494.華麗にお姫様抱っこ

「やっと来たか、無才無能め!

恐怖で足が竦んでいるのか!

心配せずとも、お前の為にした事だ!

喜べ!」


 第2王子愚か者がドロリと闇を宿したような、くすんだ碧眼でこちらを見やる。

魔力残滓を確認はするけれど、そうしなくても令嬢達の火傷と爆発音の犯人は、この第2王子愚か者だと一目瞭然ね。


 馬鹿にした表情でニヤリと悪辣に嗤う様。

まるで見た戸籍上の異母兄王太子みたい。

空色の瞳の中に、タールのような黒い何かが蠢いていた。

同じように碧眼にもタールが蠢いている。


「まあまあ。

お久しぶりね、第2王子殿下。

私の為とは?」


 もちろん今は、いつものように淑女の微笑みを貼りつける。


「ふふふ、本当に無能なお義姉様。

理解力が無さすぎね。

お義姉様がそんなだから、いつまで経っても他の婚約者候補を蹴落とせないでしょう?

その3人は昔、私を侮辱したの。

お義姉様の為というのはついでだけれど、排除してあげたのよ。

感謝して」


 あらあら、シエナの声が少女らしい声になったわ?

好きな男の前では、可愛くありたい女心かしら?


「だが婚約者である私を待たせるのは不敬だ。

今後は……何だ、その目は?」

「シュア様、お兄様が隠してらしたの。

でも亡くなってしまったから幻覚魔法が解けたみたい」

「ミハイルめ。

大方、妹か無才無能なのに古の王族と同じ金環持ちだと、一族以外に利用されるとでも思ったのだろう。

小賢しいが、頭は回る男ではあるな。

跪いて命乞いするなら、ミハイルだけは助けてやると言ってやったのに。

馬鹿な男だ」


 まあまあ、シエナの勘違いがまさかの伝染。

似た者同士とも言えるけれど、王族がコレで良いのかしら。


「仕方ありません。

身の程知らずな令嬢達を粛清するのを止めるなら、命乞いも辞さないなんて……ふふふっ。

あっはっはっ!

そんな事、許すはずないのに!

ほら、お義姉様!

怖がってないで、私とシュア様にひれ伏しなさいよ!」

「あらあら。

シエナったら、随分と酷いお顔よ?

勝ち誇ったお顔が、あなたの大好きな悪役令嬢を凌駕して、むしろヒイン感アップに貢献しているわ?

大好きな第2王子殿下の前で、素顔を隠して猫を被り続けたいのなら、もう少し正ヒロイン的な清順派おすまし顔を習得した方が良いのではなくて?」

「なんですってぇ!!」

「まあまあ?」


 気を利かせてアドバイスしたのに、怒りに火がついてしまったのね。

眉間の皺も深くなって、猫目がもっと釣り上がってしまったわ。


「今すぐ殺されたいわけ?!」


 どうしてか激オコプンプン丸化したシエナは、夏の屋上で見た、黒いリコリスの茎が重なってできた蔦を私の足下から上に向かって出現させる。

勢いよく筍が生えたように見えたのは、言わないでおきましょう。


 形状は少し異なるけれど、構造の似た触手を思い出すわね。

前々世で見たの。


 蔦が私の体に絡みつくと、その先端から紫黒い液が滴る。

すると蔦がムカデの顎脚のように形を変えた?


 向こうに倒れているダツィア嬢の変色した肌。

やっぱりシエナにやられたのね。


 この蔦が太くなったか、束になったかしてお兄様とダツィア嬢の体を貫いたのかしら?


 何とも凄惨な光景。


 けれど前々世の私には、見慣れた光景でしかない。


「少し大人しくなさいな」


 そう言って蔦が触れる部分に小さな聖刃を発生させる。自分の聖属性の魔力と、キャスちゃんの風属性の魔力を混ぜて作ったの。

可視化できるレベルに魔力を圧縮させて発動しているから、切れ味抜群。

けれど……。


「はあ?!

何で溶けるの?!」


 蔦が切れるわけでもなく、溶ける原理は私にもわからないわ、シエナ。

前々世、戸籍上の異母兄が出した触手で実証済みだけれども。


 そして聖刃が触手の中を通って、その大元に辿り着く事もね。


「なっ、えっ、ぐっ、なに?!」


 やはりそう。

この蔦はシエナから生えている。

足裏から床に潜りこみ、私の足下の床を突き破って出た。


「貴様、何をした?!」

「ぅぁ‼」


 愚か者が、首元を掴んでいたバルリーガ嬢を、ブンと私に向かって投げつける。

まあまあ、ラッキーね。


 愚か者が愚かで良かったわ。

人質に取られているより、ずっとマシだもの。


 可哀想なバルリーガ嬢は、もう体力がないみたい。

小さな悲鳴しか上げられない。


 もちろん身体強化して、令嬢を華麗にお姫様抱っこで受け止める。

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