500.お前達が言ったのよ?

「ふん、どのみちお前を理解してやれるのも、生かせるのも俺だけだ。

俺に殺されるか、再び焼かれるかして死にたくなければ、俺の隣に堕ちてこい。

お前なら、他の魔法呪のように使い捨てたりしない。

共に在るのを許してやれる。

もう時間がないのだろう?

俺はいつでも体を捨てられる。

死という概念がないからな。

だがお前はどうだ?

今回はたまたま転生し、前世の記憶があった。

だが次も上手くいく保証はない。

なあ、俺の手を取れ。

愛しく哀れな、稀代の悪女」


 あらあら、今度は懐柔作戦かしら?


 それとも信用できなくとも近くに置いて、出し抜かれるのを防ぎ、出し抜く機会を得る作戦?


 確かに目に見えない不確定要素も含めて、相手にするのは実にやり難いのもわかる。


 私からすれば、1つの見落としスリアーダが、今世の悪魔に繋がったわ。


 悪魔ジャビからすれば、1つの見落としラビアンジェが、現在の再降臨失敗に繋がっているのだから。


「今はまだ意地を張れるだろうが、死に瀕すればどうせ俺の手を取る。

お前は所詮、時間も肉体も有限の人間だ。

俺はいつでもお前を待っているぞ」


 言うだけ言って、ジャビが側妃に口づける。

用済みとなった古い体を捨て、新しい肉体を得る為に。


 側妃の体は、既に異なる力に満ちている。

きっと長い時間をかけて異なる力に染まったはず。

そこに怨嗟まみれのシエナの堕ちた魂が揃った。


 ジャビの体の輪郭が揺らぐ。

赤黒い煙となって、側妃を包み始める。

煙が触れた肌に、呪いの呪印が刻まれていく。


 呪印はベルジャンヌの最期に刻まれたものと同じ。

悪魔が体の外側から、内側へと侵食していく証。


 突然、側妃がカッと目を見開く。

口づけるジャビの体を遠ざけるかのような抵抗を見せた。


 もしかすると止まっていた心臓が動く事で、息を吹き返した側妃の魂が表層に現れた


 けれど側妃の魂もまた、体に宿した異なる力と本人の気質によって堕ちているはず。

ジャビにとっては食らうべき餌。


 ややあって、側妃の体から力が抜けた。

一瞬遅れて、ジャビの体は完全に側妃の中に煙となって入りこんで消えた。


「……ふ……ふふふ……あはは……あはははは!

やっとだ!

やっと体を得た!」


 初めは微かに、そして徐々に大きな声で笑い始めるのは側妃ではなく、ジャビ。


 服から覗く呪印は、帯のように側妃の体を巡っている。

呪印はジャビが体に馴染んだら消えるはず。


「……母上?」


 呆然と呟く愚か者の様子と、ベルジャンヌが経験した過去から、恐らくもう腐臭はない。


 少なからず正気を取り戻した碧の瞳には、未だにタールが健在ね。


「無事に復活できて何よりよ」

「ラビアンジェ!

どういう事だ!

お前が稀代の悪女の生まれ変わりだと!?

稀代の悪女が悪魔を封じて死んだだと!?

スリアーダ……曾祖母様ひいおばあさまが悪魔を呼び戻したとは、どういう事だ!

稀代の悪女が悪魔を呼び出したのだろう!

お祖父様が、光の王太子が、稀代の悪女ごと悪魔を倒したのではなかったのか!」


 愚か者は青い顔で震えているかと思ったら、臭いが消えた途端に元気が復活?

相手にするのも面倒だから無視しましょう。


「案内するわ」

「ま、待て!

お前は母上の中に悪魔を入れる手引きをしたんだろう!

わかっていて母上を犠牲にしたのか!

ラビアンジェ!

いや、ベルジャンヌ!

やはりお前は稀代の悪女だ!」


 ジリジリと体の内側に感じる灼熱感が、私のタイムリミットを告げてくる。

それでも取りこんでいた国王のアイリスの力もあって、まだを先延ばしているのに。


 国王の息子がこんなに愚か者だなんてね。

子育ては本当に難しい。


 わかるわ。

前世で子育てを経験したもの。


 腰の抜けた愚か者は、虚勢を張るために噛みつきやすい私に噛みついているだけね。


、本当によく似ているわ。

それにお前達が私に言ったのよ?」


 愚か者の滑稽な姿と、在りし日の異母兄の姿が重なって、クスクスと笑いが漏れる。


「稀代の悪女だと」


 いつぞやの蠱毒の箱庭でワンコ君にしたように、あからさまな殺意をぶつける。

前々世で知らず身につけていた、絶対的強者としての威圧も上乗せして。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る