538.書き損じとポチ〜ミハイルside
「離れ……」
「ワンワン!」
まずミルローザに離れろと告げようとした時、見覚えのある黒い犬が吠えて駆けてきた。
黒犬の瞳、朱色なんだが……。
首輪、ついてるな……。
首輪に何かわからん、グチャグチャの黒い毛玉みたいな絵が描かれてある。
毛虫か?
触角が2つに、赤い点が2つ付いている。
毛虫の横に……ポチ?
何だ?
何かの暗号か?
それとも毛虫は書き損じ?
グチャッと消した跡か?
ポチ……ポチも書き損じ?
字は綺麗で、妹がサラッと書く時の文字とよく似ているな。
チラリとラルフに目をやれば、犬の正体に気づいたんだろうな。
三白眼を大きくしている。
「ワンワン!
ワンワン!」
「ぎゃ!
何するのよ、この犬!」
俺とミルローザの間に分け入り、ミルローザに向かって吠える犬……いや、お前、レジルスだろう!
犬を睨んだミルローザが、片手をレジルスに向け、手に魔力をこめる。
まずい!
レジルスが危ない!
「王女なんかの犬のくせに!」
は?!
王女の犬?!
ミルローザが発した言葉に内心驚く。
ラルフが素早く動き、レジルスに向けたミルローザの手首を横から掴む。
痛まない程度に手加減して捻りながら、手の平がミルローザ自身に向くよう、肘を曲げさせた。
ミルローザは自分に向けて魔法が発動しかけ、慌てて魔力を霧散する。
「ちょっと!
お前、明らかに下級貴族でしょう!
汚い手で触らないで!」
ミルローザがラルフへ暴言を吐き終わらない内に、ラルフは掴む手を離す。
俺はその間に、吠えるレジルスを抱き上げてミルローザから遠ざかる。
レジルス……お前、ハーブ系の良い匂いさせてるぞ。
まさか言葉そのまま、飼い犬になってないか?!
誰に……いや、まさかとは思うが、先程のミルローザの言葉。
まさか、まさかの王女に飼われてないよな?!
思わず抱き上げた犬のつぶらな朱色の瞳を覗きこむ。
瞬間、イメージが視えた。
まずは地下牢。
老人が手をかざした、見覚えのある光景。
あ、レジルスが犬らしい瞬発力で光から遠ざかった。
嘘だろう?!
そこから王女の成長記録的な映像流れてきた!
祖父との口づけシーンも流れてきた!
窓から見てる感じだな!
あ、視界の隅で驚愕したリリが別の窓から見てるな!
お前あの時、いたのか!
レジルスに首輪を着けたのは、王女だ。
王女よ……ポチってレジルスの名前か?
名前だな。
王女がポチって呼んでる映像が視えた。
王女が直々にレジルスを洗ってるな?
いや、レジルスの性別に気づいたリリが、交代して洗うようになったのか。
レジルスとリリ…それとなくライバル視し合って、今日まで何年か過ごしてきたと……。
待て待て待て待て!
レジルスよ、一応、いや、真正の王子だからな!
本当に飼い犬として何年も過ごして、そんな生活に馴染んでるんじゃない!
「ワフ」
以前、猫だった時のように、レジルスの言葉は理解できない。
しかし何を言ったのか、わかる!
何が【そういう事だ】だ!
何でキリッとした犬顔で、主張してるんだ!
「ちょっと待ちなさいよ!」
「まさかとは思うが、レジルスは……」
レジルスへの魔法攻撃という脅威が去ったと判断したんだろう。
吠えるミルローザを無視して俺の隣に来たラルフ。
ラルフがレジルスと呼び捨てにしたのは、子兎だった時、既に許可を得ているからだ。
「ああ。
どうやらあの地下牢の時から何年も、王女の飼い犬をやっている……」
「……そうか」
ある程度、予想していたらしい。
ラルフは素直に頷いた。
「待ちなさいと言っているの!
あなた様も、その男……侍従ですのね?
その侍従をお引き渡し下さい!
かりにも伯爵令嬢に危害を加えたのですよ!」
しつこいな。
それとなく俺とラルフはミルローザから離れるように歩いているが、追いかけてくる。
「チェリア嬢、大きなお声ね。
確かロブール公子を探すと言って、生徒会室を出られたのでは?
何を騒いでいらっしゃるのかしら?」
今度は別の少女の声がした。
凛とした声音は、俺達の頭上から風魔法で伝えてくる。
上を見上げれば、窓から覗く緑灰色の瞳と目が合った。
「ニルティ公女……」
ミルローザがしまった、という顔で呟く。
その言葉で、ミルクティー色の髪をした少女が誰だか悟った。
俺の知るウォートン=ニルティと同じ色の髪と瞳。
彼女は、俺の時代で言うところの先代王妃。
恐らくこの時代から数年後、王妃として王家へ嫁ぐ事になる、2人の王妃の内の1人だ。
※※後書き※※
いつもご覧いただき、ありがとうございます。
ラビ:……毛虫?
作者:……画伯。
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