俺がエビアスの魔力に感じている違和感は……何というか、肌感覚のようなものだが……。


 様々な人間の魔力を寄せ集めたような、1人の魔力から複数の人間の気配を感じるような違和感だ。


「ふん、たかが婚約者のくせに、出しゃばるな」


 エビアスの言葉で、ベリード公女の魔法が不発となった事に気づいたのだろう。

ハディクがニヤリと笑って、更に手を伸ばす。


 思わずハディクの腕を弾くように、おれは障壁を展開させようと魔力を練る。


 ラルフと犬のレジルスは、同時に一歩踏み出した。


 その時だ。


「あ、ありがとうございます!

ベリード公女!」


 ベリード公女が背後に庇っていた少女が、眼前の服を掴んで自分の方へと引っ張った。

弾みで、ベリード公女は後ろにたたらを踏み、ハディクの手は空振る。


 壁際に隠れる俺達も動きを止めた。


「チェリア嬢?」


 驚くベリード公女と入れ代わるように立った少女。


「本当に、ラビアンジェは祖母と似て……」


 そう口にしてしまうくらい、少女は妹そのものの外見だった。


 雰囲気は全く違ったから、混同する事はないが。


 少女は今の時代を鑑みれば、シャローナ=チェリアで間違いない。

後にロブール夫人となる、俺の父方の祖母。


「おいっ……」

「王太子殿下、アッシェ公子も!

ありがとうございます!」


 不快感を露わにしたハディクが口を開く前に、シャローナが大きな声で礼を言う。


「「は?」」

「お2人は、ベルジャンヌ王女を心配されたのですものね!

さすがです!」


 訝しげに口を揃えた2人の青年に、畳みかけるように大声かつ、笑顔で言い切るシャローナ。


「ふざけるな!

誰があんな……」


 顔を真っ赤にしたハディクは、シャローナに噛みつく勢いで詰め寄る。


「話を聞いてやる」

「エビアス?!」

「落ち着け、ハディク」


 しかしエビアスがハディクの言葉を遮った上に、意を唱えるハディクを制止する。


 顔を赤らめてグッと口元を引き結んだハディクだが……何だ?

すぐに感情を落ち着かせた?


「わふ」


 小さく鳴いたレジルスは、犬鼻をシャローナの隣に立った白髪の侍女、リリの方をフンフンと差した。


 あー、リリが魅了の力を使い始めた影響か。


 騒がしかった青年2人の様子が一変したせいか、ベリード公女は眉を僅かに顰めている。


 リリから発せられた、薄く桃色がかった煌めき。

教会の地下で見たような、赤黒い靄は混じっていない。


 煌めきはシャローナの背後をそれとなく、微かに包んでいる。


 何が起こったかわからないながらも静観している、ラルフとベリード公女には視えていないのだろう。


 レジルスは……正直わからない。

煌めきが見えずともリリと共に過ごす中で、こうした光景を幾度か目にした可能性も捨てきれなかった。

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