444.ショタと若紫

「な、何を……」


 どうしてかしら?

私の下で王子の表情筋が、得体のしれない薄ら寒さを感じると全力で訴えているわ?


 怪我をしたのかと鑑定魔法を軽くかけるけれど、異常なし。


「ちょ、ちょっと!」


 王女が慌てたように、私と王子の真横へ移動してくる。


「ふふふ、よく見れば、こちらはこちらで若紫文学を夢想させる……」


 あちらの世界の源氏物語に登場しそうな、大奥乱デ舞ランデブーにいつかスカウトしたいわね!


「ヒッ」


 将来有望なあで可愛いお顔をうっとり眺めてみれば、王女もどうしたのかしら?

小さな悲鳴を上げて後ずさり?


「ああ、心配なさらないで?」

「何の?!」

「うふふ」


 心配しなくともスカウトするには、このお孫ちゃまは若すぎる。

申し訳ないけれど出演依頼は、まだまだ先よ。

またの機会には必ずお願いするから、安心してちょうだい。


「私にもモラルくらいありますのよ」

「だから、何の?!」


 あらあら、今度は2歩後退?

私の未来のお誘いを感じて、興奮してふらついた?

大丈夫?


 けれどリアルな人物をR18小説に登場させる時は、せめて15歳からと決めているから、もう少しだけ待ってちょうだいね。

ほら、この国の成人は15歳からだもの。


「うふふ、そろそろこのビヨ〜ンな悪戯魔法を消していただけて?」

「わ、わかっ……あ、でもその方が不審者が野放し……」

「不審者?」


 そんなのが学園にのさばっているの?


 そうよね、今日は学園祭当日。

私が豚骨を煮出すのに昨夜から完徹して、体内時計が絶賛狂っているとはいえ、世間的には早朝。

気の早い不審者が侵入しても不思議じゃ……。


「何でもないわ!」

「あら、不審者は見間違いでしたの?」

「それは目の前……じゃなくてっ、とりあえず公女は後ろに下がっ……いえ、私が下がる……あ、待って。

それじゃあエメ兄様が……どうしよう」


 エメ兄様が愛称だという事以外、意味がわからない。

けれど子供って、意味がわからない独自ルールを設定して、思考が迷子になりがちよね。


「もちろん待ちますわ。

慌てなくて構いませんことよ」

「……可愛い……」


 前世の孫が小さい頃を思い出したせいで、安定の貴族らしい微笑みを崩してしまえば、頬を赤らめた王女が小さく呟く。


 王子は目を丸くして私をガン見。

からの、急に顔が赤くなった?


「まあまあ、風邪引きさんになったのかしら?」


 鼻水は出ていないようだから、風邪の引き始め?

風邪の引き始めは軽い鑑定魔法では検知できない。


 前世では共働きしていた子供達夫婦にお願いされて、孫を病床保育していた事もあるの。

懐かしさで更に頬が綻ぶのを感じながら、詰襟の隙間に手を差しこんで、当時のようにオデコではなく首元の熱を手で計ってみる。


 前世でお馴染みの体温計って、必要な時に限って人知れず放浪していたりするじゃない?

そんな時、外気に触れにくい脇や首元に直接触れて、簡易的に計ると良いのよね。

もちろん慣れと経験が物差しになるけれど。


 朱色の瞳を更に大きく見開きながらの、ガン見継続?

お顔がどんどん赤くなるけれど、体温に異常はない。


 やっぱり引き始めね。


「早く帰って安静になさって」


 思わず孫にしていたように頭をヨシヨシと撫でる。


「……ひゃ、ひゃい」


 呂律が回らなくなっている?

風邪の引き始めじゃなく、もしや違う病気?


「ちょ、ちょっと!

エメ兄様、ずる……じゃなくて公女は退いて!

不敬よ!」

「あらあら、ついうっかり。

ごめんあそばせ」


 そうだった。

体重はかけないようにしているけれど、傍から見れば馬乗りね。


 降りようとすれば、手首を掴まれる。


 ハッ、これはショタ萌えシチュではないかしら!


「……いや、そのままで……」

「お兄様?!」

「じゃなかった!

公女、私と付き合って下さい!」


 まあまあ、これはお祖母ちゃんであっても、お胸がトゥンクと高鳴る萌え萌えシチュ!


「エメ兄様、それじゃ違う意味になっちゃう!」

「へ?

あ!」

「ふふふ、それじゃあ、また今度〜」


 でも相変わらず逃走センサーが過敏に反応しているから、王女の言葉で王子が私の腕を掴む力が弛んだ隙に……。


「駄目!

お願いだから私と付き合って!」


 空いていた方の手を、今度は王女が両手で確保してギュッと握り……。


 まあまあまあまあ!

これはこれで滾る若紫シチュ!

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