533.全部、最初っから〜●●side

「まったく……何か色々抱えてると思いながら死んでみりゃ……困った奥さんだな」


 死んでからも愛を注ぐ妻、月和に向かって嗄れた声で呼びかける。

皺のある手で、何十年も共に生きた姿となっ月和の頬を撫でる。


 俺の手には白銀の火傷痕。

痕が綴る文字は……まあ、読めない。


 月和は今、氷柱に胸元まで埋まっていて、月和の聖印がこれ以上広がらないよう抑えている。

アルマジロ聖獣、ディアナの力だ。


 この真っ白い空間は、魂が留まる事のできる特別な空間らしい。

作ったのは俺じゃないから、どんな構造してんのかわかんねえな。


 月和の髪は真っ白で、俺の方がまだ黒い毛が多かったんだなと、ぼんやり思う。


 年を取るにつれて、月和への愛情は若い頃より穏やかなものに変わっていった。

変わりに何つうか……愛情に深みが出た?

まあ死ぬ頃には、家族がまあまあ増えてた影響じゃねえかな。

そんな感じだ。


「余計な事をしたものだ。

聖印に焼かれるのは、痛むだろうに」


 不意に、声だけが聞こえる。

未だにアヴォイドコイツの姿は見た事ねえな。

声だけでは年齢も性別も判別が難しい。

 

「ふっ、爺モードを舐めるな。

年寄りは若者より痛覚が鈍化してるんだぞ。

月和もそれを狙って、婆モードになってるんだ」

「……暴論」


 いや、本当だぞ?

まあ痛いもんは痛いんだが……堪えるしかねえな。


 月和からラビアンジェに生まれ変わった時、実は俺の魂も一緒に混ざった状態になっている。


 ラビアンジェの体に俺が入りこむってよりは、繋がってる状態?

俺自身はこの白い空間に在って、ラビアンジェの感情と記憶だけが、一方通行で俺に紐づけされた状態とでも言えば良いのか?


 だから最近に至るまで、俺がこうして聖印を半分引き受けるのもできなかった。

こんな痛みに度々苛まれてた事も知ってはいたが、いざ自分が引き受けてみると思ってた以上に痛い。

月和の夫として、怒りを覚えずにはいられない。


 死んでも俺は、月和の旦那だ。


 俺が死んだ時、コイツと話してそう決めた。

少なくとも、俺が俺である内は。


 もっと早く半分を引き受けてやりたかった。

けど俺が死んだ後に姿の見えねえコイツと約束……誓約? っていう魔法を結んだせいで、できなかった。


 期限は、ラビアンジェが俺の存在に気づくまで。


 しっかしこうやってベルジャンヌ時代を見てると……。


 どんだけ胸糞悪い人生過ごしてたんだ?!

全っ部っ、大人の八つ当たりじゃねえか!

ベルジャンヌが生まれたばっかの頃から死ぬまで、ずっとだぞ!

ついでにラビアンジェとして生まれて、今も継続中だ!

俺の奥さんに何してんだ!


 けどこれも全部、なんだよ。


 この国の根幹が歪んでたせいだ。

何百年分のしわ寄せがベルジャンヌに、それからラビアンジェにもきてるせいなんだよな……。


 あー、クソ!

もどかしい!

コイツとの誓約がなきゃ、俺がどうにかして正してやるのに!


 思わず、声のする方を睨む。


「そう睨むな。

我とて、お前の妻には申し訳なく思っている。

だから罰と同程度になら、調整する事ができる救いを与えた」

「どこが同程度だよ」

「お前への愛情がそれだけ深く、重いのだ」

「……まあな」


 そう言われると悪い気はしねえが、第三者からそんな事言われっと、爺でも照れるわ。


「ベルジャンヌが送った本来の生涯とは、無感情なものだった。

自らに対しては、殊更に。

環境を疑問に感じる事も、生きたいとする意欲もない。

かと言って孤独や悲しみ、怒りもない。

ある種の平坦な人生。

ただ呼吸し、死んでいくだけの人生だった。

全てはが、そして我が過去という始まりを歪ませてしまった事に起因する。

言い訳するなら、確かに小さな歪みでしかなかったのだ」

「ああ、知ってる。

魔法っていうのは、等価交換な要素があるんだろう?

特に魔法がない世界に生まれて死んだ俺を、こっちの世界に引きこむんだ。

お前が隠した真相の核心部分を見せる必要があったみたいだし、その点は俺としちゃ良かったよ」


 ムカムカとした感情のせいか、俺の手から皺が消えていく。

20代くらいのピチピチ肌になった。


 魂には決まった姿がないらしい。

魂である俺の姿は、コロコロと変化する仕様になっている。

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