457.もうじき、唯一の妻に……〜クリスタside
「でも残念ね。
ジョシュアはスペアなんてなくとも、これから完璧な王子になるの。
あなたの息子なんて足元にも及ばなくなるわ」
ソフィニカの企みは、もうじき無意味なものになる。
勝利を確信しながら、ふと十数年前の出来事を思い出した。
本当ならジャビがソフィニカの息子を、レジルスを魔法呪に変えたあの時、レジルスは死んでいたのに。
今思い出しても、不思議でならないの。
魔法呪化したレジルスが、何の後遺症もなく元に戻っただなんて。
あの日、レジルスがベルジャンヌ王女の暮らしていた離宮に現れたのは、偶然だったみたいね。
ある意味、レジルスも不運だったんじゃないかしら。
ジャビは私の息のかかったレジルス付きの女官と、あの離宮で度々会っていた。
人気のない寂れた離宮は、密会に適していたもの。
あの女官は私が与えたジャビの実験体。
ジャビが自らに移植した魅了魔力を浴びせていたわ。
元々はソフィニカ派のお硬い人間だったのだけど、魅了の力で少しずつジャビに心酔していった。
本当はジャビがその女官を魅了したら、レジルスを女官に毒殺させようと考えていたわ。
でもジャビといるのをレジルスに見られたと聞いて、予定を変更した。
まさかレジルスが助かるなんて思ってもみなかったんだもの。
あの女官さえ口封じできれば、後は勝手にレジルスが死ぬ。
そうなれば王太子になるのは、ジョシュアしかいない。
そう確信した。
あの女官はジャビがレジルスを呪うところを見ていたらしいわ。
レジルスに触れると死ぬ事も、ジャビは女官に伝えていたらしいの。
なのにあの女官がレジルスに触れた。
もちろんジャビが女官に浴びせた魅了の力の影響よ。
きっとジャビは、実験の最終確認がしたかったのね。
あの時はまだ、魅了の宿った魔力が私のものじゃなかった。
それが今もちょっびり悔やまれるわ。
私がやりたかった。
だってあの女官はソフィニカ派。
そんな女官は喜んで呪いの塊となったレジルスに触れたはずよ。
苦痛に顔を歪めながらも、口元は笑っていたらしいじゃない。
息子がもたらした女官の死。
そしてその死に顔を知った時の、ソフィニカの凍りついた顔。
今思い出しても、笑みが溢れそう。
ジャビが移植していた魅了の宿る魔力を誰から奪ったのかは、今も教えてもらえない。
何かしらの制約があるのですって。
もしジャビではなく、私が自分で魅了を使って女官に死を与えていたら。
当時の私には、それが不満だったのよね。
でも待つしかなかったわ。
一度ジャビ自分自身に移植して、ジャビの魔力に馴染ませて、変容させる必要があったのだから。
そうでないと他人の、それも魅了という特別な魔力は移植しても体内で反発し、最悪は拒絶反応で命を落とすと言われてしまったもの。
本当に、あれは誰の魔力だったのかしら?
未だにジャビは教えてくれないわ。
もし生きているなら、もっと沢山搾り取って私に移植して欲しいのに。
それでも今は、幾らかどうでも良くなっている。
私が王妃となって陛下の隣に立つのを邪魔してきたソフィニカ。
ずっと目障りだった、無能な王妃。
今日こそ私はこの力で、私の力で、殺す事ができるもの。
「クリスタ。
貴女とって子供は駒でしかないのですね」
「私は王家の人間なのよ。
子供が王子として生まれたなら、一番高い地位に導くのが国王の妻としての務めじゃない」
どことなく不快感が滲む顔で何を言うかと思えば……。
「ソフィニカ様もそうでしょう?
レジルス王子が幼少の頃だったかしら」
ソフィニカの眉がピクリと反応したのを気分良く見やってから、その耳元に近づいて囁く。
「魔法呪に侵される直前まで、厳しくしてらしたわ。
ジョシュアの才能に危機感を持ったのでしょう」
「それは……」
私の言葉に言い返せなかったのは、図星だからよ。
陛下の寵愛を受けた私が生んだ息子、ジョシュア。
ジョシュアはレジルスから3年遅れて生まれたわ。
生まれてすぐ、内密に魔法師を呼んで鑑定させれば、保有する魔力はレジルスと同程度だった。
だから私は女官には魔力や学識に長けた者を選んだの。
ジョシュアが生まれてすぐの頃から英才教育を施していったわ。
物心つく頃には、年よりずっと利発な子になった。
余談だけれど、ロブール公女と婚約した頃には、立場に相応しい、下々を従わせる気概も備えた完璧な王子に育っていたんですもの。
ソフィニカの耳元から離れて、動揺して心に隙ができた翡翠の瞳をひたと見据える。
魅了を含ませた私の魔力を、憎らしいドレスに包んだその体に纏わせた。
昨日は今日の学園訪問の為に、ソフィニカと打ち合わせをしていた。
その折、ソフィニカの体へ内密に仕込んでいた仕掛けを動かす。
ああ、もうじき陛下の唯一の妻になれる。
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