495.今はコレで良い
「……ぁ……こ、じょ……逃げ……」
顔を覗きこんで怪我の程度を診ていれば、こんな状態なのに私を逃がそうとするだなんて。
「ふふふ、可愛らしいわ。
少し目を閉じてらして」
両手が塞がっているから、唇でそっと火傷に触れ、魔力を直接浸透させてから治癒魔法を施す。
こうする方が私自身も魔力の消費を抑えられて、楽に治癒できるの。
「はっ、お前のような魔力の低い女に何ができる!
無駄だ!
お前より魔力の高い治癒魔法を使える者でも、深部まで焼いたのだ!
火傷の痕は残る!
私に忠実な臣下だったマイティカーナ=トワイラのようにな!
同じように令嬢の尊厳を失ってから死ね!」
マイティカーナ=トワイラ?
ああ、蠱毒の箱庭で負った怪我が元で、生きるより死を選んだ金髪ちゃんね。
「あら、こっちは死んだみたい。
元婚約者のルーニャック先輩を捨てた報いよ」
ダツィア嬢の遺体を、脂汗をかいたシエナが忌々しそうに蹴って転がす。
八つ当たりが混じっていないかしら?
シエナの言う先輩は、金髪君ね。
金髪ちゃんと共に蠱毒の箱庭で怪我を負い、今は北の修道院で寝たきり生活だったかしら。
金髪組を一々、名前で覚えるつもりはないの。
でもシエナは知らないのね。
ダツィア嬢は王子達の婚約者候補となる事を条件にして、元婚約者である金髪君が不義理をしていたにも拘らず、彼の介護費用をダツィア家から支払う事を求めたと。
口先だけのあなた達とは違うわ。
「随分とお門違いで、こじつけた恨み事ね」
「……公女?」
もちろん私はどんな傷痕だって綺麗に治せる。
良かった。
私、綺麗な女の子は大好きだもの。
幾らか滑らかな口調になったバルリーガ嬢に微笑みかける。
「良く頑張ってくれたわ。
素敵ね」
「……わ、私……公子と令嬢達をっ」
気が抜けたのかしら?
バルリーガ嬢が、動かなくなった3人の遺体を順に見て、悔しさを滲ませながらハラハラと涙を溢す。
その様子に、ビビビとインスピレーションが……。
「こ、公女?
お顔が……いえ、下ろしていただけると……安心感が……」
どうしてか私の顔を見た途端、下りたがる美少女に、ちょっぴり残念な気持ちを抱えてしまうわ。
腕から下ろすと数歩距離を取られたのは、何故?
むしろ愚か者達の方へ近づいて……ハッ!
そうね、そうなのね!
「元気になったのは良い事なのだけれど、今は愚か……んんっ。
第2王子達に報復がてら、攻撃を仕掛ける時ではないのよ?」
「えっ、報復?!」
「ふふふ、とぼけなくても良いのよ。
後で仕返しの場はきっとあるわ。
気持ちはわかるけれど、今は生き残っている人達を、この校舎から逃がすのが先」
「えっ、えっと……あ、はい。
その通りでしたわね」
フンフンと頷いてあげれば、最後には自分の勇み足を認めて同意してくれたわ。
なんて素直な良い子!
一歩近づいて、バルリーガ嬢の額に中指の腹を当て、自分の魔力を宿らせる。
緊張からか、ビクッと体を強張らせる美少女……小動物みたいで良い!
次は猫耳猫目令嬢を奪い合う百合逆ハーレム物を書こうかしら!
「え……この、イメージは……」
「あの愚か……んんっ。
第2王子達は、責任をもって私が対処するわ。
残っている生存者達を、今与えた探知魔法で探して捕獲してから、バルリーガ公爵家の名前で学園の外へ連れて出るの」
もちろん今は萌えを胸の奥に仕舞って、真面目に返答よ。
「……はい。
公女は……」
「幾つかの責任を果たすだけ。
あなたも果たせるわね?」
「はい!」
何が言いたいか理解したバルリーガ嬢は、全ての亡骸を自分の意志で記憶するかのように見やってから、しっかりした足取りで部屋を出て行く。
気丈な子。
念の為、治癒魔法と同時に精神魔法も使って恐怖心は和らげてある。
とはいえ、消えたわけでもないでしょうに。
__ドン!
あらあら、こっちは相変わらず困った愚か者達ね。
魔法で攻撃しようとした愚か者と、黒ずんだ液を障壁に吐きかけようとした蔦の愚か者。
気配を感じて障壁を張っておいて正解ね。
「ふん、魔法はまともに使えたという事か!
随分とコケにしてくれたな!」
「あれだけの魔法を使えるなら、そこの女が死ぬ前に助けられたでしょう!
卑怯者!
見捨てたのね!」
確かに騙していたし、ダツィア嬢を見捨てたとも言える。
シエナに言われる筋合いはないけれど。
「温存しているだけよ。
何事も優先順位はあるもの」
助けようと思えば、ダツィア嬢だって傷痕も残さず、視界に入れた瞬間に治癒できた。
けれど私には、1度目の人生の最期に痛みに苦しんで死んだ記憶がある。
未消化で自覚しなかった感情だけで、次の前世では色々と尾を引いたわけじゃないの。
だからこそ、わかる事もある。
今はコレで良い。
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