523.本能〜ミハイルside

「災害級の魔獣だと?!」

「そう。

この国の王太子と公子が、危険度Sの魔獣を怒らせた。

そのせいで起きたスタンピードを、よりにもよってこの国の四大公爵家当主にして、騎士団長が隣国へと向かわせた。

なんて話が出たら隣国への補償問題どころか、下手をすると戦争になる。

国王の命令で長年、宰相が外交官を指揮しながら隣国との国交正常化に向けて策を弄していたのは、知ってるよね?」


 蠱毒の箱庭にまつわる、聞いた事がある話がボロボロ出てきている。

王太子や公子のせいで、というのは初耳だが……。


 思わず俺達3匹3人の耳が、ピヴィエラの治癒を始めた王女へと向く。


「有り得ない!

そもそ王太子も息子も、ピヴィエラの卵を受け取りに来ただけだ!

なのに何故、災害級の魔獣が暴れる原因になる!」

「受け取りに、ね?

そんな人間の自分勝手な話を、危険度Sの魔獣が納得するはずないと思うよ?」

「だから何故、そこで災害級の魔獣が出てくる!」


 淡々と話す幼い王女に、声を荒げる大人の公爵。

どれだけ見苦しいんだよ。


 俺の尻尾がパシパシと地面を打つが、止められない。


「ピヴィエラの伴侶だからに決まってる。

君の魔力を森の外に感じて、王太子と君の息子をそっちに転移させたけれど、2人から聞いてない?

それとも直に危険度Sの魔獣と対峙したのに、2人共そうと気づけなかったのかな?」

「何が言いたい?!」


 エビアスハディク息子を馬鹿にされたと思ったのだろう。

アッシェ公爵が激高し、一歩踏み出したのか落ち葉がガサリと音を立てる。


「別に?

どっちかなと思っただけ。

それより君は君で、そろそろ引き上げたら?

私はこの森の結界を、より強固なものにしなきゃならない。

何せ危険度Sの魔獣を場合によっては、討伐せずに閉じこめる事になるからね。

二重結界にした上で、入れるけれど魔力のある者は誰であっても出られない一方通行の制限をこのまま継続させておく。

でもこの規模の結界だから、私が維持するのは難しい。

魔力供給型の独立結界にしようかな。

2年から3年に1度、定期的にメンテナンスが必要になるかな」


 王女の説明に、やはりこの森は俺達が蠱毒の箱庭と呼んでいる森だと確信した。

まさかこんな経緯で、魔力が少なく魔法の才能に欠ける稀代の悪女と語り継がれるベルジャンヌ王女が結界を張っていたなんて。


 しかし黒蛇ことラグォンドルは、俺達の時代には聖獣へと昇華している。

恐らく王女がこれから昇華させるのだろうが、それなら災害級の魔獣は存在しなくなる。


 今の王女を見る限り、魔力を消費しすぎた状態。

なのに何故、こんな大掛かりな結界を?


「どちらにしても2つの国を跨ぐ結界だ。

アッシェ公は陛下と宰相であるベリード公に、今後について話し合っておいた方が良いんじゃない?

宰相が育ててる外交官……フォルメイト侯爵なら、今のこの事態を逆手に取って、隣国を上手く丸めこ……外交を正常化する決定打に持っていけるはずだよ」


 今、丸めこむとか言いそうになっていなかったか?


 レジルスは大方の予想ができていたのか反応はないが、ラルフはまた鼻のあたりがモゾモゾしたぞ。


「アッシェ公が話さなくても、全部終わらせた後に私が報告する事にはなる。

けど、それだと聖獣の卵を狙った不届き者の事、何よりピヴィエラの終焉についても私が先に説明してしまうね。

君や両陛下はともかく、他の三公はそれを聞いて心穏やかに対話できなくなるんじゃない?

四大公爵家のパワーバランスを崩すような事態だもの」

「ベルジャンヌ!」


 アッシェ公爵が呼び捨てにした瞬間、茂みの向こうで風刃によく似たカマイタチが乱れ飛ぶ。


 聖獣キャスケットの眷族だな。

緑光が茂みから現れて、王女を守るように周りを旋回し始めた。


「……一応、私は王族。

君に呼び捨てにされるのは不愉快だよ」


 少し間を置いて、王女があたかも自分がしたかのように話す。


「……王女、ピヴィエラをどこにやったのです!

終焉など、私の聖獣に何をなさるおつもりか!

即刻、私にピヴィエラを引き渡し、王女が1人で対処されるべきだ!」


 アッシェ公爵は眷族にしてやられたのだろう。

少しばかり息を弾ませている。


 しかし口調は改めても、傲慢な主張は改めるつもりがないらしい。


 尻尾を地面に打つのが止められない。

これが猫の本能なのか。

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