532.貞操観念が死んでいる〜ミハイルside

「何っ、んんんっ」


 祖父焦ったように膝立ちになって唇を離す。


 しかし王女は1度離れた唇を、更に無言で押し当てた。


 一見すると小さな猛獣が襲っているようにしか見えない。


 しかし王女は立派に(?)人助けをしているだけだと、瞳の力でわかる。

魔力を直接体内に流し、相手の魔力を絡めてコントロールしている。


 ただ、年端もいかない少女からの積極的な長い口づけには、どうしても唖然とする。


 窓から顔を覗かせているリリも驚愕の表情を浮かべ、祖父の顔も完全に凍りついている。


 王女は……普通に目を開けて、淡々としていた。

色気どころか、全く感情の乱れを感じない。

明らかに緊急事態に対処しているだけだ。


 程なくして祖父の魔力は落ち着きを取り戻し、長い口づけが終わる。


 祖父は力なく地べたに座りこみ、顔は真っ赤だ。


「終わったよ」


 そう言った王女の顔は……年頃(というには少し幼いが)の少女が口づけたとは思えない程、普通。


 むしろちょっと満足気なのはどうなんだ。

あらぬ方向に勘違いする輩も出そうだから、せめて元の無感動な無表情に戻しておけ。


「なっ、なっ、何でっ」

「畑の作物が駄目になると困る。

見張りのマンドラゴラを見つけたばかりなんだよ?」


 マンドラゴラ?!

なんて危険な植物を?!


 教会の地下でマンドラゴラの悲鳴を聞いた時の、あの衝撃を思い出してゾッとする。


 王女が指差す方向を見てみれば、確かに生えてやがる……。


「だっ、だから、口づけっ、初めてっ」

「1番効率が良いからね。

危険回避の一環だし、唇が触れただけだよ?

私は初めてだけど、ロブール公爵家ではもう閨教育もしてるから、君はそれ以上の行為もしていると聞いてる」

「…………誰がだ」


 王女の言葉を聞いた祖父の顔が瞬時に、ほの暗く冷たい表情へと変わる。


 祖父の感情の変化に、目が止まる。


 この頃の祖父は……いや、まさか……。


「王妃と王太子とアッシェ公子」

「していない」

「ん?」

「知識としては得ている。

しかし、そういった行為はしていない。

私は……婚約者を裏切ったりしない」

「……そう?」


 だから何だろう、という体の王女。

祖父への恋愛感情は皆無だと直感する。

情緒性は、蠱毒の箱庭で会った頃からあまり成長していないな。


「そうだ。

私は教育であっても婚約者に不実は働かない」

「教育なのに、不実?」

「私の基準では、そうだ」

「……そう?」

「ベルジャンヌ王女。

あなたはまだ10才になったばかりだ。

幼いから、わからないのは理解している。

だが治療の一環でも、急を要しても、こういう事は絶対に、絶っ対っにっ、してはならない」

「そういうもの?

効率的だよ?」


 駄目だ、王女は何もわかっていない。

王女は情緒だけじゃなく貞操観念も死んでいる。


 王女の言葉に、祖父は……何か薄ら寒い動きで立ち上がったぞ?

舞台で死霊役をしていた俳優が、こんな演技をしていたな?


「……私、以外、にも、した、事が、ある、と?」


 祖父は短く区切りながら発音しているが、合間に歯ぎしりが聞こえるな?


「ん?

した事はないよ。

リリも時々は魔力暴走を起こすけど、成人前の子供だから、たかが知れているし。

さすがに公子みたいに魔力量が多い大人になると、直接的に魔力を流す方が楽でしょう?」

「ふうぅぅぅぅぅ」


 祖父が今度は大きく息を吐いたな。

終始キリッとした顔だが、妹に対するレジルスを思い出すのは何故なんだ……。


「私以外には、してはいけない。

私達は婚約者だから、そういう行為も不貞にはならない。

だが、それ以外の者とするのは不貞と見なされる」

「そういうもの?」

「そうだ。

私以外には、駄目だ」

「わかった。

君と婚約を解消されるまでは気をつけるよ」

「解消はない」

「ん?

いずれすると聞いてる。

元々、国王が私を君に押しつけたから……」

「婚約は私が望んだ。

だから次期当主として励んでいる」

「……そうなの?」

「そうだ。

理由は……いつか必ず伝えるから、待っていて欲しい」


 真剣な眼差しだ。

これはもう、間違いなく祖父は王女に惚れている。


 しかし祖父はいずれ祖母と出会い、運命の恋人と呼ばれる関係になる。


 だとしたら祖父が心変わりしたのは、祖母と出会ってから?


「ん、わかった」


 返事をした王女は、相変わらず無表情だ。

甘酸っぱい感情は、全くもって湧いていない。


 何となくだが、俺は王女を妹に重ねてしまっているのだろう。

王女の様子に心のどこかでホッとしている自分がいた事は、胸に留めておこう。


 そう思った時、目がチカチカし始める。

次いでクラリと目が回り始めた。


「くそ、またか」


 目眩は激しさを増し、意識を保つのが難しくなる。


 グラリと体が傾く。

倒れる直前、王女と目が合ったように感じた。




※※後書き※※

ご覧いただき、ありがとうございます。


作者:恋愛ジャンル……あれ?

キャスケット:ベルに何させてるの!

作者:ちょっ、また?!わぁぁぁ!

ラビアンジェ:作者の恋愛脳が死んでいるわ。それにしても、お祖父様ったら。1つ人生を挟んで見る初心時代、尊い。リンダ嬢がいれば……腐腐腐。

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