539.後の王太后と桃金色〜ミハイルside

「ロブール公子は既に生徒会室へお戻りになったわ。

王太子殿下が戻り次第、打ち合わせをするそうよ。

チェリア嬢も戻りなさい」

「……わかりました」


 未来の王妃であるニルティ公女の言葉で、後に母方の祖母となるミルローザは渋々、踵を返して校舎の1つに入っていく。


 当然のようにラルフを睨みつけ、レジルスには「その内、処分してやる」と歯噛みしながら小さく呟いて。


 上を見ると、既にニルティ公女の姿はない。


 ほっと一息吐くと、レジルスが暴れて腕から降りた。


「レジルス、お前……」

「わん!」


 まるでついて来い、とでも言うように一鳴きしたレジルスは、どこかに向かって行く。


 ラルフと顔を見合わせ、仕方なく後を追う事にした。


 程なくして、異変に気づく。


「人が少なすぎる?」


 ラルフも気づいたらしい。

人気ひとけのなさに眉を顰めてボソリと自問自答のように呟いた。


 レジルスは人目を避けて歩いている。

しかしそれにしても少ない。


「確か、来週が学園祭と言っていたからな。

それなら学生達は準備に勤しんでいるはずだ」

「この頃の学園は違っていたという事だろうか?」

「それは否定できない。

……いや、待てよ?」


 ある事が頭を過ぎる。


 祖父が学園で最終学年だった年の学園祭前……その年の年明け頃は……。


「邪魔をするな!

ベリード公女!」


 レジルスが体育館裏に入ろうとした時、今度は進行方向から青年らしき声がして、ピタリと動きを止める。

体育館の壁際に体を寄せた。


 次から次に問題が降ってくるな。

思わず、ため息が漏れる。


 レジルスに追いついた俺とラルフも、壁に体を寄せて声がした方を窺った。


「エビアス殿下、アッシェ公子。

非力な令嬢とベルジャンヌ王女の侍女を相手に、王太子と公子ともあろう者が、何をなさっておいでか」


 聞こえてきた少女の凛とした声には、涼やかさと気品を感じた。


「エビアスの婚約者だからと、調子に乗るな!

所詮、宰相が陛下に取り入って無理矢理こぎつけた婚約者だろう!

たかが婚約者ごとき公女が、アッシェ家次期当主であるこの俺とエビアスの邪魔をするとは、恥を知れ!」


 緑色の瞳に赤茶色の髪をした青年が吠える。


「ブランジュ。

いつもいつも、澄ました顔で私に意見して楽しいか。

もう私の妻に、王妃にでもなったつもりか!」


 空色の瞳に薄緑銀の髪をした青年も、初めこそに忌々しそうな口調ながら怒りを抑えていたが、結局は最後に吠えた。


 エビアスと、ハディクだな。

2人共、蠱毒の箱庭で会った時より声変わりして、声が低くなっている。

背も高くなり、王族と四大公爵家らしい見目の良さだ。


「相変わらずか」


 ラルフ、俺も同意見だ。

中身は成長していない。


 時代は違えど、同じ四大公爵として恥ずかしい成長具合に絶句する。


 立場は違えど、2人の良い年した青年が婚約者に食ってかかる姿。

いつかのジョシュア第2王子とその取り巻き達が、俺の妹を目の敵にして絡んでいた光景と被って不愉快だ。


 そもそもハディクよ。

次期当主であっても今は公子。

正式に次期当主として任命されているとしても、公女が王太子の婚約者であるなら、立場的にはお前が下だ。


 更にエビアスよ。

王妃の前に王太子妃だ。

現国王夫妻を亡き者にしたような物言いは、王太子であっても、例え話であっても、不敬と取られるぞ。


「……」


 対して背後に2人の人物を庇う長身で、中性的な顔立ちをした少女。

話の流れだけでなく、俺の記憶からベリード公女だと断定する。


 ブランジュ=ベリード。

薄紫色の髪と朱色の瞳をした公女は、後に王妃となり、王太后となる人物。


 レジルスとは血の繋がった祖母だ。


 ベリード公女は、ただ無言で2人の青年を見つめている。

表情は涼やかながら、朱色の瞳には何の感慨も浮かべていない。

むしろ呆れているようにすら感じる。


「……公女?」


 不意にラルフが小さく漏らす。

ベリード公女の事ではないとすぐにわかった。


 ベリード公女の背に隠れる人物の髪色。

まるで俺の妹、ラビアンジェ=ロブールと全く同じ桃金色だ。

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