463.凍る場の空気〜教皇side

「素晴らしい独自性を秘めたクラスだと思いませんか、夫人。

ロブール公女が発案したという豚骨風ラーメンも事前に聞いていた評判通り、とても濃厚で癖になるお味でした」


 ラーメンを食べ終えた皆の顔は、まさに大満足だった。

少し獣臭い気はするものの、それがまた食欲を刺激するという奇跡の味わい。

幾つかの味が合わさっていて、塩味の他にも甘味を感じるような奥深い味だった。


 さすが私の姫様が考案しただけの事はある!


「ええ。

ラビアンジェは本当にお料理のセンスがあるのね」

「店内の物の配置も、来客の動線だけでなく店員の動きやすさと作業効率をよく考えられているようだ。

Dクラスは当初ラーメン店の予定ではなく、Aクラスのパフェ店の兼ね合いで変更を余儀なくされたとミハイルから聞いた。

短期間の準備で、よく対応できたものだ。

教皇の言うように2年Dクラスは、私の知るDクラスとは一味違うのだろうな。

何より顧客自ら書くオーダー表を取り入れた発想も良い」


 朗らかに答えるシャローナは、孫を褒められて嬉しかったらしい。


 対して、よそ行きの微笑みを浮かべるソビエッシュは、声音から料理上手な部分以外、自分の孫は関係ない他人事と思っているのがうかがい知れる。

恐らく孫は世間の噂通り、無才無能だと思いこんでいるのだろう。


 私はちゃんと気づいていますよ、ラビ様!

これら全てにラビ様が関わっていると!


「ここ数十年で我が国の識字率が上がったからこそ、平民の間でもこうした新しい取り組みが今後文化として発展していくのだろうな」


 ふとソビエッシュは一瞬、物憂げな表情になって呟く。

……元婚約者だった姫様を想っての発言か?


 平民の通う学園を創ったのがスリアーダでない事を知るのは、ここにいる夫妻と私だけだ。

更に若かりし頃のソビエッシュが真実、誰にどんな想いを抱いていたのか知る者も……。


「そうですね!

私達のお祖父様が平民にも学ぶ場が必要だと問題提起し、曾祖母様ひいおばあさまがそれに応えて平民の為の学園を創設したからだと聞きました!

公爵のその言葉は、何より嬉しく感じます!」


 違うからな、王子!

ソビエッシュの呟きに反応して、何を無邪気に発してくれているんだ!

私達大人3人の場の空気が凍ったわ!


 発案したとかいうお前の祖父は、もちろん最低だ。

だが曾祖母であるスリアーダは、更に最低かつ醜悪な女だった。


 姫様が行き当たりばったりで密かに作った学び舎の存在を知ったスリアーダは、お前の祖父自分の息子可愛さに姫様に持ちかけたんだ。


 息子の発案で、自分名義にした上で姫様が建設・運営計画を立てる事。

全ての益は自分と息子に、損害や何らかの不名誉な事態の責任は姫様が被る事。


 それと引き換えにするなら、慈善事業の一環で国として整備に関わってやる。

了承しないなら姫様の学び舎は潰すと言って。


 あの時の姫様は……うん、何にも考えず、むしろラッキーとか思って乗っかってたな。

あの頃の姫様は基本が無表情だったし、多分頭の中では即時計画を練り始めていたから、スリアーダに言われて暫く無言になっていた。


 そんな姫様をスリアーダは都合よく、悔しがっていると勘違いしてほくそ笑んでいたのが忘れられない。


 元々が行き当たりばったりで始めた事。

その上、姫様は超合理主義。

得られるだろう名声などに興味はない性格だ。


 実現した際の習熟度はもちろんだが、実現する速さと自分の手をいかに離すかを優先していた。


 これはスリアーダ達に押しつけられるのせいで、自身が忙殺されていた事に起因する。


 侍女として姫様の側で見ていた私は、いつか姫様が過労死するんじゃないかとハラハラするくらい、度を越した忙しさだった。


「公爵?」


 ほら、王女はすぐ隣のソビエッシュに異変を感じ取ったぞ。

よそ行きの微笑みが、凍てつく笑みに変わったな。


 王子もそれに気づいて固まってしまった。

この王子は肝が小さい。

他の王子と比べて愛嬌はある方だが、迂闊な一言を発する事もたまにある。

今回は迂闊が過ぎたようだ。


 それにしても長らく共に過ごしたシャローナに情を通わせても、ソビエッシュの中の姫様への感情は、未だに健在らしい。


 ふ、まさか姫様がお前のすぐ側で、それも孫として転生したなどとは思いもよらないだろうな。

姫様を、生前の姫様が暮らした王宮生活とは言わないまでも、長らく過酷な環境に放置してあったと言って、せせら笑ってやりたい。


 もちろん姫様の意向を尊重して、教えるつもりはないが。

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