464.まさかの薔薇と百合〜教皇side

「ソビエッシュ様」

「ああ」


 苦笑しながら諌める妻に、ソビエッシはハッとし、表情を和らげてから改めて王子を見やった。


「エメアロル王子。

そしてジェシティナ王女。

人から教えられる情報だけを鵜呑みにされないように。

どのような経緯でそうした結果が生まれたのか、そもそも何故そのような発案が生まれたのかを知る事も時に必要ですよ。

お二方は望もうと望むまいと、王族なのですから」

「「……胸に留めておきます」」


 幼いとはいえ王族としての在り方については教育を受けてきたのだろう。

既に当主の座を譲り渡したとしても、四大公爵家として当主を務めた者の言葉には耳を傾ける度量は備えているようだ。

王子も王女もソビエッシュの言葉を真摯に受け取っていた。


「それにしても公爵。

昨年のシュシュに引き続き、豚骨風ラーメンという今後の飲食業界に新風を拭き起こしそうな出店も公女が在籍するDクラス。

四大公爵家の直系である公女が、良い刺激になっているのかもしれませんよ。

そうそう、ロブール公爵夫妻は何故学園祭に?

まさか孫娘に関心がおありで?」


 言外で孫に関心などないのに、どうして来たと告げてやる。


 国教から外れたとはいえ未だに、いや、最近は切り絵本の朗読会によって破竹の勢いで更なる信者の数と信仰心をもぎ取っていく我が教会。

その教会の教皇という立場がなければ許されない不敬な言い回しだ。


 姫様が転生し、ご自身の人生を好きに過ごされているのを知った今、好きで教皇でい続けてはいない。

しかしこんな機会に恵まれるなら、この立場も悪くない。


「ふ。

まさか聡明な教皇が、私達にはラビアンジェへの関心が全くないなどと、断じているのではあるまい?

私達夫婦は王都から離れて隠居した身。

とはいえ孫に無関心などと断じるのは、視野の狭い浅慮な者がそらんじた噂に過ぎないからな」


 しかしソビエッシュも本人が望まずとも当主として、王家とこの国の立て直しに長らく尽力してきた男だ。

私の嫌味に動じるはずもなかった。

軽く笑って嫌味を返してきたか。


 シャローナがそれとなく私達2人の応酬を呆れた様子で見ている。


 どことなく懐かしげな表情にも見えるのは、私達がこんな風に話すのが姫様が亡くなって以来の事だからかもしれない。


 王子は戸惑いが見て取れるが、王女の方は興味津々といった様子で目を輝かせているな。

確かに極めて珍しい状況だ。


 更に嫌味を言おうとして、視界の端で窓の外に見慣れたローブが動くを捉えて口を噤む。


「もちろん、これからきっと孫娘も大切になさる気持ちを実行に移されると信じております」


 それでも一言、言ってやらないと気がすまない。


 ソビエッシュが何か言葉を発する前に席を立つ。


「それでは貴賓として他の出店も周りますから。

ジェシティナ様もエメアロル様も、楽しんで下さいね」

「あ、そうですね。

他も……」

「教皇!

今度の薔薇の朗読会には是非寄付をさせて下さい!」

「……お待ちしております」


 王女がまさかの薔薇だと?!

王子が別れの挨拶を言い終える間もなく、薔薇発言で遮るのか?!

思わず微笑みが崩れそうになったが、何とか堪え……。


「ジェナ、抜け駆けなの?!

教皇!

私は百合の朗読会に寄付します!」

「…………お待ちしております」


 王子は王子で百合?!

普段は気弱なくせに百合語りへの発言は力強いな?!


 こちらへもどうにか微笑んでから、その場を後にした。


 そうしてローブ姿の何者かの後を追えば、人気ひとけのない校舎裏へと入った。


「やっぱりついてきてくれたわね」


 待ち構えていた何者かが、こちらを振り向いて言葉を発する。

聞き慣れた声だ。


「私に何の用……いえ、違いますね。

ここで何をするつもりですか、ジャビ」


 長年の付き合いで声を聞き間違えるはずがない。

私をおびき寄せる理由を問おうとしたものの、それならいつでも私の元に現れれば良いだけだと考え、質問を変える。


「さあ?

でもいい加減、私の狙いは気づいたんじゃない?」


 もちろん素直に答えるジャビではないのも承知している。


 ジャビの狙い?

それは出会った当初からジャビが望んできた事だろう。

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