522.動物が板につく〜ミハイルside

「「ギャア!」」

「「ヴゥ……」」


 迫る足音が茂みの向こうで止まり、魔獣の叫びや呻きがしたかと思うと、シンと静寂に包まれた。


 俺達3匹3人はピヴィエラに覆い被さり、顔を伏せながら何が起こったのかと耳を澄ませる。


 ふと、少し離れた場所で人が息を飲む音。


 何が起こったのかと顔を上げれば……ちょうど茂みの辺りで光のベールが天から降り注いでいる。


 ベールをよく見れば、種々の魔法陣を組み合わせて創り出されており、美しいレースのようだ。


__ザァァァァァ。


 白い光のベールは木々を揺らしながら、カーテンで仕切るようにして森に広範囲な境界を引いていく。


「……ベル、ジャンヌ……」


 ピヴィエラの呟きから、王女の魔法だと直感した。


「何が……この魔力。

チッ、ベルジャンヌ王女か!」


 拡声されて聞こえていた声が、すぐ向こうの茂みから聞こえてくる。


「アッシェ公。

そこから中には入らない方が良い。

出られなくなっても知らないよ」


 そんな声と共に、王女が俺達の直ぐ側に転移してくる。


 ピヴィエラの背中に張りついていた子兎を、再びぞんざいな手つきで鷲掴んで横に退け、1度撫で……。


「キュイ」


 ラルフよ、王女には甘えた声を出しまくりだな。

何かムカッと……。


 レジルスよ、ラルフを鼻先で押し退けて王女の手の下に頭をねじこむな。


「キュウン」


 お前も甘えた犬鳴きしてんじゃねえよ……。

犬だけど、王位継承権を持つ王子だぞ。


 そんな犬の頭もひと撫でした王女は……無表情だな。

顔色も滅茶苦茶に悪くなっている。


 そりゃそうだ。

こんなに緻密かつ広範囲な魔法を発動させているんだ。


 今の王女の実年齢はわからないが、恐らく10才前後。

なのに転移魔法や怒りに猛ける魔獣を浄化して、この魔法を発動させたのだから。


 しかしキャスケットの姿が見えない。

茂みの向こうに、いつかの寂れた離宮で見た緑光が飛んでいるから、こちらへ向かう魔獣を止めたのはキャスケットの眷族だろう。


「ベルジャンヌ!

何をしている!

ピヴィエラはどこだ!」


 王女が無言でピヴィエラの傷ついた体を抱き上げると、茂みの向こうから怒号が飛んできた。


 怒号の主は、この時代のアッシェ公爵だろうな。

境界スレスレまで移動したらしい。


 しかしにも王女は王族だ。

なのに呼び捨てて暴言を吐くとは……。


「グルルル……」

「ブッブッ」


 レジルスもラルフも、怒りでそれぞれの鳴き声を出している。

動物が板についてきていないか?


「ただでさえスタンピードが起こりそうな程、魔獣達は混乱していた。

なのに君が火柱なんて上げてしまったよね?」

「それがどうした?!」


 そんな2匹を一瞥した王女、茂みに向かって話す。

憤るアッシェ公爵だが、王女の警告は素直に聞き入れるらしい。

茂みから姿を現す事はない。


「ここは隣国との境界にある森だ。

魔獣達が君の火柱を見て、反対方向に向かってスタンピードし始めてしまったんだ。

とりあえず危険度の高い魔獣達は閉じこめた。

低い魔獣は……まあ、隣国の誰かがどうにかするんじゃない?」

「何故そんな中途半端な結界を張った!

完全に閉じこめないか!」

「君の不始末を隠蔽しろという命令は受けていないよ。

それに万が一にも危険度が高い魔獣が森から飛び出して、隣国の民を傷つけたらどうなると思う?」

「それは……」

「危険度の低い魔獣がポロポロ出現して、隣国には警戒してもらっている方が、被害が少なくて済む。

アドライド国的にも、そうしてくれる方が隣国との国交を正常化するのに後々一役買う。

これから心象が最悪になりそうなベリード宰相も、少しは心象を緩和するんじゃない?」


 四大公爵家の1つ。

ベリード公爵家は、俺達の時代から遡って数代前からアドライド国の宰相を務めている。

恐らくこの時代のベリード公爵家当主も、宰相を務めているはずだ。


「ベリードが何だと言うんだ」

「だって王太子と君の息子のせいで危険度Sの魔獣が大暴れして、スタンピードを発生させたんだよ?」


 ん?

隣国との境界の森?

結界?

危険度S、つまり災害級と言われる魔獣が大暴れ?


 これまでの大声で怒鳴りつけるのとは打って変わり、警戒した様子のアッシェ公爵。


 しかしそれよりも気になるのは、会話に潜む言葉の数々で……。


 まさかここは……ここから先の未来で俺達が入りこんだ……蠱毒の箱庭とか言わない、よな?

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