499.特別製

「くっくっく、ああ、美味い。

これこそ自ら堕ちた、至高の魂の味だ!」


 言うが早いか、ジャビは側妃の方へと踵を返す。


「ウエッ……臭いっ……き、貴様!

母上……ぐっ」


 ジャビとすれ違い様の愚か者の反応からして、今のジャビからはとんでもない腐臭が漂っているはずよ。


 側妃の元へと戻ったジャビは、膝をついて側妃の体を起す。


「ふん、相変わらずのポーカーフェイスだな」


 目が合ったから何を言うのかと思えば。

なんだかつまらなそうね。


「ふふふ、私の鼻栓は特別製よ。

ずっとラベンダーの素敵な香りに包まれているわ」

「……特別製の、鼻栓……ウップ」


 羨望の眼差しを向ける愚か者にはあげないわ。

目も合わせてあげない。


「……一応、今は公女だろ」

「紛う事なき、今も公女よ?」


 何が言いたいのかわからない。


 目元の露わになったジャビも、コイツ何言ってんだ的なお顔ね?


「「…………」」


 2人して、暫し無言で見つめ合ってしまってから、ジャビが気を取り直したように咳払い。


「俺が何をしようとしているか、察している顔だな」

「……あなたが夏の屋上で言っていた第3の申し子。

それがシエナであり、側妃だったのね」

「どうしてそう思ったのか聞いても?」


 探りを入れるジャビに、導き出した答えを伝えていく。


「スリアーダよ。

ベルジャンヌの死後、アレが悪魔を呼び戻す程に堕ちた第2の申し子となったのなら、同じ境遇に陥りそうな者は誰かと考えていたの。

もちろん側妃の事も考えた。

けれど考え得る全ての対象が、中途半端だったわ。

体も魂も、悪魔が好む魔法呪となるにはね。

けれどキメラを見て、シエナの体となったルシアナの状態を見た時、思ったの。

体をキメラにできるなら、魂と体の混合生物キメラがいれば、魔法呪となるんじゃないかって。

けれど結局、後手に回っているわね」


 苦笑してヤレヤレと首を振る。


「ベルジャンヌが死んでから、俺は復活の為に最善を尽くしてきた。

ベルジャンヌが体に封じたまま灰となったせいで力は弱まった。だがベルジャンヌが目を光らせていた頃と比べれば、ずっと楽に進められた。

聖獣達もこの国をほぼ見放していたんだからな。

だが、ベルジャンヌだったお前が転生したなら話は別だ。

お前がする事は全て疑うべきだと学んだ。

たとえお前がこの国を憎んでいたとしてもだ。

だが本当に憎んでいるのか、怪しいな?

何を企んでいる?」


 あらあら。

私の目的が復讐で、その為に悪魔と私が互いに協力できる、だなんて誤解は解けてしまったかしら?


「まだ考え中よ?」


 もちろん最終的に何をするかは、もう決めてある。


 けれど問題はその後。

私を救う方法が見つからない。

誓約と祝福名で結びついたアヴォイドの気配を追っても、感じるのはアヴォイドの気配だけ。


 それでも、もう確信してしまっている。


 私はを巻きこんで転生した。

私が私を救う方法を見つけなければ、きっとあの人も犠牲になる。


 私の誓約が解除される事があるなら、それはアヴォイドの望みを叶えた時じゃないかしら。

ただ、望みが何かがわからない。


 ベルジャンヌとして死んだ後、私はアヴォイドを解放すると言ったわ。

けれどそれがアヴォイドの望みだとは限らない。


 手がかりは、アヴォイドと初代国王。

どちらの名前もこの国から消しさられている。


 けれどそれだけ。

本当に手がかりなのかすら、正直わからない。

点と点は見え始めたのに、全然繋がらない。


 時間もない。

これから私がする事は、私の魔力をごっそり消費する。

そうしたらもう、私の体を焼く聖印の広がりは抑えられない。


 リリとあの場の王族達が何か掴むかもしれないけれど、それでは間に合わない。


「互いに協力する関係だと思っていたが、手の内を曝すつもりはないと?」


 ジャビが私を食い入るように見つめて、問う。

もちろん淑女の微笑みで、何も悟らせない。


「自分を出し抜こうとする者に、それも裏切り上等な悪魔に、手の内を見せられる?」

「それもそうだな。

だがお前は昔と同じだ。

あまりにも強く、それ故に孤独。

誰もお前を理解できない。

お前が他人を助けても、お前を助けようとする者も、お前の力を引き継ぐ者もいないだろう」

「何だか経験した人みたいな物言いね。

核心を突いているわ」


 あらあら。ジャビが何だか、面白くないってお顔をしたわ?

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